第18話 ひとつ賢くなった豆妹


「先月、西部辺境の軍事を支配していた『節度使せつどし』が卒去そっきょされた。それによりすべてが変わった」


 韋節度使の死……意外なところから話が始まったので、雪華は虚を突かれた。

 朱翠影は出会ってすぐの段階で「我々は向燕珠に用がある」と告げてきた。つまりこの話は最終的に、姐姐ジェジェの問題に行き着くわけだ。

 軍事責任者の卒去と、姐姐の失踪――ふたつがどう関係するのだろう?


「せつどし……?」


 かたわらにいる豆妹が不可解そうに呟きを漏らす。大人の話なので子供が割り込んで尋ねるのはだめだと分かっているようだが、つい言葉に出してしまったらしい。

 すると朱翠影が豆妹に視線を移し、静かに説明した。


「節度使とは役職を指す。藩鎮はんちんの長のことだ」


「は、はんちん……?」


 豆妹は目を白黒させている。

 雪華は思わず半目になった……朱殿は説明が下手だな……やはり子供慣れしていない。ふたりに話をさせていると、さらに深い迷宮へと入り込んでいきそうだ。


「豆妹」


 声をかけ、注意を引く。豆妹の澄んだ瞳がこちらを見上げた。

 雪華は豆妹にも分かるようにゆっくりと話し始めた。


「もしもの話ね? あなたの家に強盗が押し入って来たら、戦って家を護る必要があるわね?」


「うん」


 こくりと頷く豆妹に、さらに尋ねる。


「家族の中で、強盗と戦う勇敢な人は誰?」


妈妈マーマ


 おっと……雪華は少し顎を引いた。父と答えるかと思ったら、母なのね。だけどそうか……豆妹の家は女性が強い。


「じゃあ妈妈の部下として、一緒に戦うのは誰?」


「私」


 勇猛果敢ゆうもうかかんな七歳児。

 そして一向に父が出てこない……まあいいけれど。


「敵と戦う係が『藩鎮』だから、あなたの家に置き換えると、妈妈と豆妹が『藩鎮』という係に所属している。その係の長を『節度使』と呼ぶ――つまり豆妹の家だと一番偉い妈妈がそれ」


「藩鎮は敵と戦うだけ?」


「ほかにも仕事はあるけれど、それは妈妈マーマと豆妹も同じでしょう?」


「妈妈は大人三人ぶん働く。お金を数えるのも速いんだ」


 豆妹がそう言うので、雪華はくすりと笑ってしまった。『大人三人分働く』というのは大袈裟な表現ではなく、確かにそうだなと思ったからだ。


「藩鎮の『節度使せつどし』も生きているあいだはそうだったでしょうね」


「よく分かった」豆妹がしっかり頷く。「『韋節度使』は、この地方を護る係をしていてその中で一番偉い人だったけど、先月死んじゃった――てとこまで理解できた」


 ひとつ賢くなった豆妹は、心なしか二歳ばかり年長になったように感じられる。


「よしよし偉いぞ」


 豆妹の頭を撫でてやり、朱翠影に視線を移す。それで? と先を促そうとしたら、彼が呆気に取られてこちらを見つめているのに気づいた。


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