第7話 手にした力

「グルルゥア!!!」


 獣の咆哮で、目を覚ます。


 意識の世界から戻った俺の前には、涎を垂らしたキマイラが立っていた。


 寝起きからこれかよ!


 だが、黙ってやられる訳にはいかない。

 俺はまだ、何も成し遂げていないから。

 痛みの全てを無視して、一心不乱に走る。

 後ろは振り返らない。

 ただただ走り回り、あの堕女神を探す。


 あいつは近くにいると言っていた。

 何処だ、何処にいる!?


 薄暗い洞窟の中を見渡す。

 360°、全方位を見渡すが堕女神はいない。


 また俺は騙されたのか?


 そんな疑惑が頭の片隅を過ぎるが、ふと意識世界での堕女神の顔を思い出す。


 あれは裏切る者の顔ではない。

 裏切られて来た者の、復讐者の顔だ。


 近くにはいる。

 だが、俺が見つけられていないだけ。

 何処だ?

 あいつの言葉を思い出せ。


 封印されている。

 何処に?

 99層の更に下、100層に。

 どうやっていける?

 それは知らない。

 でも行かなきゃ。

 どうやって?


 ふと、一つの手段が頭をよぎった。

 直近で俺がやられた、胸糞悪い思い出だ。


「そうだよなぁ。行き方がわからないなら、壊して落ちればいいんだよなあ!」


 近くにいる。

 即ち、堕女神の位置はこの下。

 だったら後は簡単。

 俺には壊すだけの力はないが、このキマイラならそれが可能。

 後は死ななければ、俺の勝ちだ!


 俺は立ち止まり、キマイラの攻撃を誘う。


「かかってこいよ。知性のない畜生が」


「グルゥア!!」


 キマイラの前脚が真横に落ちる。


 ただの踏みつけで、なんて威力。

 風圧で飛んでしまいそうだ。

 だが、逃げてはいられない。

 地面を壊す為にも、同じ場所を攻撃させ続けなければ。


 まさに命懸けのダンス。

 体格の差を利用し、足元に潜り込む俺に対して、キマイラはタップダンスの様に両脚を振り下ろす続ける。

 一撃一撃が凄まじい破壊力。

 当たれば重症。

 二度と動けまい。

 だが、それ故に亀裂も走る。

 地面が少しずつ壊れ始め、あと一撃かというところで、油断した。


 もう少しという喜びが、油断に繋がったのだ。

 前脚が俺を捉え、地面に叩きつけられる。


「グルルルゥゥゥ」


 唸り声。

 前脚がのしかかり身動きが取れない。

 いや、そうでなくても、激しい痛みで動けやしない。


 あと一歩。

 あと一歩だったのに、俺は死ぬのか?

 こんな、こんな理不尽な世界で!


 キマイラの顔が眼前に迫る。

 その大きな瞳が俺を捉えたその時、咄嗟に動かした右腕を眼球に突き刺した。


「油断してんじゃねえよ」


「グァァァアアアア!!!」


 キマイラが絶叫を上げ、暴れ回る。

 その衝撃で床は砕け、キマイラは俺もろとも更に下の100層へと落ちていく。


「ははは……見つけたぞ。堕女神」


 痛み身体に鞭を打つ。

 今はただ、一刻も早く堕女神の元へ。


「グルゥゥ……グルルルゥゥゥ」


 キマイラも起き上がろうとしている。

 悠長にはしていられない。


 俺は、大きな鎖で四肢を封じられ、磔にされている堕女神の前に立つ。


 確か、互いの目を交換するんだっけか。


 戸惑いはある。

 自分で目を抉り取る。

 そんなこと、普通の精神で出来る訳がない。

 だが、今の俺は普通じゃなかった。


 ずりゅっと右目に指を入れ、力任せに抉り出した。


 ぼたぼたと血が流れ落ちる。

 だが、今更そんなことは気にしない。

 俺はそのまま逆に手を伸ばし、女神の右眼へ指を入れた。


「力を寄越せ、堕女神。お前の分も俺が復讐してやるよ」


(ああ、任せた)


 不思議と堕女神の声が聞こえた。


 そんな気がしながら、俺は抉り出した右眼を自身の右目に押し込む。


「あ、あぁぁぁあああ!!!」


 激しい痛みが襲う。

 肉体的なものとは別の、身体の中を直接弄られる。そんな感覚だ。


 だが、それと同時に力も理解した。

 この赤き右眼に宿る、その力を。


 俺はくるりと振り返り、その右眼でキマイラを見据えた。

 これで条件はクリア。

 後は、宣言するだけだ。


「キマイラ、お前は——死ね」


 ぷつんと糸が切れたマリオネットの様に、キマイラは音を立てて崩れ落ちた。


 俺が手にした力。

 それはこの世界で最強とされる魔眼の一つ。

 有する能力は【強制暗示】。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る