第6話 堕女神

 そこは何もない真っ白な空間。


「ここは……」


 俺は死んだのだろうか?

 まあ、あんな目にあって生きている方がおかしいが。


 この場所はどう見ても洞窟ではない。

 明るく、全てが真っ白で、先は見えているが果てしなく同じ景色が続いている。

 天国とでもいわれた方がイメージとしてはピッタリだろう。


 そんな時、女性の声が聞こえた。


「天国ではないぞ」


 口にはしていない。

 心の中を読んでいるその声は、俺もすぐ後ろから聞こえて来た。


「ここに人間が来るのは何年ぶりかな」


 振り返ると綺麗な女性がいた。

 地面に届きそうな、くすんだ金の髪。

 ボロボロの布切れ一枚という見窄らしい格好。

 それと相反する、宝石の如き輝きを放つ赤い右眼と青い左眼のオッドアイ。


 俺はこの女性の雰囲気に覚えがあった。


「お前、神だな」


「ご明答。私は女神エウリュス。アーテの前任となるこの地の女神だ」


「そうか。あいつの先輩って事か」


「まあ、そうだな」


 その返事を聞くと同時、俺の胸に怒りが込み上げる。


 怒りに身を任せ、彼女を押し倒すがぴくりとも表情は変化しない。


「意外と大胆だな」


「黙れ。クソ女神のせいで俺は死んだ。先輩として責任を取れ」


「なんだ。私の身体が目当てか?まあ、童貞のまま死んだんだ。思春期男子の望みなど性に満たされているか。いいぞ、自由にしろ」


 そんなつもりは微塵もないが、抵抗する気のないその態度にも腹が立つ。


「クソッ!!」


 結局俺は何も出来ず、彼女の上から身体を退けた。


「なんだ。何もしないのか」


「うるさい黙れ。もう疲れた。天国でも地獄でもいいから、早く逝かせてくれ」


 もうどうでもいい。

 自暴自棄になりかけた俺の心を、この女神は掻き乱す。


「復讐するんじゃなかったのか?」


「もう死んだんだ。無理だろ」


「死んでも復讐すると言ってたじゃないか」


「口から出ただけだ」


「つまらん奴だ。お前、まだ死んでないぞ」


「———!?」


 まだ死んでない?


「どういう意味だ?」


「言葉通りだ。ここは意識だけの世界。偶然にも私の元に落ちて来たんでな。ちょっと話したくて飛ばしたんだ」


 よく分からないが、とにかく死んでいない事だけはわかった。

 今はそれで十分。


 ん?

 ここで目の前の女の言葉に違和感を感じた。


 私の元に落ちて来た?

 どういう事だ?

 俺はダンジョンの奥深くに落ちた。

 女神、それも前任者がなぜダンジョンの奥地にいる?


「気になるか?」


「心を読むな」


「まあいいじゃないか」


 見透かしたような笑み。

 気に入らない。

 だが突っかかるのはやめだ。

 話しは早く進めたい。


「単純な話さ。私は試練の間と呼ばれるダンジョンに封印されている。それも99層より更に下、奈落と呼ばれる公にされていない100階層にだ」


 女神が……封印?


「何があった?」


「さあ?私が気に入らなかったんじゃないか?昔からアーテは神とは思えないほど私利私欲で動く奴だったからな。よく衝突したものだ」


 二人の間で何が起きたのかは知らないが、あいつが碌でもない女神というのだけは同意できる。


「長らく地上に封印されたせいで、今では私も女神の地位から堕ちてしまったよ」


 堕ちた女神。

 堕女神だめがみとでもいったところか。


「で、そんな堕女神が俺を呼び出してまでやりたいことはなんだ?」


 ここからが本題。

 何の意味もなく俺を意識の世界に連れ込む必要はない。

 何か意味があるはずだ。

 そして、その予想は当たっていた。


「復讐」


 堕女神はニヤリと笑みを浮かべ、端的に呟く。


「お前もしたいだろう?アーテに復讐を」


「当然だ」


「でもお前には無理だ。何故なら力がないから」


 その通りだ。

 どんなに意気込んでも、俺には復讐を成し遂げるだけの力がない。


「力をやろうか?」


 堕女神の一言。

 それは今の俺にとって、これ以上にない魅力的なものだった。


「私が持つ神の力の一端だ。手にする手段は簡単。現実世界で私を見つけ、眼を抉り取れ。右でも左でも、好きな方でいいぞ」


 赤と青、美しい二つの眼が俺を見つめる。


「お前の目と私の眼を入れ替えるんだ。なに、痛みはあるが死ぬよりマシだろう。私はお前のすぐそばに居る。力を得るも得ないもお前次第だ。まあ、頑張れ」


「な、おい!ちょっと待て!」


 意識の世界が崩壊する。


 そして俺は、目を覚ました。



————————————————————

次話、主人公が覚醒します

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