第5話 奈落の底

「邪魔なんだよ!もやし野郎!!」


 あれから一日が経過し、俺たちは近場のダンジョンと呼ばれる洞窟に来ていた。


【試練の巣窟】

 サウストリス王国南方にあるダンジョンで、代々勇者のレベルアップに使われている。

 一層から下に降りるに連れ、モンスターが強くなるという仕様で効率のよいレベルアップが可能となるが、俺たち鏑木高校二年三組は半日もの間、一層で止まっていた。

 その原因は、俺だ。


「さっきからうろちょろしやがって……役に立たねえんなら引っ込んでろよ!」


 横溝の怒声を浴びる。

 もう、何度目か分からない。


 俺だって別に好きで動いている訳ではないが、何もしなければレベルも上がらない。

 スキルを持たない以上、人一倍レベルを上げなければならないのにステータスが低いせいで返って足を引っ張っている。

 そんな状況に横溝のみならず、クラス中が俺に苛立っていた。


 唯一理解してくれているのは、鏑木と白浜だけ。

 他の生徒は明らかに俺から距離を置いている。


 付き添いで来ている兵士も、俺を心無しか俺を守ろうとしていない気がする。

 そんな不信感を抱きながらも、ダンジョン探索は進んで行く。


「ったくよぉ。誰かさんが邪魔しなきゃとっくに10階層とか行けてたんじゃねえの?」


「そう言ってやるなよ。ま、お勉強が出来たって何の役にも立たねえって事さ。これもいい勉強だろ」


「ハハ、三山君さっすが〜」


「勉強も運動も両方出来ないと意味ないもんねー」


 声高らかに俺を馬鹿にする四人組。

 まあ、いつもの事だが今回は言い返せない分、少し辛い。


 そう思っていた時だった。


 グルルルゥゥゥ


 と動物の唸り声が響く。


 声の方向に視線を向けると、そこには巨大な双頭の化け物が立っていた。

 額はライオンと山羊、尾は二つに分かれた二匹の蛇の様な体躯。

 人の10倍はあるであろうその化け物は、圧倒的な威圧感で俺たちを睨む。


「あれはキマイラ!50層の化け物がなぜここに!?」


 50層。

 このダンジョンは全部で99層ある。

 その内の50層。

 誰がどう考えても、実力は俺らの遥か上だ。


 しかし、そんな状況を理解していないのか、無謀にも立ち向かう生徒が四人。

 そう、三山のグループだ。


「モンスターなんて、あーしの鞭でイチコロじゃん」


 小峰が鞭でキマイラを叩く。

 外傷はないが、小峰の【隷属】は鞭で叩いたモンスターを支配下に置くスキルだ。

 上手くいけば、これで隷属化は完了だが、キマイラは平然とした顔で小峰を見下ろす。


「へ?嘘?効いてない?」


 焦る小峰。

 その横を水の塊が通り過ぎる。


「なーにやってんの。生き物なんて、息さえ止めればみんな死ぬでしょ!」


 大川が水の塊でキマイラの頭部を包み込む。

 あのまま溺愛させるつもりだ。

 しかし、キマイラはその口を大きく開け、一吠え、咆哮を放った。


「グルルルゥゥゥ……グルゥア!!」


 遠吠えで、水が弾け散る。

 大川のスキルもまるで通じていない。


「テメエら、退けえ!!破壊拳はかいけん!!」


 破壊の力を纏い赤黒く変化した横溝の右腕から放たれる、大砲の如き一撃。

 だが、それも通用しない。


 度重なる攻撃で、完全にキマイラは俺たちをターゲットにする。

 のそりとその足が近づき、皆が諦めかけたその時、一筋の閃光がキマイラを押し返す。


「みんな!今のうちに走るんだ!早く!」


 鏑木だ。

 奇跡の力で輝く剣を持った鏑木が、閃光の斬撃でキマイラを足止めする。


「みんな、こっち!!」


 白浜が先導し、鏑木が殿を務める。

 その甲斐あってか、俺たちは何とか一時的に身を隠すことに成功した。


 だが、身を潜めた先は咄嗟に見つけたであろう石の広場。

 何処に繋がる訳でもなく、もし見つかれば袋小路は確定している。

 一時的なその場凌ぎでしかない状況。

 皆が疲弊し怯える中、三山と兵士が何かを話していた。


 脱出の作戦だろうか?


 その後、兵士たちは何人かの生徒たちに耳打ちして行くが、俺と鏑木、白浜の3名の元へは一向に訪れない。


 俺はまあ使えないからだろうが、鏑木と白浜はSランクだ。

 作戦を伝えない理由が分からない。

 そう考えていた時、突然声をかけられた。


「高橋くん、ちょっといいかな?」


「……ああ」


 確か名前は野村翔太のむらしょうた

 特に何の接点もなく、今まで碌に話した記憶もないが、一体どうしたのだろう?


「ちょっといいもの見つけて……ここだけの話だけど、スキルが手に入るらしい」


「——!?何処でその情報を?」


「さっき兵士の人が言ってたのを聞いたんだ。後で強い人たちに与えるつもりらしいけど、それって不公平じゃないか。今のうちに僕らで手に入れようよ」


 スキルが手に入る。

 にわかには信じ難いが、もし本当ならば是非とも手にしたい。


「どうして俺に?」


「高橋くんはスキルを持ってないから。僕はCランクで君の次に使えないってバカにされてる。みんなを見返してやりたいんだよ」


 弱者に落ちたが故に、仲間意識が目覚めたとでもいったところか。

 こちらにそんな感情はないが、これはありがたい話だ。


 俺は野村くんの話に乗った。


 野村くんの後を歩く、といってもそこまで遠くへは行かない。

 広場から少しだけ離れた、ちょうど広場と逃げて来た通路との境目辺りで事件は起きた。


「連れて来たよ」


 そこには、数人の兵士、そして三山と横溝が待っていた。


「野村くん、これはどういうことだ?」


「いや、高橋くんって意外とバカだったんだね」


 一応聞いてみたが、状況は理解した。

 これは見事に嵌められたな。


「なあ、高橋。自分が使えないゴミって認識は出来てるよなあ?」


「………………」


「そんなゴミに役割を与えてやるんだ。ありがたく思えよ」


 何か仕掛けて来る!


 黙って受け入れるつもりはない。

 せめてもの抵抗の意思を見せようと身構えるが、視界が一変する。


「グルルルゥゥゥ」


 低い獰猛な唸り声。

 気付くと俺は通路に立ち、キマイラの目の前にいた。


「スキル【空間操作】。さあ、引きつけてくれよ」


 まだだ。

 ここから広場までそう離れてはいない。

 あそこまで逃げればまだ……


「高橋くん!!今助けに……」


 俺に気づいた鏑木が駆け寄ろうとするが、周りのクラスメイトがそれを止めた。

 もう一人駆け出した白浜も、女生徒に止められている。


「退いて!高橋くんが……」


「ダメだよ!白浜さんまで巻き込まれちゃう!」


「退いてくれ!高橋くんが死んでしまう!」


「鏑木に死なれたら俺らが困るんだよ!頼むから大人しくしてくれ!!」


 その反応で、俺は全てを悟った。


 ああ、そうか。


 鏑木と高橋以外のクラスメイトの反応。

 そしてサウストリスの兵士、女神の廃棄確定という言葉、全てが繋がった。


「お前ら、全員グルだな」


「だったらどうした。今から死ぬテメエには関係ねえよ」


 横溝の破壊の力で地面に亀裂が走る。

 ピキピキと俺とキマイラの足場は音を立て、盛大に崩れ落ちた。


 何処とも知れぬ奈落へ落ちて行く最中、俺は確かに三山たちを睨み呟く。


「この行いの報いは必ず受けさせる。死んでも、絶対にだ。覚えとけ」


 憎しみだけを抱いたまま、俺の意識は沈んでいった。

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