【短編】昔からめちゃくちゃ思い込みの激しかった幼馴染がある日突然自分の事を悪役令嬢であるとかなり本気で信じ始めた件

水島紗鳥@ヤンデレ双子姉妹2巻11月発売

昔からめちゃくちゃ思い込みの激しかった幼馴染がある日突然自分の事を悪役令嬢であるとかなり本気で信じ始めた件

「ねえ、瑛二えいじ。私ってもしかして悪役令嬢なのかな?」


「……雪凪ゆきなが何を言っているのか1ミクロンも理解できないんだけど一体どうしたんだよ?」


 いつものように幼馴染の柚木雪凪ゆずきゆきなと一緒に学校から帰っていると突然そんな訳のわからない事を言い始めた。


「実は私って実は悪役令嬢なんじゃないかなと本気で思い始めちゃって……」


「どうやったらそんな発想になるのか常人の俺には全く分からないからもっと懇切丁寧に教えて欲しいんだけど」


「まず私って瑛二も知っての通り令嬢でしょ?」


「そこは間違ってないな」


 雪凪の父親は中小企業とはいえ会社を経営している社長のため紛れもない社長令嬢だ。だがそれだけでは何故悪役令嬢になるのかが全く分からなかった。


「それに美人だけどクールで目つきがちょっと悪くて悪役顔ってよく言われるよね?」


「実際の中身はこんなアホっぽい感じだけど他人からの第一印象は大体そんな感じだな」


 俺は長年の付き合いがある幼馴染だから雪凪がどんな人間かを知り尽くしてはいるが、初対面の相手からは怖がられる事が非常に多い。てか、こいつはよく自分の事を美人とかって堂々と言えるよな。


「後私達のクラスって瑛二も含めて美男美女が多くない?」


「自分で認めるのは少し恥ずかしいけどそれも合ってる」


 俺は身長百七十六センチで高校二年生の中では高い上に顔も割と整っているため世間一般的には一応イケメンな部類には入るらしい。

 まあ、これは高校に入学してから髪型や眉毛を整えたり肌のケアをしっかりした必死な努力の結果だが。そして俺達のクラスは何の偶然かは分からないが整った容姿のクラスメイトが非常に多い。


「ついでに松風さんってメインヒロインっぽいと思わない?」


「言われてみれば確かに……」


 俺達のクラスメイトである松風花音まつかぜかのんはまるで絵に描いたような美少女だ。クラスや学校のメインヒロインと言われても全く違和感が無い。


「ほら、やっぱり私って将来破滅する悪役令嬢じゃん」


「いやいや、何でそうなるんだよ。さっきよりもっと具体的により分かりやすく話してくれ」


「だからこの世界は松風さんが主人公の乙女ゲームの世界で、私は破滅フラグしかない悪役令嬢って事なの。今朝それを自覚した時は絶望しちゃった」


 うん、やっぱり言っている事がめちゃくちゃ過ぎて意味が分からない。雪凪は昔から思い込みがかなり激しい性格だったがここまでぶっとんでいるとは思わなかった。

 てか雪凪はそんなくだらない妄想が原因で朝から異様にテンションが低かったのかよ。


「雪凪は多分疲れてるんだ、今日は家に帰ったら美味しい物でも食べてそれからゆっくり休め」


「ち、ちょっと。瑛二は私の言ってる事を信じてくれないわけ?」


「当たり前だろ、逆に何で信じると思ったんだよ?」


 さっきの雪凪の話を聞いた上で信じる奴がいたら凄まじい馬鹿か脳に何か深刻な病気があるに違いない。


「私って昔から全然嘘とかついた事ないと思うんだけど?」


「雪凪の場合は自分におかしいって自覚が全く無いからマジでタチが悪いと思う」


 昔から雪凪は突拍子もない事を突然言い始めて周りを困惑させていた。あの頃から雪凪は全く変わっていないようだ。


「とにかく私はこののままだと破滅する未来しか待ってないの。今のうちに何か手を打っておかないと取り返しがつかない事になるんだって」


「てか、そもそも雪凪が読んでる漫画に出てくる悪役令嬢って自分の地位を鼻にかけて主人公とか周りを虐めたりしてたよな? もうその時点で全然違う気がするんだけど」


 怖がられる事の多い雪凪だが他人に対して普通に優しいし、社長令嬢だからと言って尊大な態度を取ったりもしない。だからどう考えても雪凪と悪役令嬢はキャラクター的に一致しないのだ。


「それは私の無意識神ムーブのおかげで破滅フラグを一つ回避できただけだから」


「……そっか、それは良かったな」


 これ以上まともに相手をするのも馬鹿らしくなってしまった俺はひとまず話を合わせる事にした。かなり面倒だが雪凪が満足するまでは付き合うしかないようだ。そんな事を思っていると雪凪はそのまま話を続ける。


「でも破滅フラグは他にもたくさんあるからまだ油断はできないんだよね」


「じゃあ頑張ってフラグを回避しないとな」


「一人だと大変だから瑛二も可哀想な私の破滅フラグ回避を手伝ってくれない?」


「えっ……?」


 俺は思わずそう声を漏らした。どうやら雪凪は俺を巻き込むつもりらしい。ただ適当に話を合わせるだけならまだしも具体的に何かを協力するのは正直面倒だ。そもそも一体俺に何を手伝わさせる気だと言うのか。


「うん、瑛二もすっかり乗り気みたいだし協力よろしくね」


「あっ、おい!?」


 話しながら歩いているうちにいつの間にか雪凪の家の前に着いていたらしい。雪凪は一方的にそう言い残してそのまま家の中へと入っていった。

 一体俺のどこをどう見たら乗り気に見えたというのか本当に謎だ。そして明日からマジでどうなるんだよ。俺はそんな気持ちでいっぱいだった。雪凪と別れてから家に帰った俺が学習机で英語の課題をやっていると部屋の扉が勢いよく開かれる。


「瑛二、お邪魔するよ」


「……いつも耳にたこができるくらいには雪凪に言ってると思うけど部屋に入ってくる時はせめて事前にノックくらいはしてくれ」


 当たり前のように我が物顔で俺の部屋に入ってきた雪凪にそう注意した。家が隣同士な事もあって雪凪は昔から俺の部屋によくやってくるのだが都合を一切考えずアポ無しで時間など関係なくやって来るため油断が出来ない。

 この前も何をしようとしていたか具体的にはちょっと言えないが、俺が下半身をむき出しにしているタイミングでいきなり入ってきたからかなり焦った。

 まあ、その時は不幸中の幸いで何とか上手く誤魔化す事ができたため良かったが。だからノックをしろと口を酸っぱくして言っているのだが中々改善されない。


「ごめんごめん」


「それで今回は何をしに来たんだ?」


「瑛二に悪役令嬢研修をしようと思って。ほら、瑛二って悪役令嬢についてあんまり知らなさそうだし」


「いや、別に俺は訳の分からない研修なんて受ける気ないけど」


 ただでさえ課題で忙しいのだからそんな事に付き合っている暇なんてないのだ。無視してそのまま英語の課題を進めようとしていると雪凪はノートを覗き込んでくる。


「あっ、そこは過去形じゃ無くて過去分詞形だよ」


「も、勿論俺も気付いてたぞ。これから直そうと思ってたんだ」


 雪凪は自分が悪役令嬢かもしれないなどはっきり言って狂っているとしか思えないような事を本気で主張しているが驚くべき事に学校の成績はトップクラスだ。

 一応社長令嬢という事もあって昔からその辺りの教育はしっかりと受けている。そのため成績が中の上くらいの俺よりも遥かに学力は高い。


「瑛二って嘘をついたらすぐ挙動不審になるから本当分かりやすいよね」


「うるさい、分かってるならわざわざ触れてくるな」


「だって私がせっかく資料まで作ってきたっていうのに悪役令嬢研修を受けないとか言うんだもん」


「おいおい、わざわざ資料まで作ったってどれだけ気合い入ってるんだよ……」


「瑛二が助けてくれないと私が破滅するかもしれなんだからそのくらい当然じゃん」


 俺の言葉に対して雪凪はそう返してきた。どうやら本気で破滅の未来が待っていると思っているらしい。


「……てか、そもそも破滅するって具体的にはどうなるんだよ?」


「悪役令嬢の末路は婚約破棄とか国外追放になったり最悪死刑になるとかかな」


「いやいや、婚約破棄はまだ分かるけど後の二つは中世ヨーロッパとかならまだしも現代の日本で普通に生活してたら絶対そうはならないだろ」


 もし仮に犯罪を犯してしまったとしてもよっぽど悪質でなければ死刑にならないわけだし、国外追放に至っては聞いた事すらない。


「普通に生活してたとしても私は悪役令嬢だからそうなる可能性があるの」


「雪凪の言いたい事は分かったからとりあえず落ちつけって」


 興奮気味に声をあげる雪凪を俺は宥め始める。本当に雪凪は思い込みが激しい。もし俺が幼馴染じゃなかったら面倒過ぎて絶対雪凪とは関わらないようにすると思う。


「瑛二が悪役令嬢研修を受けてくれるなら落ち着いてあげるけど?」


「受けてやりたいのは山々なんだけど明日までの課題が全然終わってないんだよ」


 俺はそう嘘をつきつつも一部本当の事を伝える。嘘をつくときに少しだけ真実を混ぜると信憑性が増すと聞いた事があったのでそれを試してみた形だ。


「あっ、そうなんだ」


「そうそう」


 上手くいくかどうかは正直半信半疑だったが雪凪はあっさり信じてくれた。これで訳の分からない研修を受けなくて済む。そう思っていた俺だがそんなに甘くはなかったらしい。


「じゃあ私が手伝ってあげる」


「えっ……?」


「それなら早く終わるよね? そしたら悪役令嬢研修をやる時間も取れるからお互いハッピーでしょ」


 そう言い終わった雪凪は部屋の隅に置いてあった折り畳み式の椅子を持ってきて俺の隣に座る。距離が近いせいで良い匂いがしてほんのちょっとだけドキドキさせられている事は内緒だ。


「いや、でもそれは流石に悪いし」


「全部私の破滅を回避するためだから」


「……そこまで言うなら手伝って貰おうかな」


 これ以上何を言っても無意味であるを悟った俺は折れるしかなかった。さっさと課題を終わらせてゆっくり自分の時間を楽しもうと思っていたのに台無しだ。


「ちなみに残っている課題は今やってる英語以外の課題は何があるの?」


「今日出された化学基礎と数学Bの問題集かな」


「だったら多分私が手伝えば一時間くらいで全部終わるね、とりあえず時間も勿体無いし英語の課題から進めようか」


「そうだな、よろしく頼む」


 それから俺は雪凪に手伝って貰いながら課題を解き始める。雪凪は俺が詰まったり間違えたりした問題の解き方を分かりやすく教えてくれたためかなりさくさく進んだ。

 認めるのだちょっと癪だがやはり学年トップクラスの実力を持っているだけの事はある。おかげで一時間もかからないくらいの時間で課題を全て片付ける事が出来た。


「課題も終わった事だし、いよいよ瑛二もお待ちかねの悪役令嬢研修を始めようか」


「……別に待ったりはしてないぞ、そもそもガチのマジでやるつもりなのか?」


「私に課題を手伝わせたんだから当たり前でしょ、タダ働きするつもりなんてないから」


 そう言って雪凪は机の上にA4サイズの用紙を広げ始める。俺が手伝わせたというよりは雪凪が無理矢理手伝ってきたという方が正しい気もするがそこはあえて突っ込まないでおいた。


「資料に沿って悪役令嬢が何なのかについて瑛二に一から十まで説明してあげる、だから私の説明は一言一句逃さずに聞いててね」


「了解、てか意外と資料は作り込んであるんだな。ぶっちゃけもっと適当な感じだと思ってた」


「だって私の将来がかかってるし」


 パソコンで作成したであろう資料には文字やフリー素材のイラスト、グラフが使用されていて想像していたよりも遥かにクオリティは高かった。

 そもそも雪凪は今朝自分が悪役令嬢だという事に気付いたと言っていたが、この資料は一体いつの間に作成したのだろうか。


「早速だけど資料に書いてある内容を一回瑛二に全部音読して貰おうか」


「えっ、音読!?」


 雪凪が普通に説明するのかと思っていた俺は突然音読しろと言われたため驚いて思わずそう声をあげた。


「音読した方がただ私が説明するだけより理解も深まるし記憶にも残りやすくなるからね」


「なんか国語の授業みたいだな」


「まず悪役令嬢とはって部分から音読してくれない?」


「分かったよ」


 俺はひとまず俺は雪凪の言う通りに資料に書かれてある内容を声に出して読み始める。


「悪役令嬢とはヒロインの敵対者として登場するポジションのキャラクターです。ヒロインよりも家柄や身分などで優位な立ち位置にいる悪役令嬢は権力や取り巻きを使って攻撃します」


 俺が悪役令嬢と聞いて想像していたイメージ通りのキャラのようだ。そんな事を思いながら俺は引き続き資料を音読する。


「ですがヒロインや攻略対象である王子、公爵家子息、騎士団長などに反撃されて悪役令嬢は婚約破棄や国外追放、最悪死刑となり最終的に破滅します」


 どうやら悪は最後にきっちりと滅ぶらしい。物語的にはこれでめでたしめでたしとなりハッピーエンドなのだろうが、悪役令嬢側の立場で考えると完全にバッドエンドだ。


「瑛二も今の私がどれだけやばい状況になってるのか理解できたんじゃない?」


「……現代の日本に王子とか公爵家子息、騎士団長なんていないだろって突っ込みは一旦置いておくとしてとりあえず悪役令嬢についての理解は深まった。でもやっぱり何で雪凪が悪役令嬢なのかについてはいまだに分からないままなんだよな」


「私が悪役令嬢って事に関しては悲しいけど何があっても絶対に揺らがない事実だから」


「その辺りの根拠をもう少し詳しく教えてくれ」


「それはさっき帰り道でも散々話したと思うけど……」


 一旦資料の音読を中断して雪凪に再度根拠を話してもらったがやはり全くと言っていいほど理解出来なかった。


「説明も済んだ事だし、資料の続きの音読をよろしく」


「……ああ」


 理解する事を諦めた俺は言われるがまま資料の音読を再開する。


「悪役令嬢が助かるためには破滅フラグを徹底的に回避し続ける必要があります。不必要な悪役ムーブをしない事は勿論、ヒロインや攻略対象から嫌われるような事だけは絶対に避けなければなりません」


 資料のそれ以降には具体的なシチュエーション別でどんな行動を取れば破滅フラグを回避できるのかがかなり長々と書かれていた。

 それから一通り音読を終えた後、今度は雪凪が改めて資料の内容を説明し始める。音読だけでもう既にくたくたな俺だったが、その後の雪凪は無駄に長かったためさらに疲れてしまった。


「よし、悪役令嬢研修はこのくらいにしよう」


「やっと終わった……」


 そのまま突っ伏していると雪凪は机の上に何かを置き始める。顔をあげると机の上には漫画が置かれていた。タイトルは『どうあがいても破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった件』というらしい。


「瑛二のために資料の作成に使った参考資料を持ってきてあげたからまた時間がある時に読んでおいて」


「さっきのやけに生々しいシチュエーションとかはここから抜粋してきたのか」


「そうそう、ちなみに自分が悪役令嬢って事に気付けたのはこの漫画を読んだおかげなんだ。読んでなかったら何も知らないまま破滅まで一直線だったから本当に危なかったよ」


 なるほど、雪凪が自分の事を悪役令嬢などと言い始めた全ての元凶はこの漫画だったのか。流石に作者も漫画を読んだ読者が自分の事を悪役令嬢だと本気で信じ始めるだなんて思ってすらいないに違いない。


「じゃあこれから私の破滅フラグの回避を瑛二もしっかり手伝ってね」


 そう言い残すと雪凪は俺の部屋から出て行った。こうなってしまった雪凪は周りが見えなってしまうためサポートしなければ色々と問題を起こすに違いない。


「思い込みの激しい幼馴染ってマジで面倒くせぇ……」


 こうして俺と雪凪による悪役令嬢からの破滅回避のための二人三脚の日々が始まった。結局自分が悪役令嬢では無いと気付くまで俺を含めたクラスメイト達を散々振り回した事は言うまでもない。



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