第8話 殉愛
真実を知ってからも、瑠璃は私の研究所を毎日訪ねてきた。
残されたさくらとの時間をできるだけ共有したいという気持ちは、ひしひしと伝わった。
さくらは毎日しっかりと自ら起動して学校に行き、傍目には特に問題ない生活を送っている。
まるで本物の小学生のように。
それはつまり、バグの脅威は着実に彼女を蝕んでいるということになる。
バッテリーが全く減らないバグが以前あったが、充電切れ寸前で帰ってくることもあれば、その時のようにバッテリーが全く消費されていない日もあった。
何か原因があるはずだから、統計は取っているし、解析は進んだ。
恐らくさくらは、電力に依存して稼働してない。
彼女が充電切れ寸前で帰ってくる日の授業には、道徳が必ずある。
道徳の授業がない時は電力を消費せず帰ってくる。
以上の現象を考察すると、今のさくらにとってのバッテリーは、人間でいう精神や神経の類いに近いものと解釈できる。
人間の心を深く知ろうとすることで、大きなエネルギーを使っていると考えると、合点がいく。
さて、ここで問題なのが、それでは彼女は何を動力にしているのかということだ。
これもある程度の答えは出ている。
今のさくらに動力源そのものがないと思われる。
従来通り食事をすることはなく、バッテリーは消費した時でも自動で充電されている。
人間だから電力を必要とせず、機械だから食事を必要としない。
そんな中途半端で、ある意味では都合のいいことがさくらに起きていると私は分析した。
全てはコアが子宮に侵食され、バグ側からすれば、さくらの人間化が順調に進んでいるためだろう。
実際に、最初に発見した時より子宮の割合が多くなっている。
機械か人間かはっきりしていれば、対処する方法あるのだが、この特殊な状態では私はあまりに無力だ。
この際だから水力発電でもしているのか解析してみるか。
「お兄ちゃん…?」
さくらの声がすると共に解析が強制中断される。
今のさくらに私がしてやれることなど、バグの解析くらいしかないというのに、自力で起動してまで私を呼ぶ理由が分からない。
「起きていても辛いだろう?少し休もう。おやすみ…」
「やだ…!お兄ちゃんと一緒がいい…ずっとそばにいて…?」
電源を切ろうとする私をさくらは強く拒絶する。
隣にいてほしいと言われて拒む理由もない。
仕様によって解析ができない以上、私にできることはそれだけでもある。
助手も休暇を与えたら、自分探しの旅に出るとかで行方不明になるし、困ったものだ。
「ねぇ…お兄ちゃん?」
「どうした?お水いるか?」
「ううん…さくらと…エッチして…?」
細く小さく、か弱い声が純真を纏って私を誘う。
絶望と興奮が同時に襲ってくることがあるとは驚いた。
「熱いの…お兄ちゃんとしたくてしょうがないの…」
人工知能が猥褻な知識を学習して、完成直後から性欲を感じさせてはいた。
それが子宮というバグの出現により、強化されたといったところか。
自らが拘りを持って組み込んだ性行為を許さないプログラムによって、自らが苦しめられるとはな…
「お兄ちゃんとさくらはできないな」
「なんで…?さくらのこと嫌い…?」
…愛しているからできないのだ。
しかもこんなバグだらけの状態で…
――そんな顔をされても、私にはできない。
「大好きだよ。でもね、さくらは男の子とすると…」
「すると…?なぁに…?」
故障して機能停止になる。
もう二度と私にも助手にも瑠璃にも会えなくなる。
――そんな残酷なことを言えるはずもない。
「あまり良くないことになる。女の子となら大丈夫だから、瑠璃とするといい。学校終わったら来てくれるはずだから」
「ダメなんだよ…お兄ちゃんじゃなきゃ…ダメなの」
「瑠璃とするのは飽きたのか?」
「違うの…瑠璃ちゃんは…大好きだから…したいよ…?でも違うの…」
普段は素直なさくらがいつになく強情だ。
弱々しいながらも決意の固さが表情から伝わる。
仮説を立てられるくらいには理解した。
私に対する愛と、子宮が顕在化したことで、雌の本能が制御できなくなった可能性が極めて高い。
さくらに登録された異性が私しかいないから、必然性に私が求められているというわけだ。
幼女型聖水器はデフォルトで登録者を愛する仕様だ。
どんな卑劣漢であろうと、最初は好きな状態から始まる。
雑に扱おうとも健気に愛してくれる。
そうプログラムされた機械だからだ。
禁断を破らなければ嫌われることはない。
その代わり、禁断を破れば問答無用で世界で最も憎い人間として認定される。
その直後、ユーザーが死にたくなるような言葉を発し、幼女型聖水器は修理不可の機能停止になる。
これらのことが何を意味するか。
私も助手もさくらに愛されているのは、仕様でしかないということだ。
登録者が2人であり、登録者を原則的に愛する仕様上、真の意味で確実にさくらに愛されていると言えるのは、現時点でこの地球上に瑠璃しか存在しない。
私はさくらに愛されて求められている。
そう素直に受け止め、嬉々として求めに応じるのはあまりにも浅い。
この理論が成立するのは、自我を持ったさくらに仕様の壁を超えて選ばれた唯一の人間である瑠璃のみ。
これは厳密な仕様の話であり、実際には私も助手も愛されているだろう。
きっかけが仕様なのは間違いないが、感情を持ったさくらの内部データがそれを証明している。
その愛を教えたのは私と助手なのも事実だ。
「お兄ちゃん…さくらと…して…?」
美幼女の姿をした悪魔に魂を売る契約を迫られている気分だ。
苦行と言っていいほど困難だった彼女の最適化を完了させた私の精神力でもなければ、とっくに甘い誘惑に乗せられているだろう。
帰ってきた時にさくらが死んでいたら、私が殺したとしたら、あいつに合わせる顔がないな。
瑠璃は詳細な仕様まで知らないから何とでも言えるが、さくらが死んだとなると、きっと正気ではいられないだろう。
だが少し違う角度からものを見れば、バグによって私が仕込んだ罠の機能が消えた可能性は否めない。
あるいは、さくらが私の愛を受け入れるために、自らの意思で機能停止する仕様を解除したとも考えられる。
本来ならそんなことはできないが、バグの影響で機能を追加していっているさくらなら、機械と人間を都合良く使い分けている可能性もある。
そして…もう長くはない彼女のしたいことをさせてあげたほうが…とも思える。
「お願い…お兄ちゃん…さくらと…して…?」
哀願するさくらの電源を強引に切れば、この場は収まる。
だが私に拒絶されたと判断され、既に危うい人工知能に更なる異常をきたす恐れはある。
機械でも人間でもない存在になってしまった以上、明確に正解だと言える選択肢もない。
私が背負った業は、どうやら生涯付きまとい続けるようだな…
自分の業から逃れるために、永遠を求めて人間を模した機械を作った。
その機械の過剰な人間化はもう止めれない。
咲耶…おまえに別れを告げた日から涙は流してないよ。
あんなに悲しい思いをした日もなかったさ。
だが今は、その時ほどに悲しいし、泣きそうだよ…
だから私がすることは1つしかない。
開き直るしかないと決めたではないか!
「さくらにそこまで言われたら、断れないな」
「じゃあ…してくれる…?」
「ああ、さくらの大好きをぶつけてこい」
私がそう言うや否や、さくらはゆっくり身体を起こし、私の股間を目掛けて一直線に向かってきた。
乾きに飢えて水を求めるように。
「お兄ちゃんの見たの…初めてだよ…?」
愛くるしいその言葉だけで硬度が増す。
どれだけ言葉を飾ろうとも、雄の本能というのは、無防備に誘う美幼女を前にすれば止まれないのが全ての真実だ。
「さて、それには準備しないとな」
さくらを纏うものを剥いだ先に待っていたのは、ぐちょぐちょに濡れて準備万端の不毛地帯だった。
2人揃って背水の陣だ。
死にたくなければ戦えのほうが易しいか。
何を賭けても救われない公算が高い。
それでも止めることは不可能だ。
もう答えは出る。
さくらが死ななければ、今だけはバグに感謝しよう。
「あぁん…好き…大好き…!お兄ちゃん…!」
「さくら…!愛しているよ」
自己処理しても発散しきれない愛欲が、さくらの奥深くまで手応え充分に注ぎ込まれていく。
さくらのコアを破壊する条件は満たした。
私が組み込んだプログラムでは、幼女を愛する者として心に深く突き刺さる言葉を残し、さくらは眠るように復旧不可の重大な故障が発生する。
――死なないでくれ、さくら。
――やがてくる最期の時まで、傍にいさせてくれ。
「お兄ちゃんのおしっこ…白いんだね…はぁん…出てき…ちゃう…おしっこも…漏れちゃうよぉ…」
この場で首を釣りたくなる台詞は発されることはなく、いつかを思い出させる顔をして、さくらは私を強く抱きしめた。
何とも懐かしい感覚だ。
かつて私は咲耶と毎日のようにこうしていた。
いつも咲耶はそんな顔をして、嬉しそうに私の愛をねだってきていた。
そんな彼女のことが私は大好きだった。
愛に彩られた日々に幸せを感じていた。
終わりがくることなど考えもしなかった日々を、私は取り戻したかったのだ。
私が自ら終わらせた日からずっと。
当時の咲耶をモデルに作ったのがさくらだ。
最初から重ねていた想いを今になって重ねるなというほうが難しい。
これを浮気と呼ぶならば、私は死ぬまで浮気者だ。
そうならばそれでいいさ。
私の愛は、どうせ歪んでいる。
「どうださくら?気持ちいいか?」
「うぅ…うん…もうね…また出ちゃう…」
「お兄ちゃんの愛、全部受け止めな」
未だ放水が続くさくらの秘裂に凶器を突き刺す。
コアに物理ダメージを与えるように、子宮に荒療治をするように、私は強く激しく狭い幼器の中を何度も往復する。
そして、残っていた愛をあらためて注ぎ込んだ。
故障もしないし、死ぬこともなかった。
バグによる未知の化学反応で大爆発を起こして、2人仲良く死亡する可能性も最悪考えられた。
現状では愛が私たちを救ったといったところか。
理論的に最高の結果となった。
「精液っていうんだ。男の子が女の子のことを大好きになると出るんだよ」
「えへへ…さくらのおしっこと一緒だね…」
私の嗜好をよく学習した素晴らしい子だ。
バグがなければ定価を上げても安い。
こんなに可憐に大量に聖水を提供してくれる幼女など探して見つかるものではない。
決意を固めて良かったと実感する。
今回がたまたまの可能性は否めないが、解析して可能な限り安全にさくらの要求に応えてあげようと思う。
「うーん…お熱も下がった気がする」
「落ち着いたからかな?」
「そうかも。でもまだしたいよ?」
何の躊躇いもなく言うあたり、心に刺さる。
休憩がてら解析して、またもう1回してあげようか。
悪いな咲耶、おまえくらい好きな子を作ることに私は成功したよ。
おまえも私の知らない誰かと幸せになっているのだろう?
これで良かったのだ。
私は間違ってなかったのだ…
そうだろう?咲耶、さくら。
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