第7話 告白
無事に学校が終わり、2人の足は研究所の方向へ着実に進んでいく。
単純に運動機能で劣るさくらのほうが足取りが軽く、瑠璃は乗り気ではないことが歩様からも見て取れる。
あんなのを見たばかりだから、私も決して乗り気ではないから気持ちは同じだ。
良くも悪くも子供だと思わずに、私も開発者として大人に対応はするがね。
「ここがさくらのお家だよ?」
「浅草橋研究所…?」
絶妙に綺麗とは言い難い建物が何か危機感を煽るのか、瑠璃の訝しむ様子は拭えない。
外観より金をかけるものが多くてね。
君の隣にいるその物体がそうさ。
何かと金のかかる代物でね。
望み薄にはなってしまったが、幼女型聖水器が製品化されたら、研究所の設備は強化され、外観も今より綺麗になる予定ではいた。
買い手は大勢いるから大儲けできるはずだった。
愛も金も得て悠々自適な生活が待っている予定だったのだが、さくらと住む綺麗な家のことも、もう考えなくていいかもしれないな。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、ただいま。瑠璃ちゃん連れてきたよ」
「おかえり、さくら。ありがとう。よく来てくれた。私はさくらの開発者、浅草橋博士だ」
「あ…どうも…」
瑠璃のコミュニケーション能力は、相手に依存するものというのがハッキリした。
陰の者と罵られるだけのことはある
強い警戒心が表情からもよく見て取れる。
「あの…開発者というのは…?」
その性格で怪しい男相手に自ら話しかけるのは忍ばるだろうが、やはりその違和感のある言葉には触れざるを得ないな。
「その前にちょっと失礼」
私はさくらの手を引いてベッドに連れていき、何だかよく分からない様子の彼女を優しく寝かせた。
「瑠璃と少し話があるからお昼寝してな」
「うぅん、でも、お話ならさくらも一緒に――」
「おやすみ、さくら」
頭を3回撫でてそう言い、私は強引にさくらの電源を切った。
気絶したように目を閉じる姿に安堵が込み上げる。
まだこの機能は正常に作動していたようでよかった。
「さくらに聞かれるのはあまり都合がよくない話でね」
「お、おはなしって、な、なんですか…?」
友達の家だと連れて来られた謎の研究所で、初対面の男と2人きり。
瑠璃の警戒心が今まで以上に強くなるのも無理もないだろう。
襲われる前に殺るの構えでこられないか私も警戒していたから、ある意味では気持ちは通じ合っている。
「手短に話そう。さくらは人間ではないのだ」
「えっ…?さくらちゃんが…人間じゃない…?」
「正式名称は幼女型聖水器試作型CC01だ。主な利用方は、おしっこをすることだな」
「さくらちゃんはそのために作られたってこと…ですか?」
子供には難しい話かと思ったが、子供だから柔軟に現実を受け入れているといったところか。
当初の警戒より、狐につままれた感のほうが強くなってきてはいるがね。
ここまで親密になるまで同じ時を過ごしても、機械だと判別できないほどのクオリティに仕上げた私の技術の優秀さが際立つな。
それだけに、あまりにも惜しい存在だ。
「そうだ。そこで残念な知らせがある。あの子の友達になってくれた君だから、伝えておかないと。そう思ってね」
「…それって…なんですか?」
「さくらには明らかにバグが生じている。そして恐らく、そう遠くないうちに故障する」
「う、うーん、でも、故障なら直せばまた…」
「まだ確定ではないが、修復不能の可能性が高い。君に分かりやすく言えば、さくらはもうじき死ぬだろう」
「えっ?でも機械なら…死ぬことは…」
機械に死の概念はない。
瑠璃の言う通りだ。
幼いながらになかなか賢いではないか。
同じ機体を用意して、人工知能のチップを移し替えればいい。
だが、それはバグが発生してない場合の話だ。
バグは人間でいう病気と似たようなもの。
軽症なら対処も容易だが、重症ならそうはいかない。
私が直せる保証もない。
さくらの状態を見るに、軽症だとは到底思えない。
まだ何とかなる状態であることを祈るのみだ。
「まず君はさくらが人間ではないことを信じているか?」
「いや…そんなわけないかなって…ちょっと…」
「大前提として、この子が人間ではないことを今から見せよう。来たまえ」
瑠璃を電源の切れたさくらがいる部屋に案内する。
勝手に起動する様子もない彼女の上半身を露出させ、私はへその部分を3秒ほじった。
観音式に開かれた腹部を見て、瑠璃は大きく目を見開く。
「さくらちゃん…ほんとに…」
転校生の友達が機械だった。
子供にとってはショックだろう。
大人であってもそれは同じか。
私も違う意味でショックは受けているがね。
バッテリー残量が全く減っていない。
稼働時間を考えれば、まずあり得ない。
そして、何故か貯水タンクが満杯になっている。
給食の時に飲ませる水筒にそうなる量の水は入れてなく、その後もさくらは水を補給してない。
既にこの2つの現象が説明不能だ。
バグは重大で進行も早いと。
やはり私の推測通りなのか…?
こうなった以上、新機能の追加は避けられない。
こんな仕様を加えることも、それが発動することもないよう願って準備だけはしていたが、仕方ない。
乱れる精神を律するように、私は小さく、深く溜息をつき、用意していたものを機体に忍ばせてさくらの腹部を閉じる。
「誰も市キョンって呼んでくれない…」
玄関のほうから物音がしたと思ったら、早く帰ってこいと特に指示もしていない助手が早々と帰ってきた。
何やら落ち込んでいるようだが、私のほうが圧倒的に絶望している。
「先生が…なんで…?」
「あれは私の助手だ。さくらの監視のために送り込んだ。本物の教師ではない」
「そういえば、さくらちゃんが来た時と先生も…同じ…」
「先生ではないです!市キョンです!」
「…それ誰も呼んでないです」
機械を人間だと思って仲良くしていたことに比べれば、この女が何者であろうが瑠璃にとって些事に過ぎないだろう。
「さくらに重大なバグが発生している。解析するからアホは大概にして手伝えブス」
「ブスじゃないから手伝いません!…て言ってられなさそうですね…」
空気を読んだように助手が自分の机に着く。
いじめっ子から受けた外傷は特に見当たらない。
後頭部や背中を打ったはずだから、その衝撃でコアが破損したとは考えにくい。
そうなると人工知能に恐怖の感情が芽生えた可能性がある。
しかし内部データを覗いても、目立ったのは助けてくれた瑠璃への感謝が記録されているくらい。
些か言葉にはできない記録も散見されるが、もはや彼女の仕様の一部となっているから、それはいい。
そもそもあのいじめっ子は、さくらから人間と認識されてないから記憶に残らないのか。
起きていたら都合の悪いほうから見ていき、最悪の可能性を潰していったほうが精神的にも楽だろう。
人工知能に問題がないなら、コアさえ無事なら他の部品は何とでもなる。
そうだ…コアさえ無事なら…
私の推測が間違っていてくれ…
「――私の目にもバグが発生したか?」
「どうしたんですか?」
「データを転送した。おまえの目には違うものが映るのを願っているよ」
私は画面を見て愕然とした。
コアの一部分が子宮らしき形に変化している。
機械の心臓部に異変が起こっていたら、理解不能のバグが起きるのも必然だ。
「これは…そんなこと…」
どうやら助手にも同じものが見えているようだ。
コアを失うことは、機械の死を意味する。
残念だが、コアの修復は物理的に不可能だ。
人間を生き返らせるのが無理なのと同じだ。
私の拘りで子宮の位置にしたのが間違いだったか。
他の部位に配置しても、何かと自動で融合して違う問題が発生していたか。
未知の部分が多くてそこの結論は出せない。
間違いないのは、私はまた愛する者を失ってしまうということ。
愛し続けるために作ったさくらがこうなってしまうとは、何とも皮肉なものだな…
「あの…さくらちゃん、直りますか?」
心配そうな瑠璃の問いに私はすぐに答えることができなかった。
もう人工知能を初期化したところで全ての記憶を失うデメリットしかなく、根本の解決にはならない。
もう少し詳しく解析したら、人工知能もバグに汚染されている可能性だってある。
さくらが感情を持った時点で、バグはあったと言うべきかもしれないな。
過剰な人間化により、従来の機械的な問題の解決方法は通用しないと考えるべきだろう。
「すまない。努力するとしか言えない…」
気休めにもなれたらいいが、既に涙ぐむ瑠璃に何を言っても、その涙を笑顔に変えることはできないだろう。
毎日さくらに異常がないか確認していたが、昨日にはこんなものはなかった。
私も助手も揃って見落とすとは考えにくい。
バグが顕在化したのは、今日と見て間違いないだろう。
私が機械に人間を求めたから、さくらがそれに応えたかのよう。
人間になれば今以上に愛してもらえると考えた結果なのかもしれない。
完全に自我を持った彼女の思考は、記録媒体に残るようなもではなく、もはや誰も覗くことはできないから迷宮入りだがね。
さくらの過剰な人間化を止めることは不可能。
それならば開き直るしかない。
「君にいくつか頼みがある」
「わたしにできることならやります」
決意が前面に出たいい目をしている。
瑠璃と関わることで、さくらは良くも悪くも人間に近づいた。
協力を求める博打も悪手とは言えないはず。
幼女型聖水器試作型CC01を救う手立てはない。
さくらを救うというよりも、彼女が愛した人間の、彼女を愛した人間の救済と言うべきだろう。
「これからもさくらの友達でいてほしい」
「最初から、そのつもりです」
「いい返事だ。次に、さくらを人間だと思って接してほしい」
「今まで通り仲良くするだけだから簡単です」
瑠璃ならここまでは飲むと予想はできた。
精神に異常は見られるが、芯の強い立派な子だ。
巻き込んだ私が言える義理ではないが、幼女を愛する者としてこれだけは言わないといけない。
「最後に、さくらが死んだ時、責任を感じないでほしい。全ては開発した私の責任だ」
「さくらちゃんが死んじゃったら…わたしは…」
「気持ちの整理がついたら呼んでくれ。さくらの電源を入れる」
「わかりました…」
さくらに依存しているのは分かっていたこと。
責任うんぬんの前に、友達の死がほぼ確定していることが受け入れられないのだろう。
あとひとつ、瑠璃に言わなければいけない大事なことがあるのだが、今は解析に集中しよう。
さくらが完成すると不利益を被る者がウィルスで汚染させた可能性もあるか。
いや、それは考えにくい。
こんな夢のような計画を邪魔する理由は薄い。
さくらと関わった人間がそもそも限定的すぎる。
何者かによる妨害と考えるには無理がある。
やはり私が欲張りすぎた結果か。
試作型の性能を抑えて、製品化にあたって段階的に機能を増やす形を取っていれば、バグが起きても軽微で対処も容易だった。
高度なものを求めて、それが原因で存在そのものが消えることになれば、本末転倒だ。
できるからとやりすぎた結果が消滅では、何もかもが無駄になってしまうだけ。
さくらの最適化ばかりを考え、私が最適化されてなかったのだから笑い物だ。
「さくらちゃんが学習した内容が保存されているストレージを見ていたんですけど」
一応はちゃんと働く助手もしっかり解析していたようだ。
声の感じからして吉報ではないとは察しても、ここは聞いておく必要がある。
「確認する。転送しろ」
そこには、私、助手、瑠璃の3人に対する好意的な感情ばかりが敷き詰められていた。
可視化されて初めて思い出すような些細なことまで記憶されている。
この全てを保存するには絶対的に容量が足りない。
それでもまだ記憶するためなのか、どこか別枠で容量が増設されている形跡がある。
またさくらが性能を超えて限界突破したようだ。
それは前例があるからまだ理解するとして、これからの記憶を保存するための容量はどこに増設されたのだ?
物理的に不可能なことも起きるバグが多発しているから、調べようにもなかなか見当がつかない。
簡素な部品に記憶媒体を作り、無理にストレージ増設をする手法を試みている可能性もある。
だが、色々と調べてもそうしたものは見つからない。
助手も発見できずに手詰まりとなってしまった。
「あの…さくらちゃんの電源を入れてください」
苦戦する私に瑠璃が恐る恐る声をかける。
肉体的にも精神的にも疲れたから丁度いい。
「心は決まったか。あともうひとつ言わなればいけないことがあるのだが…」
「もう覚悟はできてます。何でも平気です」
「それなら言わせてもらう。さくらの瞳にはカメラが装備されていてね、あの子の視界に映るものは私がここで監視していた」
「えっ…?それって…あの…えっと…」
「録画などはしてないから安心してくれ。君に危害を加えるつもりはない。勝手にすまなかったな」
「でも、あの…さくらちゃんに…その…色々したんで…わたしも悪いんで…大丈夫です」
夢にも思わないであろう事実を告げられた瑠璃は明らかに動揺していた。
それでも前を向く姿勢は称賛に値する。
「それでは起動させるぞ。おはよう、さくら」
私はいつもの要領でさくらの電源を入れる。
目が開くと瑠璃は素早く駆け寄って、さくらを思い切り抱きしめた。
「瑠璃ちゃんどうしたの?」
「さくらちゃんは、何があってもわたしの友達だから…!ずっと友達だからね!?」
涙声で語る瑠璃の想いに私の少し乾いた心が潤う。
その姿は友達ではなく恋人のようだ。
コアが完全に子宮に侵食される日まで、瑠璃はさくらに愛を注ぎ続ければいい。
私も助手も、さくらを今まで通り愛していればいい。
そして、不可能だとしても、科学者として何とか彼女に救いのある道を探せばいい。
「瑠璃ちゃん、泣いてる?」
「わたしちょっと…花粉症だから…だよ」
「花粉症ってなぁに?」
機械が機械らしくて嬉しいと思うのも珍しい。
もうそんなに学習しなくていい。
瑠璃が何故泣いているのか理解しなくていい。
浅草橋さくらは、もう進化しないでくれ。
幼女型聖水器試作型CC01でいいのだ。
「それよりさ、さっき学校で邪魔されちゃったから…続き…しよ?」
「お兄ちゃんもお姉ちゃんもいるよ?」
「わたしは平気だよ。なかよしだってとこ…見てもらお?」
私に監視されていた事実が堪えたのか、瑠璃は積極的にさくらに詰め寄りキスをする。
開き直ったほうが精神衛生的にもいいだろう。
瑠璃にしても助手にしても旺盛なことだ。
人工知能に大きな影響を及ぼすのも頷ける。
今となれば、私の歪んでしまった愛によって作られたことが最大の原因だとは思うがね。
「おっぱいも触ると気持ちいいよ?」
「うん…でもなんか…んん…でも気持ちいい…」
発育途中の絶妙な膨らみを再現したそこは、本来なら聖水の温度調整の機能しかない部位だ。
それを自ら弄って愉悦の声を漏らすとは、なかなかに変態幼女感がある。
「さくらちゃんの可愛いとこ見せて…?」
「うん…瑠璃ちゃんのも見せて…?」
幼き乙女の真実が顕になる。
モニター越しに見るのとは一線を画す光景だ。
瑠璃はなかなかに可愛い幼女だが、さくらのほうが断然可愛い分、機械ではあったが、バグによって人間に片足を突っ込んでいる。
本物とほぼ本物の交わりが眼前に広がっているこの事実は、絶望の状況を微かに照らす光のよう。
「2人でいっぱい触ろ…?」
「うん…でも触るとすぐ…おしっこ出ちゃうっ…」
決して相手に触れることなく、向き合って見せつけ合う2人の間を裂くように、さくらの聖水がほとばしる。
私が作った機能が生きているのか。
単なる快感によるものなのか。
そんなことを考えるのが馬鹿らしくなるほどに、小さな身体を清められて濡れる瑠璃が美しく見える。
さくらは快楽に溺れながら放水を続ける。
ほのかに膨らむ瑠璃の胸を撃ち抜くかのように。
壊れかけの私の傑作は、誰よりも可憐だ。
本物になりつつあるのだから当然のこと。
私に潜む雄の衝動が禁断を破ろうとして困る。
雌の衝動に素直な痴女が随分と大人しい。
天使の戯れに見とれているのだろうか?
「――今日は好きにしろ。だが邪魔はしてやるなよ」
「あたしが入り込む余地なんて…ないですよ…」
この女を助手にして8年、今ほど賢いと感じたことはなかったな。
咲き誇った花が散りゆく様を見ているに等しい。
嫉妬も羨望も届かない世界に彼女たちはいるのだから、達観もするか。
私たちにできることは、彼女たちを見守るだけ。
何かをする必要もない。
幼い欲望が満たされるまで、ただ見ていればいい。
「あっ…んっ…わたしも…おしっこ出ちゃ…うっ…!」
「一緒に…いっぱい…おしっこしよ…?」
卑猥に音を立てる瑠璃の恥部を洗い流すように放水されるが、その音は鳴り止むことはない。
さくらの勢いに押されることもなく、鮮やかな黄色を浴びせていく。
疲れることも知らずに快感を貪る彼女たちの戯れは、永遠のように感じた。
互いの秘部を痛めつけるかのように擦り合わせ、快楽に酔いしれる2人の姿は、俗世の光景とは思えないほどに神々しかった。
このままずっと見ていたい。
終わってほしくないというべきか。
だが永遠など存在しない。
永遠を願うのは愚かだと痛感したばかりだ。
「なかよしって…いいね」
「うん…ずっと…友達だよ…?」
「瑠璃ちゃん大好き…」
水を弾く至高の肌を密着させ、強く抱き合う2人の姿に言葉もない。
私が言っては嘘になるずっとの言葉が、心に刺さって仕方ない。
まだ私が修理して機能停止を回避する願望からのものとも取れる。
死んだとしても友達だいう意味とも取れる。
正直なところ苦しいし、悲しいし辛い。
それが言える瑠璃が羨ましい。
私たちが見守り続けた交わりは終わりを迎えた。
それでも何かすぐに行動を起こそうとする気には少しもならない。
絶景を眺めた余韻に、まだ浸っていたい。
「瑠璃ちゃん、シャワー浴びよ?」
「うん。さくらちゃんのすごいからビショビショだよ」
仲睦まじく風呂場へ向かう2人は、聖なる足跡を残していった。
これだけ派手にやれば足も濡れている。
風呂場で延長戦でも始めそうではあるが、私が見ていない2人の秘密を想像すると胸が躍るというものだ。
そうでも考えなければ私がおかしくなる。
「さくらのこと、どう感じた?」
「わたしに何ができるのかなって…今はあまり考えられないです」
あまり見せない助手の深刻な顔が悲しい未来を示しているかのようだった。
少し休暇でも与えてやるのがいいかもしれない。
気晴らしでもして、私をまた助けてくれないと。
だが、私はこの業から逃れることはできない。
それが開発者の使命である。
私だけはさくらを見守り続ける義務がある。
「あの…ベッド汚しちゃって…ごめんなさい…」
意外と早く風呂から出てきた瑠璃が小さく頭を下げる。
あれだけ晒していた身体をバスタオルで隠しているのがまた心を揺らす。
「まあ、うちでは珍しいことてもないから気にするな」
「変な人かと思ってたけど、意外といい人でよかったです!」
照れくさそうに笑う瑠璃にかける適切な言葉がすぐに浮かばない。
サイコパスかと思ったが、割と普通で賢くて可愛い幼女だったと、正直な感想を述べることが最善とは思わない。
何より素直なのは結構だが、相手によっては事件の発端ともなりかねない発言なのを理解してほしい。
卑劣で小賢しい大人は、その幼女の隙を突いてくる。
善人の皮を被って連中は近づいてくる。
グルーミングとか呼ばれている手法だな。
私には縁のない話だ。
瑠璃は狂気を発動させて最悪殺せばいいがね。
弱者の特権だから大いに使うが宜しい。
血管に精液が流れているような輩は、それくらいの制裁を受けて然るべきだろう。
「お兄ちゃん…お水ほしいよぉ…」
バスタオルも巻かず、ふらふらと向かってくるさくらには、もっと理解しないといけないことがありそうだ。
彼女の場合は悪意のある好意を受け入れると機能停止するのでね。
精神を殺されたと表現される人間と違い、物理的に死ぬわけだから。
人工知能は最後にそれだけ学習していてほしい。
さくらが見ているものは私も見ているから、そんな場面に遭遇しても私が絶対に許さないが。
「おしっこもあれだけしたもんな」
「ふうぅ…やっぱり水道水は最強だね」
手渡した水を飲んだ後のテンプレの言葉だけで安心する自分がいる。
バグに犯されて二度と聞くことがない可能性を思うと、それすら愛おしい。
窓の外は西陽が大きく傾いて暗くなり始めている。
もう瑠璃をここにいさせていい時間ではない。
「また明日ね、さくらちゃん」
「うん。バイバイ、明日もしようね」
こうしている間にもさくらのバグは進行している。
受け入れざるを得ない事実を知らない無邪気な笑顔がそう証明するように言っている。
もう明日があるとは限らない状態にある。
おやすみと言って頭を3回撫でて、それが最後だと私も毎日覚悟する必要がある段階にきてしまった。
「あの…明日も来ていいですか…?」
「ああ、私はいつでも歓迎するよ」
「ありがとうございます。失礼します」
瑠璃は丁寧に深々と頭を下げると、最後に小さく手を振って帰っていった。
私に会いにくるわけではないのは、さくらに視線が向いていたことで明らかだ。
いい友達に恵まれてさくらは幸せだろう。
有限の時を無駄にはできないな。
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