第6話 潜む狂気
登校するさくらの視界に見慣れた姿が見える。
都合のいいことに瑠璃だ。
渡りに船とはこのことだろう。
学校で会うことになるから特に関係ないか。
しかし、水色のランドセルというのもいいな。
瑠璃は下着も水色だったな。
おしっこが好きという潜在意識の表れか?
「瑠璃ちゃん、おはよう」
「あっ、さくらちゃん、おはよう」
最初の印象より瑠璃が明るく見える。
友達の範疇を超えたものがそうさせるのか。
何せ私が10年かけた自信作だからな。
助手のような業の深い性癖を持った子を生み出してしまっても致し方ない。
「きょうね、おうちに来てほしいの。お兄ちゃんが来てほしいって」
「…イタズラされたりしないよね?」
穏やかだった瑠璃の顔が急に険しくなる。
やはり彼女は、私に何か敵意を持っていると見て間違いないだろう。
「お兄ちゃんは優しいよ。大丈夫だよ。エッチなことも、さくらのおしっこ飲むしかしないよ」
「それ全然大丈夫じゃないと思うよ?」
「そうかな?瑠璃ちゃんのほうがエッチだよ」
「ううっ…まあ、さくらちゃんが誘ってくれるなら…いいよ」
何か釈然としない様子だが、私の計画通りに話が進めばとりあえずそれでいい。
瑠璃は幻の3人目の登録者だ。
私や助手にはない10歳女児の感性から、さくらの秘めた何かを覚醒させる可能性がある貴重な存在であり、捨て置くわけにはいかない。
そのうえでのリスクは軽いものではないがね。
バグを消し去る期待よりも、バグを悪化させる可能性のほうが圧倒的に高い。
奇跡が起きることを願うまでだな。
その奇跡を起こしてきた実績がさくらにはある。
僅かな可能性に望みを託すのは下策と言いきるには、希望的観測にすがる愚か者と断ずるには、早計だろう。
私がさくらを信じないで誰が信じるというのだ。
不治の病に犯された子の回復を願う親を貶め、諦めて新しい子を作ればいいなんて言う人が何人いるか。
さくらは既に機械ではないのだよ。
…機械だとしても、私には無理な話だな…
「ねえ、それよりわたし、朝からずっとおしっこしてないんだ。さくらちゃんのためだよ?」
「そうだんだ。嬉しい。あそこなら安全そうだよ」
さくらが指指した先は公園のトイレ。
あまりにもカジュアルすぎる。
幼女同士の神聖な戯れの場所としては、役者が足りない感は否めない。
移動する際も、瑠璃はそわそわした様子で膀胱が限界なのがよく分かる。
悔しいが、このあたりは本物だからこその魅力と認めざるを得ない。
「もうおしっこ辛いよぉ…」
「さくらがいっぱい飲んであげるね」
綺麗とは到底言い難い公衆トイレの一室だけが神々しく見える。
溜め込んだ瑠璃の聖水は凄まじい勢いを誇り、さくらはその勢いのままに漏らしていく。
隣の個室にも流れていくほどの量を出しても、それが彼女たちの性欲のトリガーになりつつある雰囲気だ。
「ねぇ…オナニーって知ってる…?」
「お姉ちゃんがしてるの見たことあるよ」
性的な情報はあの女から大体得ているから、何も知らないお嬢さんではない。
それも対女の子特化に仕上がってしまっている。
これが吉と出るか凶と出るかは、神のみぞ知る領域の話だろう。
少なくとも、女の子相手ならさくらは比較的安心だ。
「…お姉ちゃんね。気持ちいいやり方わかる?」
「うん。指を3本ズボってして」
「それ痛いやつだよ。私たちじゃできないよ」
幼女には参考にならないだろう。
どうせ見せるなら、もっと幼女にも優しい汎用性なやり方を学習させてほしかったな。
さくらに見せた時点で論外だが。
彼女が性的に壊れ気味なのは大体あの女が悪い。
いや待て、そもそもあの女が元凶ではないか?
デバックの最終段階で私欲のためにさくらを起動させ、欲求のままに汚いものを見せたがために、私の傑作がバグに汚染される結果になった。
論理的思考に基づいて考えれば、これを否定する要素のほうが少ない。
野に放てば危険な存在になり、飼えば飼えるが飼い慣らせない。
悪意に満ちた感情で作られたウイルスくらいタチが悪い女だ。
働き者の無能が味方にいたらすぐ始末しろとはよく言ったものである。
あの女のせいにしても、過去も現実も変わらない。
愛が機械に感情を宿したのだとすれば、あれもあの女なりの愛ゆえの行動と言える。
私がさくらを愛し、彼女がそれに触れた時点で、この結末は変えられるものではなかった。
こうなるべくしてなったと考えるべきか。
「他にやり方あるの?」
「ここにね、ポチってしたところあるんだ。そこをね、触ると気持ちいいんだよ」
少し得意げな顔で解説する瑠璃が妙に可愛く映るが、惑わされてはいけない。
そんなことをしては助手と同じだ。
私の声が届くのなら制止したい。
仕様的に大変なことになるぞ。
「うーん、でもさくら、そこ触るとおしっこ出ちゃうよ?」
「そんなの聞いたらしたくなっちゃうよ」
「ふぅん…そんなにしたら…出ちゃう…いっぱい出ちゃうよぉ…」
数えきれないほど触ってしまった。
どんなに我慢していてもそんなには出ないだろう。
それほどの量が瑠璃を口に襲いかかる。
私に1杯、助手に1杯、給水タンクが満杯だとしたら、
最大で1.6リットルの放水だ。
瑠璃からすれば知ったこっちゃないだろうが、私からすれば言わんこっちゃない。
珠玉の水を楽しむにしても、さすがに飲み切れるほどの量ではなく、瑠璃は早めに限界を感じたように顔を背けた。
「コホン、コホン、さくらちゃんのおしっこ、すごすぎだよぉ…」
「瑠璃ちゃんがいっぱい触るから…だよ…?」
「でも、いっぱいおしっこしてくれて、嬉しかったよ」
幼女を愛する者として、瑠璃の気持ちは痛いほど分かる。
不本意に漏らさせた時も然り。
要求してさせた時も然り。
他にも血湧き肉躍る場面は数え切れない。
瑠璃とはさくらの聖水を飲みながら語り合いたいものだ。
これは友情か、あるいはそれを超越したものがあるから成立するものであり、道理の分からない下賎な輩かが真似していいものではない。
失うもののほうが圧倒的に多いから、無間地獄に送られるギルティだからやめろ。
少なくとも、愛を知らない下郎が試みていいことではないと忠告はしておく。
大事なことだから何度でも言うぞ。
私は真理に辿り着いたから言える。
幼女を愛するとは、生半可なものではないのだよ。
「良かった。じゃあもっと飲んで?」
「えっ?まだ出るの?」
「うん、最近ね、すぐおしっこしたくなっちゃうの」
清掃中なのかというほど水浸しにしたのにおかわりとなれば、瑠璃もさすがに困惑は隠せてない。
計算的にはもう貯水タンクは空のはず。
サブタンクはないから物理的に不可能だ。
また私の想定を超える進化をしたというのか?
「もう苦しくて飲めないよ」
「じゃあ見てて?おしっこするのも、見られるのも、気持ちいいんだよ?」
幼女型聖水器試作型CC01…まるで本物の変態幼女のようだ。
使用される過程で人工知能が感情を持ち、自我が形成される。
これまでさくらを見てきた様子からも、これは確定だろう。
いよいよ確証を持って言える段階にまできた。
接する人間や環境によって変わる可能性はあるが、オリジナルであるさくらがこの調子では、彼女をベースに量産しても同じようになりかねない。
世の男性諸君はこの誘惑に耐えられないだろう。
そうなれば幼女型聖水器は故障する。
性器を使うと故障するならば、肛門でと不届きな考えをする者を想定して、人工知能のチップはそこに仕込んである。
私が意図しない使用方法は断じて認めない。
何か差し込みたいなら、軽く指を挿れる程度で我慢してもらおう。
私もかなり妥協してこの仕様を取り入れたのだ。
取り外し自体は難しくはないから、知識がある者なら任意のデータを読み込んだ人工知能と差し替えることも構造的にはできる。
最適化の労力が尋常ではないから推奨はしないがね。
私の苦悩を味わいたいのなら好きにしろ。
人工知能は構造的に交換できるが、人間の心臓にあたるコアは本体の深くに埋め込んだ。
人間の子宮にあたる場所に…
精液の成分を感知すると故障する仕様が何らかの不具合によって機能しなかった場合、衝撃を受け続けたらコアが破損して故障する二重のトラップというわけだ。
機械が人間に近づくことで究極の存在になれると信じてさくらを作った私の信念は、幻想に過ぎなかったのかもしれない。
本体を解析してみないと確証は得られないが、もうさくらは取り返しのつかない状態になっている可能性がある。
「瑠璃ちゃんも一緒にしよ?」
「うん。一緒に気持ち良く…ああっ!」
明確に性欲を見せるさくらに誘われるがまま、自らの股間に手を伸ばした瑠璃が悦びではない大声をあげた。
「学校!遅刻しちゃうよ!」
「そうだった。学校行くんだった」
瑠璃が言うまで私も忘れていた。
時計を見ればもう9時を過ぎようとしている。
残念ながら遅刻は確定だ。
速く走ろうとすれば振動も強くなる。
さくらの視界が揺れると画面も揺れる。
少し前までずっと見ていたい光景だったが、酔ってしまいそうなくらい気持ち悪い。
「2人揃ってすごい遅刻ですね」
研究所では醜態を晒してばかりの痴女とは思えない凛とした声が教室に響く。
「ごめんなさい、お姉ちゃん」
授業中の張りつめた空気に児童たちの失笑が舞う。
先生をお母さんと言うことはあっても、それは聞いたことがない。
その相手を研究所ではお姉ちゃんと呼んでいるから、単純な言い間違えでもないが。
「えっと、わたしお腹痛くなっちゃって、さくらちゃんは心配してくれて、えっと」
「次は怒りますからね。市キョンでも怒りますからね。早く席に着きなさい」
誰もそう呼んでくれないから、無理やり定着させようとしているな。
不自然だし恥ずかしいから謹んでほしい。
謹むという点では、さくらが暴走しないか心配だったが、授業中は大人しくしていた。
感情を持ったからこそ、自制するということもできるとも解釈できる。
「昼休み、さっきの続きしよ?」
「いいよ。さくらちゃん、エッチで可愛い…」
こそこそ休み時間に怪しい会話を始めたあたり、自制心も持ち合わせていると見てよさそうだ。
助手を派遣しているとはいえ、説明できないようなことを始められては収取がつくなくなる。
そして迎えた昼休み、目を合わせた2人はトイレへと歩いていく。
給水はいつも通り給食の時間に済ませているから、今度は放水しても正常だ。
「2人ともなかよしだよね〜」
お楽しみの場所に入ろうとした時、悪意に満ちた声が聞こえてきた。
苗字を聞いてきたイケている感じの女子だ。
この手のタイプは集団行動を好む習性があるが、一匹狼とは珍しい。
口が達者なのか、腕っ節が強いのか、手強い相手には違いないだろう。
自立二足歩行型機械という字面だと戦闘力がありそうな雰囲気だが、さくらには規定の量が入った水筒を持つ程度の腕力しかない。
「うん。なかよしだよ」
「いつも一緒にいるしね〜。レズなんじゃないの?」
「レズってなぁに?」
「浅草橋さん、頭悪そうだから知らないか」
やはり天は易々と二物を与えないか。
顔はいいけれど性格が悪い。
学問に特化させてプログラムすれば、さくらは神童にもなれるのだぞ。
誰も得しないからしていないだけだ。
私の作ったさくらを愚弄するとは許せん。
可愛い女子小学生なら何でも許されると思うなよ。
所詮は瑠璃より少し可愛い程度。
咲耶をモデルに作ったさくらのほうが可愛いのだよ。
「レズっていうのは、アンタらみたいな女子同士でベタベタしてるキモイやつのこと言うの」
「お友達だから一緒にいるだけだよ?」
「それがキモイって言ってんの!」
腹立つ女子がさくらのことを突き飛ばす。
画面の揺れ的に結構な衝撃を受けていそう。
どうポジティブに考えてもいい状況ではない。
「ぶりっ子でムカつくんだよね!つーかなに?その髪の色!アニメキャラ?あざと」
油断して助手に無線を渡すのも忘れた。
こんな時こそ偽物でも教師の出番だろうが。
さくらへの愛で超能力を発動させて駆けつけろ!
そうしたら一度だけ市キョンと呼んでやるぞ。
そもそも瑠璃もどうして何も言わない?
さくらのことが好きなのではないのか?
今こそスクールカースト上位ランカーに下克上の時だぞ。
「さくらちゃんのことイジメたら殺すよ?」
普段さくら会話している時とは想像できないほどの邪気を纏って、腹立つ女子に瑠璃が詰め寄っていく。
「中野さんなに言ってんの?ウケるんだけど。陰キャがイキってんじゃね〜よ!」
「人って簡単に死ぬんだよ?フフッ、簡単に死ねればいいけどね」
さくらとの会話しか聞いてないから私には知る術がなかった。
瑠璃は結構なサイコパスの可能性が出てきた。
さくらのことは守ってほしいが、あまり危害を与える必要はない。
「はぁ?なに言ってんの?」
「これ、わたしの家の鍵なんだけど。これ目に刺されたらどうなるかな?人のこと頭悪いって言うんだから、それくらい分かるよね?」
やはり瑠璃は精神が少し異常な感じがする。
マッドサイエンティストの私が言うのだから間違いない。
私はグロ系の動画とか観れないタイプだからやりすぎないでくれよ。
「死ねば楽だけど、死ねない程度の苦しみって、死ぬより辛いと思うの」
腹立つ女子の目の前に鍵を突き立て、今にも無言で突き刺しそうな瑠璃の異常な圧からして、ブラフと軽んじるのは浅はかに思える。
あまり残酷な光景を見せたら、さくらの人工知能にも影響しかねない。
もう下克上とかジャイアントキリング的なものは望まないからさ。
軽く脅してその場を収めればいいから頼むよ。
「さくらちゃんがイジメられてたから助けた。それでちょっとやりすぎちゃった。ごめんなさい。わたしはそれで済むんだよね」
瑠璃に話すことがあるから来てもらうことにしたわけだが、何だか少し恐くなってきたな。
あの子、私のことを間違いなく快く思ってないし。
「死ねればいいね。多分ムリだと思うけど。でも苦しんでて可哀想だったら、もっと出血させて殺してあげるから安心して?」
これは両親から寵愛を受けずに育って歪んでしまった系の子だ。
この少し笑いながら言っている感じは間違いない。
かなりカジュアルめに人を殺せるタイプだぞ。
「ヤダ…死にたくない…痛いのもヤダ…」
「さくらちゃんに謝ったら許してあげる。ちゃんと心の底からね。5秒だけあげる。5…4…3…」
「わかった!ごめんなさい…もうしないから許して!」
休み時間に窓際で本を読んでそうな子の下克上は成った。
私もさくらも凄惨な光景を見ずに済んだ。
乾いた笑みを浮かべた瑠璃がさくらの元への寄ってくる。
その表情は、慈しみが前面に出た見慣れたものだった。
「さくらちゃん大丈夫?」
「うん。平気だよ。助けてくれてありがとう。瑠璃ちゃん大好き」
「うぅ、可愛くてしたくなっちゃうよぉ」
とんだ邪魔が入り、お楽しみの時間を享受することなく、無情にも始業のチャイムが鳴った。
「できなかったね。あとでしよ?」
「でも学校が終わったら…さくらちゃんの家に行くんだよね?」
「さくらのお家でもできるよ?」
「うーん、なんか落ち着かなさそう」
手を繋いで教室に向かう2人の様子はいつもと変わらないものだった。
瑠璃の狂気に膝から崩れ落ち、小水を漏らす好かない女子のその様を見れば、学校での不安は解消されたと言っていいだろう。
喧嘩の強さは力では決まらない。
相手の戦意を失わせたほうが勝つからだ。
その中の最強の手段が相手を殺すこと。
それに躊躇いのない瑠璃は、見た目以上に強い。
その友達のさくらは、強力な盾を得たことになる。
今からそんな幼女と対面する私の不安は、募るばかりである。
いきなり刃物で刺されたりしないとは思うが、例えそんなことをされても、まだ私は死ぬわけにはいかない。
さくらの最期を見届けるまでは、地獄の底からでも蘇ってくるさ。
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