第3話 3人目の幼女
幼女型聖水器の製品化を待つ声は後を絶たない。
試作型でもいいから欲しいという要望も、若頭さんからだけのものでもなくなりつつある。
しっかりと開発の進捗状況を画像や動画で支援者に送って、お知らせはしていたが、試作型が完成して素晴らしいクオリティを誇っているのが分かり、いよいよ夢が現実となったのを実感したのだろう。
紳士淑女らの気持ちは理解するが、大切な試作型を売るわけにはいかない。
ある程度の金さえあれば、試作型を複製して販売することもできるが、テストも不十分で未知の部分が多い現状の試作型でそれは難しい。
地道に解析してさくらの精度を高めるのが無難ではあると思うが、助手と議論した結果、少し攻めたアクションを起こす必要もあると決断した。
さくらを人間の小4女児として学校に行かせるというものだ。
姿は人間でも機械であり、戸籍も持たないさくらが学校に行くことは無理な話だが、ここは政治家の大先生に協力してもらえば解決する。
千駄ヶ谷の旦那も欲望のために喜んで動いてくれた。
問題点は少なくないものの、得るものも多いはず。
「今日から学校に行くからね」
「学校ってなぁに?」
「お友達と遊んだり勉強したりするところだよ」
「楽しそう!さくら、お友達ほしい!」
卑猥なこと以外は誰の手垢もついてない性格なだけのことはある。
無邪気で宜しいが、不特定多数の人間がいる学校において、人間を正確に判別できるのは2人までという設定がどう出るか。
それ以前にさくらの言葉が不可解だ。
学校の概念を即座に学習したのはいいとして、それに対する発言に感情を帯びている。
私は噛み砕いて説明したつもりだが、そもそも友達や勉強というものをいつ学習したのか。
1を知ると2も分かり、3も理解するほどさくらは高性能なのか?
天才たる私による人工知能の最適化が優れていた証明として説明はつくな。
それでも感情がありそうな節はどうにも理解が追いつかない。
学校に行かせることによる調査は決定事項だ。
今更になって変えるわけにもいかない。
あらゆる謎の解明に繋がると信じよう。
さくらは私の設定したプログラム通りに動く反面、人工知能で学習した記憶が原因で、仕様にない行動を取ることがあるのは実証済み。
人工知能がプログラムを超越する可能性すらある。
それがどうなるのかの調査は、製品化において不可欠だ。
「おいブス、神聖な装備を汚すな殺すぞ」
「あたしってわりと小柄で可愛いじゃないですか?いけると思うじゃないですか?」
27歳の女がランドセルを背負えると思える神経が知りたい。
頭の中をかち割って見てみたい。
幼女の伝説の装備の中に気安く触るな、年増め。
「早く下ろせ。おまえが着るのはコレだ」
「なんか年相応ですねぇ。ランドセルのほうが私に似合ってますよー」
「仏の顔も三度までだぞ。おまえは教師として潜入してさくらの監視をしてもらう。根回しはしているから心配するな」
「旧帝大卒のあたしの頭脳が活きるいいミッションじゃないですか」
粗大ゴミが戯言をと思うが、私の大学の後輩なので残念だが事実だ。
ちらほら見かける勉強だけできる馬鹿と解釈すれば話は早い。
「いい子にするんだよ、さくら」
「うん、さくら頑張る」
「ブスも何かあったら頼むぞ。無線も用意したから有事の際に使え」
「フフッ、才色兼備のあたしに死角はないですよ」
また何か世迷い言を宣っているが、私は無視してさくらに服を着せ、ランドセルを背負わせてあげる。
幼女愛者の世界では伝統の赤こそが正義とされる場合が往々にしてあるが、現代の価値観に合わせてピンクを採用した。
2次元の世界から来たかのように可愛いが、ウォーターサーバーが着飾って学校に行くというのは、冷静に考えると奇妙な話だ。
「おまえは先に行ってろ。まださくらにはすることがある」
「裸ランドセル撮影ならあたしも一緒に」
「服を着せたばかりだろうが。そもそもそんなものはとっくに済ませているわ」
「さすが変態マッドサイエンティストですね。これは捗りますなぁ」
性欲ばかり一人前の助手が研究所から出ていくと、私はパソコンの画面に目を移した。
画面には麗しい長髪の男が映っている。
さくらが何を見ているのか調査するため、瞳にはカメラ機能を追加しておいた。
これは同時に安全面への配慮でもある。
イジメとかで破損したら大変なのでな。
耳にはマイクも搭載した。
物騒な言葉が聞こえてきたら、助手の命を賭して保護してもらう。
外に出すのだからこれくらいの対策は必須だろう。
「お兄ちゃんどうしたの?」
「さくらが安心して学校に行けるように色々とね」
電源を切った昨晩のうちに追加した新機能は、どちらも正常に作動しているようだ。
何か怪しいところがないか近くでじっくり眺めても、人間の可愛い幼女にしか見えない。
「優しいね、お兄ちゃん」
「さくらのためだからな」
さくらと私の声がパソコンのスピーカーからしっかりと聞こえている。
ここにきての土壇場の不具合がなくて胸を撫で下ろす。
追加した機能に異常がないだけであり、私に優しいと言葉をかけたことが不具合とも言えるか。
頑張るという概念も彼女は知っていた。
「さくらがいないとおしっこ飲めないけど、お兄ちゃんも頑張ってね」
「さくらも優しくていい子だ」
「ちょっと寂しいけど、じゃあねお兄ちゃん」
電源が切れないよう慎重に頭を2回撫で、元気に玄関のドアを開けるさくらの姿を見送る。
人工知能の学習結果により、人間はこう言えば喜ぶというのを理解しているのか、単純に感情が芽生えたのか、やはり不思議とさくらから心を感じる。
最終的には心を通わせて愛し合える存在になる願いを込め、人工知能を搭載したわけだが、本当に感情というものを得たのか?
少なくとも、彼女は着実に人間に近づいている。
そして私もまた、父親に近づいてる気がした。
幼女の姿をした機械を作った開発者が父親なんて馬鹿げた話ではあるが、父親というのはこういうものなのかと想像させてくれるだけ有難い。
人型の機械を作って詰めの作業をしているに過ぎないのに、逆に私が人間というものを教えてもらっている感がある。
私が異常でなければ、本当に人の子の親になることもできたのだがな。
あのまま咲耶を愛し続けられていたら…
あまりしんみりしている場合でもないな。
大切なさくらをしっかり監視していないと。
設定的に4年生であり、初めての登校なわけで、何かアクシデント的なものがあってもいいところだが、さくらの瞳に映るものに何の危険な要素がない。
逆に食パンをくわえてダッシュしてくる男の子と十字路で衝突するなんてこともなく、学校へ到着してした。
さくらが向かう先は助手がいる職員室。
研究所にいても学校にいてもブスには違いないが、学校においては根回しもあって最も信用できる存在だ。
私が出張れば助手の存在価値などないが、給料分くらいは働いてもらわないとな。
性懲りもなくツインテールにしているから減給するけど。
教育委員会の偉いさんにも話は通してある。
助手はさくらが所属する4年2組の担任になるよう便宜を図ってもらった。
政治家を擁していると何かと便利だ。
聖職者などといっても所詮は人間に過ぎない。
煩悩を満たすためなら、私に協力せざるを得ないのだよ。
「お姉ちゃんとさくらちゃんは知らない人って設定だからね?」
「うぅん、難しいけど頑張るよ」
教室に向かう途中、この企画が始まった段階からの前提の条件を助手はあらためてさくらに伝えるが、助手のほうが下手を打ちそうな気がしてならない。
やはり助手を監視役にして私が潜入すべきだったか。
何せ面倒臭がりな性分なものでね。
動かないで済むなら動きたくないのだよ。
自分の夢を叶えながら商売もしようとしている。
我ながら強欲で怠惰な人間だ
「ええ〜、担任の小岩先生が産休のためにお休みになりましたので、あたしがその間に代理をする市ヶ谷恭子です。気軽に市キョンって呼んでね」
さくらの視覚と音声でしか研究所にいる私には教室の雰囲気は分からないが、なかなか白けているように感じる。
「それで転校生がいます!もうここにいますね!可愛いですね!じゃあ自己紹介をしてもらおうかな」
「さくらです。お兄ちゃんが名前をつけてくれました」
なかなか不穏な雰囲気である。
男子は概ねさくらの容姿に心を打たれているようだが、女子は総スカンの構えに見える。
「さくらさんの苗字ってなんですか〜?」
なかなか可愛いものの、性格に難がありそうなスクールカースト高めな感じの女子が余計なことを質問する。
さくらに姓の概念はない。
これは私の詰めが甘かった。
イジメの可能性も考慮すべきだった。
この児童からは悪意を感じる。
可愛いと妬みからイジメられるのは想定できた。
何故かは知らんが女子とはそういう生き物だ。
「浅草橋さくらさんです」
無線を使って指示しようとした瞬間、助手が機転を利かせて難を逃れた。
下手を打つどころかなかなかのファインプレーだ。
それから観察を続けたが、教員免許もないのに助手は無難に教師を演じ、さくらもクラスメイトから話かけられても、絶妙に噛み合わない返事でその場をやり過ごしていた。
イレギュラーにも対応できるところを見たい反面、やたら話しかけられて不具合でも起こされたら厄介というのもある。
物理的な攻撃でもされなければ大丈夫だとは思うが、子供ばかりだから何をされるか分からない不安は拭えない。
「浅草橋さんはどこからきたの?」
「おうちからきたよ」
「そうじゃなくて…」
休み時間に可愛い転校生に群がる男子達もこの調子では攻略できまい。
開発に携わった私と助手以外、誰の手垢もついてない状態なのだからな。
だが、人工知能がどう作用するかにもよる。
私以外の異性を拒絶するプログラムにしていれば盤石ではあったが、それでは試作型として意味がない。
製品化の際にプログラムを書き換えても、その変更がエラーを引き起こす可能性がある。
何のためのデバックだと助手に笑われるだろう。
何らかの不具合が生じて、全ての異性を拒絶するプログラムに書き換えられる自体になったら、私は悲しくて生きていく自信がないからこれでいい。
さくらが私を無視して助手とばかり仲良く話しているのを想像するだけで恐ろしい。
「いつも家でなにしてるの?」
「おしっこしてるよ」
「ええっ?」
「みんなおうちでおしっこしないの?」
「そりゃするけど…ええっ?」
ほぼ失言だが踏み込めない範囲だろう。
子供とはいえ男には違いないわけで、邪な心に支配された男子が特攻してくる可能性はあるが、助手が目を光らせているからそこは安心だ。
実際はそこまで信用に足る女ではないけども、さくらへの愛でバフが盛りに盛られているから、頼りにしていいだろう。
年増がツインテールなんかにした罪は、1回のファインプレーでは帳消しにならないぞ。
不愉快だから減給はするけど、給料分は働けよ。
しかし、好意的な男子に比べて、女子は冷ややかだ。
イケているグループのリーダー格に見える子は、やはり取り分けさくらの存在が疎ましそうに見える。
このあたりは子供とはいえ女といったところか。
幼女がおしなべて清廉であるわけもない。
10歳は紛れもなく女の全盛期ではあるが、個人差があることを考慮すれば、既に少女を飛び越えて女に相当する子もいるだろう。
客観的に見れば、ぶりっこ転校生が何だかチヤホヤされていて癪に障るのも理解はできるけども。
損傷させたら一般層の親に払える額の賠償ではないとは知る由もないだろうが、危害は加えないでくれよ。
「男の子とばかり話してないで、わたしともお話しようよ」
良く言えば大人しそうで清楚、悪く言えば影が薄く存在感に欠ける女子が乱入してきた。
光の加減か、青くも見える非常に長い黒髪が特徴と言えるだろう。
顔は中の上か、あるいは上の下といったところか。
見ていて少し幸せを感じるくらいには可愛い。
映像と音声からは特に悪意は感じない。
無害な友達候補なら歓迎するが、さくらの仕様につき、私と助手ではない誰かにしかなれないのは残念だったな。
「わたし中野瑠璃。仲良くしてね、さくらちゃん」
「うん。瑠璃ちゃんはお友達だよ」
穏やかな声で瑠璃と名乗った幼女に対し、さくらは特に何の不自然さもなく明るく返事をした。
確かに友達が欲しいとは言っていたが、それは仕様の壁に阻まれて無理なはず。
さくらは2人以上の人間を正確に認識できない。
そして、登録された人間にしか聖水を出さない仕組みになっている。
様々な人間を認識できると何かと都合が悪いからそう設定した。
私と助手のみで開発し、それで試作型を元に複製して売る予定だったから、2人を認識できれば問題なかったのが理由としてある。
そして、幼女型聖水器を共用されるのを嫌ったのが大きな理由だ。
売り上げが減るし、何より誰にでもおしっこを飲ませる幼女は美しくない。
この幼女に人智を超えた謎の力があるのか?
友達が欲しいと言ったさくらが自ら限界突破したのか?
見れば瑠璃はさくらの後ろの席だった。
授業が始まっても、何か紙切れを渡してさくらに接触を図ってくる。
何やら随分と可愛らしい文字だ。
学校が終わったら2人で遊ぼうと。
窓際で昼休みもずっと読書でもしてそうな見た目なのに、えらく積極的である。
「うん。いいよ、遊ぼう」
授業中にこっそり筆談なんて機微をさくらが理解できるわけもなかった。
なお、文字を書く機能自体は一応ある。
だが上手とは到底言い難い。
そんな細部にまで拘っていられない。
可愛い幼女は書く文字も可愛いなんて、そんなことまで追い求めていたら、幼女型聖水器が完成する前に私の寿命がくる。
「遊ぶのは結構ですが、授業中は授業に集中しましょうね」
紙切れを回収した助手がそれっぽいことを言う。
さくらの目に映るその顔は、なかなかに教師だ。
お楽しみの対象にしていた幼女に対するものとは思えない。
いい女ふうにしているのも何か腹立つ。
それからは特に何もなく、偽教師が普通に授業を続けていたが、次は体育の時間となり、飽きてきた観察にも身が入る。
女子は別室で着替える方式の学校のようだ。
この年頃の幼女は、成長に個人差があってなかなか興味深い。
やはりジュニアブラも魅力的ではある。
その膨らみでは必要ないだろうと思う子でも結構な数の子が着けている。
現実と私の価値観には些か乖離があるな。
幼女を愛する者として非常に参考になる。
さくらには不要な程度の膨らみに作ったが、敢えて着けさせるのも趣があるか。
結果的に盗撮のような形になっているが他意はない。
私は決して今、お楽しみなどしてないのでな。
やはり小4女児は最高だと再度実感しているだけだ。
「さくらちゃんの下着、可愛いね」
瑠璃は何かとさくらに声をかけてくる。
やや膨らみ具合が大きい彼女は既に着けている。
しかし、水色とはなかなかおませさんだな。
「お兄ちゃんが選んでくれたんだよ」
「そうなんだ…ふーん」
「でもね、全部白なんだよ。でもね、いっぱいあるんだよ。お兄ちゃんが全部さくらにくれたんだよ」
「お兄ちゃんがねぇ…ふーん」
瑠璃の顔が妙に不満そうで不快だ。
私の趣味に文句があるとでも言いたげではないか。
幼女の下着は白こそが至高なのだよ。
体育着に着替えて授業開始となるが、さくらは当然ながら不参加だ。
自立歩行できるだけ傑作である。
激しい運動に耐えられるほどの耐久性も能力もない。
「浅草橋さんは少し身体が弱いので見学です」
何か少しざわざわしているが問題ではない。
科目がドッジボールなんて論外だ。
しかし何故だろうか、さくらの視線がずっと瑠璃を捉えている。
たまに助手に目を向ける程度でその他の児童は眼中にないと言わんばかり。
私の愛するさくらがここまで好意的なのは、心中穏やかではないな。
「瑠璃ちゃん頑張れー」
些か気に入らないが、さくらの解明されてない未知の可能性を探る道具としては優秀と言える。
このまま瑠璃を泳がしておけば、何かまだ発見があるはずだ。
流れ玉がさくらに直撃するようなこともなく、体育は無事に終了し、本来は楽しみなはずの給食の時間に移る。
食事の必要がなく、そもそも食べ物を消化する器官もない彼女には全く無駄な時間だ。
「浅草橋さんは、米と小麦と大豆とソバと卵と牛肉と豚肉と鶏肉とイカとサバとエビとカニにアレルギーがあるので、みんなと同じ給食は食べられません」
もう何を食べればいいのか分からない助手の衝撃的な発言に教室はかなりどよめく。
今のところさくらの平穏な学校生活に貢献していて感心だ。
年増でも使い道によっては役に立つな。
「さくらちゃん、ご飯食べれないの?」
「大丈夫だよ。さくらには最強のコレがあるもん」
心配そうな瑠璃に堂々と出したのは、幼女が好みそうな色とデザインの水筒。
中身はお察しの通り水道水である。
貯水タンクが満杯になるとプログラムされた音声を発するから、量は調整している。
「お兄ちゃんが用意してくれたんだよ。最強なんだよ」
「色々してくれるんだね、お兄ちゃんって」
「お兄ちゃんも、お姉ちゃんも、すごく優しいんだよ」
瑠璃はどうして私の話題になると露骨に嫌な顔をするのか理解に苦しむ。
さくらの弾む声とあまりにも差がある。
可能性があるとすれば、私に対する嫉妬か。
だが、そんなものを燃やす理由がない。
まさか、瑠璃もあの女と同じなのか…?
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