第2話 愛ゆえに

あらかじめプログラムされた音声に問題はない。

人工知能が学習したものが発する音声が問題だ。

私の想定よりも、人工知能によってさくらが卑猥にカスタマイズされている。


淫乱幼女というのも悪くはない。

個人的には性に積極的な幼女は嫌いではない。

だが、さくらがそうでは困る。


「おやすみ、さくら」


私はそう言ってモコモコの可愛いパジャマを着たさくらの頭を3回撫でた。

幼女型聖水器の内部データを確認するには、電源を切る必要がある。


「お兄ちゃん、おやすみ」


これで電源が切れる仕様のさくらは、少し寂しそうな顔をして目を閉じた。

まるで私が恋人で、別れを惜しんでいるかのよう。

さすがに開発者としての思いが錯覚を起こさせているに過ぎないだろう。

そうであってほしいという願望がそう見せている。


人工知能は心ではない。

何かを学習はしても、そこに感情はない。

愛おしい見た目をしていても、彼女は機械だ。

現にこうして、尻からは充電のケーブルが尻尾のように伸びている。

8時間の充電で最大12時間の使用が可能だ。


人工知能のチップが肛門に内蔵されているため、尻は非常に大切な部位ではあるが、やはり何か突っ込みたいユーザーの心理に配慮して、この形式を採用した。


あらゆるニーズに対応するべく、別売りで洋式トイレ型充電器も販売予定だが、私が使うことはないだろう。

無の状態から作り上げたわけであり、人間ではないにしても、愛情がないとは嘘でも言えない。

寝る時は隣で一緒に寝ていたい。


だが、どれだけ愛おしくても、性の捌け口に使ってはならない。

幼女型聖水器はセックスドールの類いの使用を想定していない。

膣に精液の成分を感知すると、完全に機能停止になる故障が発生する。


普通に使って故障した場合は修理できる。

開発者として責任を持って無料で修理は承る。

ただし、私が意図しない使用で故障させた場合はその限りではない。


機能停止した幼女型聖水器は修理不能だ。

人間でいう死を意味する。

開発者である私でも直すことは、まずできない。


そもそも修理ができないよう設計した。

性行為をしては壊れ、修理してまた性行為をする。

そんな無間地獄に幼女型聖水器を陥らせないためだ。


この仕様は私の意匠として捉えてもらって構わない。

試作型であるさくらに不具合なく、晴れて製品化される時にも、この仕様を消すことは考えてない。


私の思い出を穢されるのも嫌なのでね。


しかし、これからどうしたものか。

まだ試作段階だから人工知能を取り除けばいい。

それに伴う不具合も発生しないだろう。

だがそれをすれば、さくらは単なる設定された音声を発する幼女型聖水器でしかなくなる。


単に人工知能を初期化すればいい。

初期化すれば純真無垢なさくらに戻る。

ただ、それも気が引ける。

言わばさくらの心を消すのと同じだ。


人工知能は心ではない。

この子には精神も魂も感情もない。

そんなことは開発者として分かりきっていることだが、そんな易々と選べる選択肢ではない。


機械だからと簡単に割り切れるほど短い付き合いではない。

開発を始めて10年、もうすぐ11年にもなる月日を過ごしてきたのだ。

最初からあんな可愛い姿をしていたわけではないが、だからこそ、ただの金属だった頃から今に至るまでの思い出もある。


人工知能を搭載するにあたって苦労も多かった。

ここまで滑らかに喋らせるための最適化に多くの時間を割いた。

それを少し問題があるからと初期化するなど、私にはできない。


これは私のエゴイズムに過ぎないのは理解しているが、さくらを限りなく人間に近づけたいという思いがある。


LGBTなんて厚遇され、また最近は後付で色々ついているようだが、Pの文字が加わることはない。

ペドフィリアだという理由で迫害を受け、権利の主張もできない。

幼女の魅力に惹かれた者は日陰者として生きていくしかないのだ。

そんな者のためにも、私は立ち止まれない。


元々は全て私のための計画だった。

失った愛を永遠にするためにも…

咲耶を愛し続けられなかった私に残された最後の道なのだから――


「博士〜朝ですよ〜。起きろクソロン毛」


さくらの開発や今後の展望を考えるほどに寝不足なところ、随分と目覚めの悪い声だ。

私の髪は街中で見る有象無象の女より綺麗なストレートヘアだぞ。


「ブス隠しにガッツリメイクまでしてえらく早起きだな。まあ残念ながら隠しきれてないがな」


「ショートスリーパーに定評がありますのでね。夜更かしは美容の敵とか関係ないんですよ、可愛いんで」


いよいよ腹ただしいところに研究所の電話が鳴り響く。

いつも起きる時間だから何時かわかる。

朝の7時に電話してくるなんて、相当に非常識か、何事にも変え難い急用だろう。


「はい、浅草橋研究所です。ええ、博士ならいらっしゃいますが」


「誰だ?上客じゃないならビチグソして応対できないとてでも言っとけ」


「いえ、千駄ヶ谷議員なので…」


表に出ない政治資金で開発の支援を続けてくれている上客には違いないが、電話の内容は聞くまでもないほど明快だ。


「お電話代わりました浅草橋です。いつもお世話になっております」


「幼女型聖水器の調子はどうだね?今すぐにでも購入したいのだが」


「試作型は完成はしているのですが、製品化にあたり最終テストなどありますので、しばらくお待ち頂ければと」


「そうか…楽しみにしてるぞ。金が足りなくなりそうなら連絡くれたまえ。相応の額を用意するぞ」


千駄ヶ谷はその顔が思い浮かぶように声を弾ませて電話を切った。

憂国の士たるべき者がなかなか浮ついた急用だ。


政治家やら警察官やら、医者やら暴力団やら、様々な方面から資金提供を受けている。

完成を急かす電話には慣れたものだ。

残念だが私に必要なのは、もう巨額の資金ではなく時間なのだがね。


しかし、その時間を奪うかのようにまた電話が鳴る。

完成を望むなら急かさず待っていてほしいものではあるが、支援者が敵に回られても困る。

助手を挟むより私が対応したほうが早い。


「はい、浅草橋研究所ですが」


「博士さんが出るとは珍しいですな。千葉です。例のモンの開発は進んでますか?」


稲毛組の若頭とは面倒なのが電話してきたな。

インテリヤクザというのは、どうもネチネチと鬱陶しくていけない。

何かと使える政治家も、この旦那が紹介してくれたから邪険にもできないのが更に面倒だ。


「試作型は完成はしているのですが、製品化にあたり最終テストなどありますので、しばらくお待ち頂ければと」


「うちもシノギが大変でしてね、試作でも早く欲しいんですわ」


電話の向こうの相手が変わろうと、さくらの状況が変わらないなら、私が言えることも変わらない。

早く欲しいという要求も同じだから世話もない。


朝からいちいち不愉快の連続だ。

さくらは大切な時期にある。

その辺にいる転がっている高校生に売春させて小金でも稼いでいろと言いたい。


「試作型はこれからのベースになるので売れません。おっと、その試作型が誤作動を起こしている。気長にお待ちくださいな。修理しないといけないので失礼します」


半分嘘で半分真実の話でお茶を濁し、若頭の返事も待たずに私は電話を切った。


人脈作りに貢献してもらって恩は感じているが、輪廻のように同じ話を繰り返しても時間の無駄だ。

私が資産家の息子とかなら、反社会的勢力に頼る必要もなかったのだがね。


私の才に加えて財まで最初から与えたら、神も不公平極まりない存在になるから仕方ないな。


道を踏み外したヤクザ者がさくらを譲れなどと、寝言にもほどがある。

タダで5000万くれと言っているのと同じだ。


なんなら製品化に成功しても売りたくない相手だ。

私の望まない使用をして、修理をしつこく求めてくる未来が見える。


完成型なら私が情を抱かないとでも思っていたら大間違いなのだよ。

試作型がベースなのだから、その機体はさくらの子供のようなものであり、私の孫のようなものだ。

幼女型聖水器は、そんな安い代物ではない。


そもそも試作型としての役目を終えたら、さくらは私と生涯を共にするのだよ。

いくら金を積まれても譲る気などない。

さくらは永遠の10歳を生きる私の花嫁なのだ。

お母さんを犯したい気分だよ畜生が!


つい熱くなって私のインテリジェンスが崩壊してしまうところだった。

ここはひとまず落ち着こう。


とにかく、個人の趣味で利用されるにしても、営利目的で利用されるにしても、さくらをこのままの状態で世に出すことはできない。


とりあえずさくらが学習したデータを解析してみよう。

開発段階であの変態助手が何か密かに仕込んだ可能性がある。


「さくらちゃんのおしっこ飲みたいんですけどー」


「私も飲みたいが我慢している」


「幼女の朝イチおしっこ早くー」


電源を入れた状態では内部データを見ることはできない。

その程度のことは分かっているはずなのに、煩悩の尽きない女だ。

やはりこの女が何かしたと考えるべきか。


「さくらの学習履歴を解析する。飲みたければおまえもやれ」


「朝イチおしっこ飲んでからでもいいのに…」


不満そうな助手も私を手伝うが、データを隅々まで見ても特に異常はない。

何かあるとすれば、まだ未完成の状態に記憶したであろう私と助手の会話などが記録されていたことくらい。


いつものやり取りで私は特に変なことは言ってないから、ここに問題があるわけではないだろう。

醜い者を醜いと事実を正しく述べている私の姿勢は、教育的にも良いまである。

それに反論してくる助手の横柄な態度を反面教師としてくれれば、実に賢い人工知能だ。


ただ、私に対する記憶だけが簡単には見つけられない場所に保存されているのが不可解ではある。

助手のもなかなか深い部分にあるが、頑張って探せば見つかる程度のところだ。


よく見ると電源が切られる時のものばかり深部に保存されている。

開発途中に動作確認のために電源を入れることも切ることも多くあったが、さくらが記憶しているのは朝と夜ばかり。

電源に関する記憶は、昼のものは軽視されている傾向にある。


私は開発者であり、さくらの親のようなもの。

そのために彼女は、私に関するデータを優先して大切にしているということか?


未完成の段階から、ただ可愛いから一緒に寝ていたに過ぎないのだが、それがさくらの人工知能に何らかの影響を及ぼした可能性はあるな。


――私の愛を感じた…?


機械にそんなものがあるわけないな。

人工知能なんて言っているが、費用的にもそんな大それたものは使ってない。


――いや、私は天才サイエンティストだからな。


それにしてもさすがにないか。

ここまでしている時点で私は既に天才だ。


「あっ…これちょっと恥ずかしいかも」


「なんだ?言え」


「でもちょっと…センシティブな内容なので…」


何か妙に雌の顔をしている助手のパソコンの画面を覗いてみる。

3日前の新しめのデータだ。

その日はさくらのアップグレードが必要になった時のための部品を買いに外出していた。

時間は13時14分…私が意識高くフレッシュネスバーガーに立ち寄っていた頃か。


データが存在するということは、この女は私に無断でさくらを起動したわけだ。

研究所の自室でさくらの機能を使い、その様子をしっかり撮影して、それを鑑賞しながらお楽しみの時間を満喫するだけに飽き足らず、まるで教え込むようにさくらに見せていたと。


指を3本も使うとは、なかなか素晴らしいことをしていたな。

私がこの女を助手として採用し続けているのは、決して野に放ってはならない危険な存在だと、本能的に感じていたからかもしれない。


しかし、私もこの女を責めることはできない。

さくらの動画を撮り、個人的に楽しむことはした。

だが、後ろめたさなど微塵もないな。

あんなに可愛いのだからね。

興奮するなというのが難しい。

街で本物の美幼女を見ても、さくらのほうが可愛いと誇らしくなるほどには愛おしいよ。


「なるほど。まあ、大体理解したよ」


「いや…まあ…とりあえず…すみません…」


問題の部分が保存されたファイルを消そうとする助手の手を私は掴んで止める。


「それもさくらの大切な記憶だ。消すな」


「でも、恥ずかしいので…」


「おまえの醜い部分も、さくらを構成する要素のひとつになったのだ。だからそのままでいい」


「じゃあさくらちゃんの前でめっちゃオナニーしてもいいってことですね!?」


「するのは勝手だがさくらには見せるなよ?」


「お姉ちゃんが気持ちいいこと教えてあげるプレイ、もっとしたかったのに…クソが」


「クソはおまえだ、クソアマが。蝋人形にしてやろうか」


助手の醜態がさくらの人工知能に影響を与えたのは間違いないだろう。

さくらは試作型であり、製品化される際には量産された個体がオリジナルの状態で販売される。

助手がどれだけ変態で何を吹き込んでも、製品化された幼女型聖水器完成型CC02自体には影響もない。


早く製品化して利益を出せば、私のもうひとつの研究も少しは進むというものだ。


さくらが卑猥なのもまたひとつの個性として受け入れよう。

問題を解決するばかりでは人間に近づけない。

人間とは不完全なものである。


不完全な人間に近づけるには、不完全である必要もあるか…


これからどうするか、より知恵を絞る必要があるな。

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