その5


 地上は草木生い茂る緑一色で、本の森という言葉通りそのままの風景がそこにあった。ひときわ目立つ大樹に埋め込まれてる本棚を見る。どっちが先なんだろう。

 天井が無いように感じるだけだ。ここはまだ図書館。そう思わないと、またどこかに迷い混んだ気になる。枝葉が揺れる。葉っぱは1枚も落ちていない。太陽はないのに、上から暖かい光が差し込む。

 足に伝わる振動が面白くてつい早足になる。ここならもっと快適に図書館の解読が出きるのに、と思う。直接話したわけじゃないが、魔法使いさんは明るいところを極端に嫌がった。

 図書館は広がり続けている。ここを作った異世界人の手を離れて、勝手に。意思を持たないから草原にするとは、なかなかどうして地球人っぽいなと思う。

 足が勝手に動いて止まらなくなったほどで、なんとなく3日程歩いたかと感覚が告げる。景色は変わらない。だから、遠くでポツンと倒れている人影にすぐ反応することが出来た。こんなところで。声をかける。こんにちは。うつ伏せのままだ。



「こんにちは」

「……」

「……」

「……」

「……」



 図書館の解読が進む。異世界人というワードを頼りに、魔法使いさんは地下を読破するほどの意気込みで、またしばらく姿を見せなかった。地下はそれより、スミンの本が多い。本当は地下の民だったんじゃないか。

 スミンは大きな国だ。大陸の半分を所有して、果てはその世界を統べようとしていた。地続きの国に圧力をかけ続けられる戦力、それが独自で体系化された魔法使いという存在だった。

 恐ろしい速度で進軍し、相手の顔を見ずとも滅ぼせるとある。凄惨な光景が浮かぶ。魔法の力は圧倒的だった。ずいぶんと荒れた世界から来たもんだ。

 この本は栄華を極めるスミンを書いたわけではない。これから滅びるスミンを書いた本だった。日本語で書かれたこれを、さてどうするかなあ。絵本の読み聞かせのように空で口に出していると、しびれを切らしてうつ伏せの男が動き出す。彼は目と首の皺が特に深かった。

「こんにちは」

「……」

「……」

「どうも」



「魔法使いがここに?」

「……」

「魔法使いなんて、四半世紀ぶりに耳にしました」

「スミンを知っているんですか?」

「ええ。統治歴20年6の月から来ました。スミンの方ではないとすると、海の向こうの人ですか?」

「私は、ええと、違う世界の人間です」

「……だから雰囲気が違うんですね。優しい世界な気がします」

「ここの図書館へはいつ頃来たんですか?」

「昨日、といっていいんでしょうか。それくらいです」

「ここは、変な場所ですよね」

「元の世界に比べれば、ずっといいところですよ」

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図書館を堪能せよ @momoyama_wagashi

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