第3話 異世界に40歳の男は相応しくない理由
立ち上がる。
「誰か!誰かいませんか!」
ササキの声が響き渡るが、反応は無い。
「どうしてこうなった?確か、私はアスミに連れられてコワーキングスペースに入って。部屋は変な色で輝いていて。引っ張り込まれた感じになって。……まさか、異世界へ?」
時が止まった。
「おいおいおいおい。異世界ってのは、にゃろう系の主人公が行くところだろう?最近じゃ、配信者とかスローライフとかさあ。女の子だったら悪役令嬢」
詳しいのは仕事柄だった。
株式会社親猫プロジェクトの小説家ににゃろう。スタンダード作品を数多く排出している。メディア化も多い。
大手出版社が大本のKADONEKO。最近はホラーでヒット作が多い。
尖った作風の異世界系とBLが強いアルファネコス。
女性系で人気作品が多いニャブリスタ。
ゲームとの親和性は高いので、4大サイトのPVが高い作品はチェックするようにしている。
「40歳の男が来ていいところじゃないんだよ、異世界は」
おっさんが活躍する異世界系もちらほらあるが、剣などで無双するのが多いイメージ。
ササキと言えば、今現在の持ち物は、ネックストラップに入った異世界覇者の開発パスが裏についた社員証。牛丼特盛が入ったビニール袋。アスミから余分に貰った七味の小袋。携帯、充電器、筆記用具、フリスク、文庫本、ハンカチが入った皮の手提げ鞄。
「これでどうしろとっ?」
叫ぶ。
やはり、誰からも返事がない。
ササキは再度、草を触ってみた。
「にゃろう系小説には、草は合皮の手触りなんて表現は無かったな。日常生活の超延長みたいな感じで……」
アスミは自分の顔が印刷された社員証を眺めた後、裏返した。
「まさか」
自分は、データが抜き取られ開発が止まりそうな勢いの新作ゲームの中にいる?
「おい!冗談じゃないぞ」
ササキは取り乱した。
このままでは死あるのみ。
いや、永久にゲームの世界をさまよい続ける?
「落ち着け。落ち着け」
サバイバル状態になった場合、パニックが一番よろしくない。
「にゃろう系主人公の初期タイプは理由があって呼ばれるパターンが多かった。のち、死亡から始まるタイプ。トラックに跳ねられるとか病死とか。最近のは、うっかり異世界に迷い込んでそこで無双するのが多いみたいだけど」
小説とゲーム。
違いはあれど、現実世界に飛ばされたという共通点がある。
ササキは持ち物を再度、確認した。
「牛丼。七味。社員証」
裏返すと、そこには異世界覇者の開発パス。
「まさか、まさかだけど、俺に中からゲーム開発をしろと?」
『さっすが、ササキさん!』
空から声がして、神話に登場する女神みたいな透け感が高いドレスを着た女性が空から振ってきた。
胸の切込みが深すぎて、丸みのある形がもろにわかる。
自分が上司だったら、カーディガンを羽織ってボタン止めときなさい。身体が冷えるからと言ってしまうところだ。
ササキは仰向けに倒れる羽目になった。
「このシチュ、懐かしのアニメって気がしません?女の子が上から降ってきてえ~」
歌うように言う女性を、ササキはすぐさまどかした。
初回から距離感がバグっている女性はメンヘラの可能性が高い。
アドバイスはパワハラ。少しぶつかっただけでレイプ。
部下にいたならば要注意なタイプ。
「君が異世界覇者の関係者?」
「いいえ。私は、アステイパレア大陸の女神ビアーです。異世界覇者は貴方がたニンゲンが勝手に作ったもの」
「つまり、元々あった異世界にゲームが繋がってしまったと」
「そうなりますわね」
「う、う~ん。超没入型VRゲームめ。どうなっているんだ」
ゲーム同士が繋がってさらに展開していくはずが、異世界とまで繋がるだなんて。
きちんと整備してやらないと、迷子多数。死者も出るかもしれない。
プログラムで設計されたゲームの世界と、元々存在する異世界では、命の重みが違う。当然、異世界で生きている人物の方が命の価値は重いだろうから、いざ戦いとなったとき、思いっきり反撃してくるだろう。
ゲームに慣れきったプレイヤーは、民家に不躾に入り、物を漁り、ツボやタンスの中から金貨を勝手にもっていくかもしれない。やはり、そこでも反撃。
ササキは血の気が引いた。
どれだけ、慰謝料を請求されるだかわからない。
バンザイニャムコが潰れてしまう。
「元の世界に帰りたいんだが」
「無理ですわ。ササキさんのバイトはもうスタートしてるんですから」
「開発されたら、君等も困るだろう?」
「ニンゲンという下等生物なのだとわきまえてさえくだされば、歓迎する神々は多いんですよの」
ビアーは、棒切れをどこからか取り出し、地面に長方形を描いた。
「これが、アステイパレア大陸です」
「だいぶ、角いが」
「まあ、そこは置いておいて。ササキさんがいるのは、ここ」
ビアーが、左隅を指さした。
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