第2話 牛丼片手に異世界へ

「ほう」


 プレスリリースで少しだけ触れられていたあれか。


 他のゲームとコネクトでき、ストーリーを違和感無く融合できるらしい。

 最終的は、プレイヤーごとに壮大なオリジナルゲームが出来上がるという。


「タイトルが、『冒険RPG 現実世界で使い物にならない俺は、異世界で覇者になる!』(仮題)」


「売れるのそれ?」

「つけたのは、クルルギさんらしいんで」


 先が思いやられた。


 ササキをバイトで復帰させた常務は、クルルギを開発部部長にした勢力とは敵対している。


 時給5,000円でゲームの開発だけしていればいいとは思わなかったが、社内の勢力抗争の調整役まで負わされるとは思わなかった。


 エレベーターが止まり、廊下に出た。

 開発部のあるフロアだ。懐かしい。


「すんませんが、ササキさんの作業場所は、社内コワーキングスペースになります」


 8畳ほどの部屋に壁に向けてコの字型の机が置かれたそこは、最大収容人数3人。

 そこを1人で使えるというのだから、かなり贅沢だ。


「フリーアドレスのオープンスペースじゃなくてよかったよ」


 そこだと、壁がないので顔が見られ放題だ。

 円満退社したので気にすることはないだろうが、「なんだ、こいつ。たった半年で出戻りか?」と思われるのはなかなか辛いものがある。


「これ、ササキさんの社員証兼開発パスです。これで、異世界覇者の中に入れるはずだったんですが……」

「クルルギの嫌がらせで、権限がほとんどないとか?」


 ゲームの開発には階層がある。


 世界観フィールドを作る者。

 ストーリーラインを作る者。


 キャラメイク。

 戦闘。


 多岐にわたる階層を一括で見られるのが開発管理者だ。


 アスミがネックストラップに入った社員証兼開発パスを渡しながら声を潜める。


「来てもらってそうそう申し訳ないんですが、クルルギさん。失踪しちゃったらしいんですよ」

「何だよ、その展開。事件性は?」


 すると、アスミが頭をかく。


「あるっちゃある感じすかね?」

「説明してくれ。バイトの私に開示できる範囲で」


「自ら消えた線が濃厚だと思います。異世界覇者だけじゃなく、超没入型の開発コードも消されてるんで。っていうか、データ、抜き取られたみたいな?」

「はあ?つまり、その」


「はい。他社に流す可能性が。ニャン天堂とか、ニャニーに。海外のゲーム会社の線もありえますが」

「情報漏洩は捕まるって分かってんだろ、あいつ」


「かと思いますが」

「周りはどこまで知ってんの?」


「上層部と、メディア対策室のみです」

「ああ。そう。アスミも大変だね。じゃあ、俺のバイトは始まらずに終わり?」


「いえ、常務がコワーキングスペースで待機頂くようにと。今日は、仕事はありませんが、時給分お支払いするそうです。もちろん、明日以降も」


「尻拭いはごめんだぞ」

「時給は倍までOKだそうです」


 鳴り物入りで開発を進めている超没入型VRゲームは、海外に遅れを取っている。


 それが、社員の情報漏洩で全てが泡になってしまうというのなら、これまでかけた開発コストを考えれば、なんとかしてくれそうな開発部元部長のササキに時給1万円払っても惜しくないと、上層部は考えているのかもしれない。


「なんとかなんて、できないって」


 ぼやきながら廊下を歩いていると、


「こちらです」


 アスミが扉を示す。


 そこのドアノブに手をかけると、「ササキさん」と彼が呼びかけてきた。


「ん?」

「これ、牛丼の七味です。ニャーバーの配達員が多めにくれたんで」

「はいよ」


 受け取りながら身体を捻った状態でコワーキングスペースに入室。


「あっ!ササキさんっ!そこやばいっ!」


 顔色を変えてアスミがササキの腕を掴もうとしてきた。

 だが、その努力は虚しく、腕は掠っただけ。


 コワーキングスペースは、例えるなら勇者の聖剣が置かれた部屋のようにエメラルド色にまばゆく輝いていた。

 強い渦のような何かに身体を引っ張り込まれる。


「うわっ!」

と叫んで、次に目を開けたら、青空の下にいた。


 草が風で凪いでいる。


 起き上がると、地平線まで見渡せた。


 一面、草、草、草、草。大草原。


 ササキは、田町にいたはずだ。オフィスビルの他、最近はタワマンが立ち並ぶあそこでは、どうやっても地平線は見えない。


「どこなんだ、ここ?」


 雲は青空に張り付いたように動かない。


 風も一定だ。

 当然、草の凪ぎ方も。


「とうとう、狂ったか?」


 自分の頭を叩いてみる。

 痛かった。


 草を触ってみる。

 合皮みたいな手触りだった。

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