ゲーム会社の元社員、異世界構築スキルを授けられ中の人になる。

遊佐ミチル

第1話 ササキはニャムコを辞めても、古巣を愛している

 ゲーム会社バンザイニャムコ未来研究所は、JR田町の駅を降りてすぐのところにある。


 通勤ラッシュ時には線路に突き落とされないように少しピリつく極狭の駅のホームに降り立った時点で、ササキは既に懐かしさを感じていた。


「ニャムコを辞めてもう半年。いや、まだ半年か」


 いずれにせよ、霧の中を歩いているような毎日だった。


 改札を出て、人の流れに乗りながら社屋に入る。


 ファミリーネッコで600ミリリットルのジャスミンティーを購入。

 会社員だったとき、出社前のササキのルーティンだった。


「あれ?ニャムコがいる」


 ずんぐりむっくりの猫のキャラクターが、セキュリティーゲートの前で子供らに愛想を振り巻いていた。

 新作ゲームのキャンペーンか住民感謝デーか。とにかく、何かをやっているらしい。


「そうか。今日、平日じゃなかった」


 ―――リタイアすると、毎日が苦痛だぞ。その内、ボケる。


 ササキが会社を辞めることを知った上司がアドバイスをくれたが、当たっていなかった。ササキの場合、すっぽり記憶が抜け落ちたような毎日だったのだ。


 ホールに黙って立っていると、

「ササキさん!」


 声をかけてきたのは、ニャムコの社員証を首から下げたすらっとした青年だった。手にはファイルを持っている。


 6年ほど前に、ササキが新卒採用の面接をした男で、5人の面接官の誰しもが太鼓判を押した人物だった。


 まず、抜群に整った顔。

 ニャムコで人気が高いニャイルズシリーズの主役のような派手さがある。


 それでいて、物腰柔らかく、年上に媚を売るのも上手い。

 当然、役員面接でも評価が高かった。


 気になる点と言えば、KO卒だが、出身高校がド底辺のヤンキー高だったことぐらいだ。


 青年は子供を優雅に避けながら駆け足で寄ってくる。


「お越しいただき、ありがとうございます。メディア対策室のアスミです」

「迎えなんかいいのに」


 当日、メディア対策室の人間が迎えにあがるのでと連絡を受けており、ササキは不思議に思っていた。


 元社員なのだから、社屋のことは知り尽くしているし、今現在の待遇は時給5,000円のただのバイトだ。扱いが丁寧すぎる。


 アスミは大げさに首を振る。


「いやいやいやいや。そんなそんなそんな。あ、これ、ニャムコのニューモデルです」


 手に押し付けられたのは、両手を上げている猫のぬいぐるみ。


 ブサカワで愛らしいのだが、残業が続く社員からは、ド腐れ猫と呼ばれたりもする。ポケットに入れた。


「ちょっと待っていてください。ニャーバー頼んでたんですよ。受け取ってきます」

 

 社屋の外には自転車の青年がいた。駆け寄っていったアスミと親しげに話しながらビニール袋を渡している。


 アスミが戻ってくる。

 そして、袋を掲げた。


「これ、ササキさんの昼飯っす。牛丼特盛」

「御年40歳だよ、こっちは」


「なら、夜と兼用にしてください」

「いくら?」


「常務のおごりです」

「なら、いただこう」


 彼はササキに会社を辞めたらボケると忠告してくれた人物だった。


 そして、「新作ゲームの開発が遅れに遅れていて、バイトで手伝いにきてくれないか?」と声をかけてくれた人物でもある。


 40にして笑えるのだが、残金は数万円しかなかった。


 そして、もっと笑えるのが、10日ほど前までそのことに危機感を持っていなかったということだ。


 ストレスで人間の脳は萎縮し、まともな思考ができなくなるというが、まさにそれ。


 アスミと一緒にエレベーターに乗る。

 他に人がいなかったので、アスミが話し始める。


「開発部の連中が、ササキさんに戻ってきてくんねえかなって言ってましたよ」

「戻ってきたろ、バイトで。クルルギはやりづらいだろうけれど」


 ササキは開発部部長だった。38歳でそのポストについたのでそこそこ早い出世だった。


 同期のクルルギは、3年ほど前にバンザイニャムコを辞めて他社に。ササキが辞めるのを期に空くポストの穴埋めに出戻ってきた。


 ゲームセンスの無い男だったが、朝令暮改で、すこぶる評判は悪いらしい。


 敵を作らないことをモットーにやってきたササキだったが、彼とだけは相性が合わなかった。


「あいつとは、話せる?」

「クルルギさんは、その……お休みで」


「ふうん。じゃあ、新作ゲームの詳細を教えてくれる?あと、チームメンバー」

「あ、それなんすけどね」


 アスミが持っていたファイルをめくる。


 同時に腕に下げた牛丼がブラブラ揺れ、気になって仕方がなかったので、受け取った。


「ササキさんが関わっていただくのは超没入型のVRゲームの1作目です」

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