夢みる現し世

冬目

第1話 夢境

『いや、おかしいやろ~!それ言うたら宮林さんだって―』

2018年3月3日(土)夜中の11時。今日の食事、焼きそば(半額)のみ。今日起きた出来事、特にナシ。明日の予定、特にナシ。

『なんでやねん!牧本お前あんときの焼肉食い逃げしたこと忘れてへんねんで!』

『ちょっと、あれはトイレ行ってただけですやん~!』

『わははは―』

新年から付けてる日記も、こんなんじゃ付けてないのと一緒なのかもしれない。変わる項目といったら、飯の部分だけ。今日起きた出来事も明日の予定も、特筆すべき点は特にナシ。

「あ」

思い立ったが吉日。俺は明日の予定の項目に取り消し線を入れ『深夜に買い出し(コンビニ)』と書き直した。

「少し寝よう…」

特に何もしていなくとも腹は減るし、眠くもなる。つまらないバラエティー番組を消し、布団にもぐりこんだ。この時期の夜はまだ冷える。暖かい布団が非常に心地良い。

両親が死んでから1年が経つ。特に悲しいわけでも寂しいわけでもない。が、当時頭を悩ませていたのは住む場所だった。中3だったためバイトもできずお金もなかった俺は途方にくれていたが、新しく入学した学校側が寮を用意してくれたお陰で首の皮一枚つながっている。


一人暮らしって寂しいだろうなとは思っていたけれど、案外悪くないかもな。



気付くとすでに真夜中の1時を回っていた。深夜に買い出し―そうだ買い出しの予定があった。俺はゆっくりと体を起こし、何枚も重ね着をした後家を後にした。


当たり前だが、辺りは真っ暗で街灯の明かりしかない。人の気配も全くせず、この世界にいるのは俺一人だけなのではないかと心が躍る。思春期の男子にとって深夜とは一番身近にある異世界そのものだ。


鼻歌交じりにコンビニへ赴く。駐車場には車など一台も止まっておらず、コンビニの中にも人が誰もいない。ああ最高だ。まさに自分だけの―。…本当に誰一人、人の気配がしない。バックヤードで店員が寝ているような気配もしない。思えば来る途中、周りの家の明かりは一つもついていなかった。いくら深夜の1時とは言えなにかがおかしい。とても現実とは思えない。そう考え出した途端、恐怖が体を包んだ。


「すみません!寝てますか??」


いくら聞いても、返ってくるのは空調の音と、店内BGM。この状況に似つかわしくない明るい音楽が更に恐怖心を誘った。


俺は本格的に怖くなり、コンビニを後にする。退店後も変わらず辺りは異様な程の静けさを見せていた。一心不乱にコンビニから家に走る。寝てたらいつ間にかこの世界の人間や動物は全滅してしまい、この世界に残っているのは俺一人なのではないか。そう考え始めると無性に悲しくなってきた。


気が付くと家のすぐ近くに着いていた。ああ安心だ、どうせこれは質の悪い夢で寝て起きれば元に戻る。そうだそうに決まっている。


その瞬間だった。


「オオォォ」


機械音でも動物の声でも、勿論人間の声でもない。今までに聞いたことのない音を放っている『ソレ』は、音を立て明らかに俺に近づいてきていた。


「オオォ」


人は恐怖心が極限にまで達すると、身動きが取れなくなるらしい。死ぬ直前にいいことを知れた。思えば取るに足らない人生だった。友達と言える人なんていやしないし、生活だって堕落していた。死ぬのも生きているのも変わらないような生活だったら、死んだ方が色々と楽になれるのではないのだろうか。日記に特にナシと書けることがこうも幸せだったのかと過去を噛み締める。


「楽し……くはなかったな」


迫りくる死を覚悟した時だった。


「!?なんで夢境に人がいるわけ!?鍵持ってんの!?」


快活な女性の声と共に、すぐ後ろに迫っていたであろうバケモノの気配が断末魔と同時に消えた。後ろを振り向くとそこにいたであろうバケモノは消えており、そこにいたのは俺の通っている高校の制服を身に纏うその女性ただ一人だった。


「ちょっと君なんでコッチにいるの?鍵持ってるってこと?え、まさか人に化ける夢喰い?いやでもそんな個体聞いたこと無いし…てか生きてる?」


ポニーテールに薄茶色の髪をした彼女から際限なしに放たれる質問の嵐に、状況が読み込めない俺は唖然とすることしかできなかった。ただ黙っている俺を見てため息をついた彼女は、バケモノを倒した刀を鞘にしまう代わりに、一本の鍵をポケットから取り出してきた。


「これ。これが鍵。この鍵が無いと、普通はコッチの世界―夢境ムキョウって言うんだけどさ。それに入れないわけよ。なのに君は鍵が無くても入って来れてる…はあ~何でこうも一人で見回りしてる時に限ってイレギュラーが起きるかなあ…坂本先輩の役回りじゃないのこういうの」


明らかに面倒ごとだと思っている彼女をよそに、冷静さを少し取り戻してきた俺はようやく言葉を口にすることができた。


「あの…夢境ってなんですか…?」

「あー…なんて言うんだろ……うーん……あのさ。夢の中に入れるって言ったら、君は笑うよね?」

「え…?」

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