ソフトクリームBarでそばを食う。
浅野エミイ
ソフトクリームBarでそばを食う。
銀座に、幼なじみが店を出した。お昼はソフトクリームにリキュールをかけて食べるカフェ。夜はバーだ。銀座の一等地によく店を出したもんだ。
「よっ」
「またお前か」
マスターの葵は、呆れたように俺を見つめる。日曜出勤で渋谷で仕事をして、銀座線での帰り道。俺はこの店にたまに寄る。
「また来て悪かったな。ここは地元のにおいがして、落ち着くんだよ」
ここの店に寄るのは、北海道の新鮮な牛乳でできたソフトクリームがあるから、ではない。他の理由がある。
「それで? 今日もアレなんだろ?」
「ああ、頼む」
「800万円」
「払えるか。送料込みでせいぜい500円くらいだろ」
葵はカウンターの下からごそごそと例のアレを2つ取り出す。マルちゃんの緑のたぬきだ。
「本当にさ、ここは一応バーなんだけど。せめてソフトクリームだけでも頼めよ」
「食後に頼めば毎回出してくれるってことか」
「あのな、これは超特別裏メニューだぞ? バーで緑のたぬきを出すなんて、あり得ねぇだろ」
「そういうお前も食べるんだろ?」
「もう多分、客は来ないだろうからな。日曜だし」
フィルムを破くと、粉末スープと天ぷらを一度取り出す。天ぷらまでいちいち取り出すところが細かい。そんなところが葵のいいところだ。
スープを麺にまんべんなくかけると、また天ぷらと今度はお湯を入れる。緑のたぬきの天ぷらは、お湯を入れても表はサクサクなままだからすごい。
俺たちは無言のまま、3分間待つ。店内にある時計の音がチッチッチと鳴り響く。
「ほらよ」
「おう」
できあがると、俺たちは何も言わず緑のたぬきをすする。利尻昆布のだしが相変わらずうまい。
そうなのだ。俺がこのソフトクリームBarに通う理由。それは故郷・北海道で売っている緑のたぬきが食べられるからなのだ。
おつゆを飲んで。「はー」と大きなため息をつくと、葵が笑った。
「お前、本当に好きだな? そんなに北海道限定の緑のたぬきが食べたかったら、自分で取り寄せろよ」
「めんどくせぇ」
「わざわざ俺の店にくるほうが面倒くさいだろ?」
「いいんだよ、別に」
ここの店に来るもうひとつの理由。それはやっぱり幼なじみがいるってことだ。東京に出てきて、知り合いもできたし友達もいる。だけど、故郷の幼なじみの気楽さには勝てない。
今夜も俺は緑のたぬきを口実に、ソフトクリームBarを訪れる。そこにあるのは故郷の温かさと小さい頃の思い出だ。
ソフトクリームBarでそばを食う。 浅野エミイ @e31_asano
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