トラック運転手の幸せな悩み
浅野エミイ
トラック運転手の幸せな悩み
深夜1時30分。俺はトラックで高速道路を走っていた。
仕事の帰り道。早く家に帰って妻の顔が見たい。
長距離トラックの運転手。それが俺の仕事。だけど、つい先日子どもができたと妻が。男の子だろうか、女の子だろうか。そんなことはどちらでもいい。ただ元気に生まれてくれれば。
でも、名前はどうしようか。まだ妊娠3か月で気が早すぎる? いや、そんなことはないだろう。暗闇の中で、テールランプが赤く光る。おっと、考えながらの走行は極めて危険だ。子どものことが気になりすぎて、集中していないな、俺。ただでさえ深夜の高速は危ないのに。
そのとき腹の虫が鳴った。そういや何も食べていなかったな。
一度一般道に出て、コンビニへ寄る。買ったのは、赤いきつね。コンビニの中でフィルムを剥がし、粉末スープと七味をあらかじめ入れると、トラックへ向かう。車の中は幾分暖かいが、外はやっぱり冷える。お湯を入れたカップが温かい。
トラックの中に戻ると、赤いきつねができあがる5分の間、娘か息子の名前を考える。キラキラネームになってもいじめられそうだし、かといってあまりにも古風な名前もなぁ……。どうしよう、なかなかいい名前が浮かばない。
そうだ。職場の人にアレを押し付けられていたな。『子どもの名づけ辞典』。その職場の人も、去年お子さんが生まれた。そのとき買ったものらしいから、一年くらい古いものだと思うが……どんなものだろう。助手席に置かれたリュックの中から、辞典を出して眺める。
ふむふむ。今風なのは、自然に関係する漢字が入っている名前か。『日向』とか『楓』とか、かわいいな。女の子でも男の子でもいけそうだ。あっ、それなら――。
そのとき、流していたラジオが2時を知らせる。もう赤いきつね、できあがったかな。
フタを開けるとだしの良い香り。昆布と鰹節と……あとは何だろう。七味は最初から入れてきたから、あとは食べるだけ。……うん、うまい。関西風のつゆが染みる。お揚げはほんのり甘くて、うどんはコシがある。
早く食べ終えて、思い浮かんだ名前を妻に教えよう。なんて言うかな? ああ、早く帰りたい。でも、こうやって子どもの名前を考えている時間は、今しか感じられないとても幸せな時間なのだろう。
トラック運転手の幸せな悩み 浅野エミイ @e31_asano
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます