第3話 救われた夜

 かくして驚くべき事実が発覚する。

 

 まずルドヴィカは、ずっと最底辺の暮らしを余儀なくされていたらしい。


 彼女はサンティ侯爵が後妻を得て以降、"目障りだ"と言う理由で、狭い屋根裏部屋へと追いやられた。

 訪れる者は日に一度、わずかばかりの残飯を差し入れる下僕。そして気まぐれに、憂さ晴らしに来る妹や後妻。


 キアラや継母が、ルドヴィカに対し暴行を加えていたことは、身体中に残った傷跡から判明した。

 古いものから新しいものまで、全身くまなく傷や痣があると報告した女官は、その凄惨さに震えていた。


 ルドヴィカは令嬢教育はもちろん、外出さえ許されず、衣服は召使いのおさがりで、ぼろ布しか持ち得ていなかったらしい。


 王太子の贈り物や手紙の類がルドヴィカに渡った事実はなく、ルドヴィカ自身、何も見たことがないと証言した。

 首飾りの件も何もかも、キアラの作り話だったのだ。


 サンティ侯爵は妻子の振る舞いを把握の上、黙認していた。……だけではなく、王妹フラヴィアーナ殺害の疑惑が浮かび上がる。


 王宮の女官に囲まれたルドヴィカが、「お母様のように殺されたくはありません。お慈悲を」と泣き叫んだことから、何かあるのではないかと報告されたのだ。


 ルドヴィカが大人しく家族に従っていたのは、「逆らえばお前の母親のように命はない」と脅されていた背景があったらしい。

 調べると、王妹フラヴィアーナの遺産はすべて侯爵家に食い潰されており、ルドヴィカには何一つ残されていなかった。


 侯爵家の面々は、ルドヴィカを除き、現在牢獄に繋がれている。


 すべての調査が終了し次第、罪に応じた刑罰を受けるだろう。

 おそらく、命をもってあがなうことになると見込まれている。


 王姪に対し、あまりに悲惨な虐待が、誰にも気づかれず何年も続いてたのだ。

 もしも王妹まで手にかけていたら……。もっと多くの人間が、凄惨な罪に問われることになるはずだ。



 侯爵家の召使いたちの多くは、キアラの姉が邸内の屋根裏にいたことを知らなかった。

 噂の悪女は別邸を構え、そちらに住んでいると解釈されていたらしい。


 ルドヴィカに宛てて王太子からの手紙が屋敷に届く不可思議も、下の者があるじに疑問を抱くことは許されない。

 分をわきまえずに詮索すれば、主人の逆鱗に触れてしまう。彼らは日々、自分たちの役目にだけ従事していた。


 王は早くに行動しなかった自分を悔いながら、ルドヴィカを王宮に引き取った。

 回復するまで手元で手厚く面倒をみると、ルドヴィカ自身に約束。


 王太子は偏った情報のみだけで諸々を判断していたことから、"未来の王として資質不足"と太子の地位を下ろされた。

 現在は彼の幼い弟が、新たな太子となるべく勉学に励んでいる。


 王宮で暮らすルドヴィカは、少しずつ笑顔を見せるようになった。

 体調も日々回復を重ねていて、従来の若さと闊達さを取り戻しつつある。

 肌には張りが戻り、髪には艶が戻り。心には安らぎが戻り始め、瞳は生気を吹き返した。


 肉付きが良くなってきた彼女は、今では見違えるほど美しい。

 捏造された"悪女"の噂は、侯爵家の行いとともに国中に広まり、訂正、払拭されている。


 もともとの知性が高かったらしく、勉学やマナーは驚くほどの成長を見せていて、近い将来、身分に相応しいデビュタントを迎えるだろう。


 悲劇の姫君は、救われたのだった。




 ◇




 ルドヴィカの微笑ましい復活を、国中が見守っていたある日の深夜。

 彼女の部屋には、人知れず来訪者があった。


「あ──、美談だ。盛大にやり返したな、ルドヴィカ」

「どうかしら。これまで受けた仕打ちから言えば、足りないくらいだと思うけど」


 王宮の面々に見せる、素直であどけない表情とは一転した、怜悧なルドヴィカがそこにいた。

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