第2話 驚くべき真相

 ろくに食事もとっていないのか、やせこけた頬に細すぎる手足。栄養のないぼさぼさの髪。

 急ぎ身づくろいをさせられたのか、豪奢なドレスをまとっていたが、明らかにサイズも何もあっておらず、服に着られているといった状態なのは明白だった。


「???」


 一同は何が起こったのかわからなかった。ややあって、宰相が口を開く。


「誰が侍女を呼べと言ったか。陛下はルドヴィカ・サンティ侯爵令嬢をお召しになったのだ」


 控えめに"侍女"と表現したが。おそらく端女はしため以下。


 平民の娘でも、まだマシな見た目をしている。

 侯爵家の傍付きを務めているような者には見えないが、しかし王宮からの正式な使者が、行きずりの貧民を連れて来るとも思えない。

 侯爵家の関係者ではあるのだろう。


「娘、ルドヴィカ嬢に命じられたのか? 陛下の御前にて、自分の代わりに弁明してこいとでも」


 もっとも有り得そうな線を推測して、宰相が問うた。

 

 おそらくこの娘は、ルドヴィカの身代わりで、罰を受ける任を請け負った者なのだろう。

 それだけでも非道なことだが、高位者を教育する際、その肌に直接傷つけたり触れたりすることを避けるため、代わりに鞭を受ける下僕しもべを置くことがある。


「なんと! それは明らかな命令違反。即刻、ルドヴィカ嬢を厳罰に処すべきです」


 厳罰、という言葉に、少女はビクリと身を縮め、全身で平伏した。


「お、お許しください! 見苦しい姿で御前に出ましたご無礼を、どうぞ、どうぞご容赦ください! 私がルドヴィカ・サンティにございます。、どうかご勘弁を──」


 "──は?"


 皆が耳と目を疑った。


 ルドヴィカ・サンティ?

 それは侯爵家の我儘な長女で、数々の男たちを篭絡し、自由気ままに過ごしている貴族令嬢の名前だ。間違っても貧民街の孤児のような、この娘のことではないはずだが。


「そなたがルドヴィカ・サンティ侯爵令嬢? 貴族の名をかたるは重罪ぞ。命じられたことを正直に話せば、そなた自身の罪は問わぬ。さあ──」


「誓って本当でございます。証明、といわれても、このくらいしか出来ませんが……」


 ルドヴィカを名乗った娘が自身の前髪を分け、紫色の目を見せると、少女の周りに虹色の光が散った。


 それは、正統な王の権威を示すため、精霊から与えられた神秘の力。


 遠く、王家はこの国土を精霊から託された。

 その約束の証として、王家の人間は些少だが、光を操ることが出来る。


 数代を経て血が薄まれば奇跡は消えるが、王位継承権を持つ近しい縁者は力を持つ。

 王の姪ならばまだ、血は近い。現在サンティ侯爵家の中で光の力を受け継ぐ者は、ルドヴィカしかいなかった。


(ではこの、今にも倒れそうな娘が、ルドヴィカ嬢本人だというのか?)


 王をはじめ、その場の全員が愕然と言葉を失った。

 贅沢とは真逆の、日頃、虐待されているかのような状態。


 召使いに辛く当たる? 無理だろう。カップひとつ投げる腕力も残ってないのではないか?

 数々の男を渡り歩く? どうやって。ドレスひとつ満足に着こなせない、やせ細った身体で?


 衝撃が大きすぎた。

 どういうことかと口にも出せず、彷徨う視線が答えを求め、キアラ・サンティ侯爵令嬢に向けられる。


「ち、違いますわ。こ、これは私を陥れようとしたお姉様が、演技をしているのです」


 キアラが慌てて言いつくろう。


「では彼女は間違いなく、そなたの姉、ルドヴィカ・サンティ侯爵令嬢なのだな」

「あっ、えっ、あ……。…………はい」


 キアラの肯定は、さらに現場を沈黙させた。


 彼女はルドヴィカの演技だといったが、急ごしらえでここまで栄養失調になれるものか。しかしキアラは強引に、腹違いの姉に畳みかけた。


「お姉様! 皆様に"演技だ"とおっしゃってください。日頃のはどうしたの!?」


 強めの口調でキアラが責めれば、ルドヴィカを名乗る少女は気の毒なほどすくみ上がった。


「ヒイイッ。キアラお嬢様、ご勘弁を! 今朝お嬢様にヒールで踏みにじられた背は、まだ血がにじんでおります。せめて別の場所にしてくださいませぇぇぇぇっっ」


 怯え全開で、己が身を庇おうとする。


「なっ」


 キアラが慌てて周りに目を巡らせる。

 あっけにとられたような視線の中に、濃くにじんだ疑惑の空気。


「そ、そんなこと、するわけありませんわ。お姉様、おかしなことを口走るのはおやめになって」


「お嬢様、と呼ばれていたが。キアラ嬢は姉にそう呼ばせているのか?」


「まさか、そんな。ですからこれは、お姉様の嘘で、いつもはもっとなのです」


「……。姉を表現するのに"生意気"、か。キアラ嬢には、先ほどまでの言葉選びとずいぶん違うな?」


「あ……!」


「嘘かどうかは、見分けんぶんすればわかるだろう。誰かルドヴィカ嬢を別室に案内して、すぐさま背をはじめ、全身をあらためるよう」


 あっという間に指示が出て、女官たちがルドヴィカを丁重に、奥の部屋へと連れて行く。


 待っている間、沈痛な面持ちで、王は王太子に問いかけた。


「そなたは婚約者であるルドヴィカ嬢に、ずっと会っていなかったのか」

「は、い──。もう何年も、顔も見ていませんでした」


 真っ青な顔で、王太子は直立していた。


「それでキアラ嬢とばかり逢瀬を重ね、彼女の話だけを真に受け、確かめることもしなかった、と」

「は……、はい……」


 息子の返事に、王の深い嘆め息が落ちる。


「いや……。忙しさにかまけ、姪に会わずにいた余にも責はあるが……。あまりにも……常軌を逸した事が起こっていたようだな」


 王の目が、鋭さを持ってキアラを捉えた。


「さてキアラ嬢。そなたとそなたの両親には、確認せねばならないことが山ほどある」


 それは、凄みを持った宣告だった。

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