悪女かどうか、私を見たらわかるでしょう

みこと。

第1話 悪女ルドヴィカ

「父上。私の婚約相手をルドヴィカ・サンティ侯爵令嬢から、彼女の妹、キアラ嬢に変更していただきたいです」


 朝の謁見に、王太子が順をとって申し込んだ。

 さらに開口一番の発言に、広間中が驚きに包まれる。


「……理由を聞こう」


 王が先を促した。


「まず、ルドヴィカ嬢は評判が良くありません。気に入らないことがあれば周囲に当たり散らし、見目い男を見ればすり寄ると有名です。遊び好きな"悪女"として名を馳せており、国や王室に貢献できるとは到底思えない。妹のキアラ嬢も、横暴な姉から多くの害を被っております」


「ふむ……。王太子よ、そなた自身が見たルドヴィカ嬢はどうか? 噂通りの気質なのか?」


 王がそう尋ねたのは、ルドヴィカが公の場に姿を現すこともなく、王宮の宴席も度々すっぽかしているからだ。


 ルドヴィカの母親フラヴィアーナは、王の末の妹であった。サンティ伯爵と恋仲になり、持参金を持って降嫁した。


 妹が幸せに暮らせるよう、王は伯爵を侯爵に格上げし、領地を増やしてやったものの。

 フラヴィアーナは娘をひとり生んだ後、産後の不調が続き、若くして世を去った。


 幼い頃のルドヴィカには会ったことがある。

 妹によく似た紫色の瞳が愛らしい、聡明そうな娘であった。


 姪の成長を見たくもあり、顔を見せるよう何度か催促したのだが、"体調が優れない"という返事が来れば、無理強いするわけにもいかない。

 気がつくと数年が経ち、ルドヴィカは傲慢に成長してしまったようだ。


 王太子が忌々し気に返答する。


「彼女は私には会おうともしてくれませんよ。侯爵邸に赴けば、朝帰りで寝ているだとか、気分が悪くて会いたくないだとか。私を歓迎してくれるのは、いつも妹のキアラ嬢です」


 ルドヴィカの生母亡き後、侯爵は後妻を迎えた。侯爵家には跡継ぎの男子がいない。男児を儲けるため正室を迎えるのは、貴族として大切な義務であり、自然な流れだった。


 しかし後妻との間に出来たのは、また娘。

 それがいま話題に出ている、キアラ・サンティ侯爵令嬢で、可憐で心根が良いと評判の少女だった。


 彼女の後に、子は産まれていない。つまり現在、サンティ侯爵は後妻とふたりの娘と暮らしていた。


 王の言葉は続く。


「しかし、手紙くらいはやりとりしておろう。手蹟から、人となりは読み取れぬか?」


「手紙もないですね。贈り物を贈っても、なしのつぶて。お礼はもちろん、なんの反応もなく、挙句プレゼントを捨てようとしたそうで……。私が贈った首飾りをキアラ嬢がつけていたので理由をくと、ルドヴィカ嬢が"気に入らぬから"と窓から投げ捨てようとしたらしく。彼女が慌てて譲り受けたということでした」


 王太子の言葉に、居並ぶ家臣たちの間にざわめきが走る。

 "殿下を軽んじすぎている。けしからん"という、ルドヴィカへの批判が主だ。


 それにしても王太子は、ずいぶんとキアラに心を許しているらしい。


 彼女のことを語る時、頬は赤く紅潮し、声は柔らかく変化する。愛しげな眼差しは、その場にはいないキアラを思って、夢見るように細められる。完全に恋する男のそれで微笑ましくはあるが、問題なのは相手が婚約者である令嬢ではなく、その妹という点だ。


 周囲の共感を得られていると踏んだ王太子が、頃合いを読んで進言した。


「実は、この場にキアラ嬢を呼んでいるのです。扉の外に待たせてあります。彼女は姉であるルドヴィカ嬢から常に辛く当たられているようなのですが、毎日健気に耐えています。キアラ嬢から話を聞けば、ルドヴィカ嬢の悪行がより鮮明にお分かりになるかと思います」


 王太子の言葉で、キアラが御前に呼ばれ、非道な姉を庇いながらも自分の身に起こったこれまでの出来事を振り返る。

 話しながら辛い記憶を刺激されたようで、キアラから涙が零れ落ちていく。


「姉を改心させることが出来ず、力不足な私をお許しください……」


 そう言って、朝露の如く煌めく涙をはらはらとこぼすキアラは、噂にたがわぬ美少女だった。

 貴族令嬢として褒められる態度ではなかったが、彼女の清らかさが眩しく美しく、そんな令嬢に寄り添う王太子も優しく甘やかで、とても絵になる美男美女だ。


「そういうことであれば、婚約者交代もやむなし、ではありませんかな、陛下」


 家臣のひとりが口を添える。

 誠実なキアラに胸を打たれたであろう別の家臣も頷いた。

 

「さようでございます、陛下。ルドヴィカ嬢の、王太子殿下への度重なる無礼を、見過ごすわけにもいきません。ルドヴィカ嬢には厳罰を与えたほうがよろしいかと」



 王は目を閉じ話をまとめた。


「あい分かった。だがこういうことは、確認が肝要。まずは双方の意見を聞くべきであろう。相手は平民ではなく、サンティ侯爵家が長女なのだ。何か意図あってのことかも知れぬ。ルドヴィカ嬢をすぐに召喚せよ」


 王が知る末妹は、賢明な女性だった。

 その妹の忘れ形見が、甘やかされて奔放に育ったなら、身内として正してやらねばならない。

 もし他に何か理由があるなら、耳を貸してやるべき。


 一方の意見だけで、決めつける愚を犯してはならぬ。そう判じての王の言葉だったが、意外にも声をあげた者がいた。キアラだった。


「そんなっ、お姉さまに意図なんて──」

「どうしたんだいキアラ嬢。国王陛下のお言葉に反してはいけないよ。ルドヴィカ嬢のことを証明していただく良い機会じゃないか」


 王太子がキアラをなだめ、かくして待つことしばし。


 広間に姿を現したのは、とてもみすぼらしい少女だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る