第4話 旅の男

「王子! 一体何事ですか!?」

「わわわっ、何でもない、部屋には絶対入るな!? それよりエレノアを捕まえろ!」


 上の階から駆け付けた兵士と王子のやり取りが聞こえてくる。あれ、私捕まえられるの?

『とにかく走って城下へ出るんだ!』

 うん、分かってる。でもちょっと思ってた展開と違うな……。


 私は必死に階段を駆け下り、すれ違う使用人らに驚かれながらも城を飛び出し城下町へと逃げ込んだ。


⸺⸺セルフィス城下町⸺⸺


 人混みに紛れ、城下町の出口へとひた走る。

「エレノア様ー!? どちらにおいでですかー!?」

 ギリギリの所で路地に隠れると、何人もの兵士がキョロキョロと辺りを見回しながら大通りを通り過ぎていった。


 兵士の姿が見えなくなったところで再び出口へと向かうと、出口の門の前には既にたくさんの兵士が集まっていた。

 うわぁ、どうしよう……。


 困った私はとりあえず目の前の酒場へと足を踏み入れた。


⸺⸺黒猫亭⸺⸺


 窓越しに城下の門を見つめ「はぁ……」と深くため息を吐く。

 あんなたくさんの兵士、どう誤魔化して外に出よう? しかも城下の外は魔物もいるし、そもそも外に出れたとして戦えない私がどうやって生き延びれば良いんだろう?

『おかしいな……オイラの加護、効いてないのかな……』

 そもそも加護って何の加護?

『それは……』

 黒猫ちゃんが言いかけたところで、後ろから肩をトントンと叩かれて反射的に振り返る。


「どうした? 何かあったのか?」

 そう声をかけてきたのはローブに身を包みフードを顔まで深く被った男だった。

 側のテーブルには同じようにローブをすっぽり被った人が2人座っており、顔は確認出来なかったが2人ともこちらを向いているようだった。


「あの、えっと……わぁ、王子まで……」

 私が窓の外を見てそう落ち込むと、ローブの男も窓の外を眺めた。王子が門の兵士へと合流し、何やら話し込んでいる。

「ん、この国の王位継承権第一位の“イアン王子”か?」

「はい……って、旅のお方ですか?」

「おうよ。で、入り口の門に王子と兵士が群がってんのはお嬢さんが原因だ、と……」

「あの……はい……」

 私はシュンと落ち込む。

「何かやらかしたんか?」

「はい……それで、あの、国から追放になったはずなんですけど……」

「追放? マジか。けど……?」

「私はその、追放になりたかったんですけど、王子は冗談だったみたいで……」

「まさかそれで、連れ戻そうとして追われてんのか?」

「はい……」


「マジか……。王子が直々に追放だとかの冗談を言える相手、か……。婚約者かなんかか? 綺麗なドレス来てるしな」

「えっ、あの、えっと……!」

 図星過ぎて私がおどおどしていると、彼はふっと吹き出した。


「嘘、言えねぇのな」

「うぅっ……あの、この事は誰にも言わないで下さい……」

「ははは。言わねぇから、教えてくれよ」

 彼は私の頬へそっと触れると、ワントーン低い声で真剣にこう尋ねてきた。


「ここ殴ったのも、アイツなのか?」

「えっ……」

 ドキッと、胸が高鳴った。彼にそっと触れられて、母親に叩かれた頬がまだヒリヒリしている事に気付く。

「言えねぇか?」

「あ、いえ……これは、母に叩かれました……」

「……そっか……」

 彼はそう返すと、2人の仲間のいるテーブルを振り返った。


「行くぞ。このお嬢さんを連れて帰る」

 えっ!? 今なんと……!?

 まさかの助け舟に、私の胸は更に高鳴った。

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