第3話 冗談でも

⸺⸺セルフィス城⸺⸺


 お城の階段を駆け上がる。こんなに気分が高揚してドキドキしながらこの階段を上るのは初めてだ。あっという間にさっきは引き返した王子の部屋の前へと再びやって来る。


 そして、両開きのその大きな扉を両手で思いっ切りこじ開けた。


「きゃぁぁっ!?」

「なっ、エレノア!?」


 扉が開いた先には、真っ裸でまさに最中の王子とアドリーヌがはしたなく重なっていた。

「こんにちは、あなたの婚約者のエレノアが参りました。王子、これは一体何事でしょうか?」

 私がそう尋ねると、王子はガバッと身体を起こし、目を泳がせながら顔を真っ青にしていた。彼の身体にはいくつもの口紅の跡がついていた。


「お、お前っ! 僕は王子だぞ!? 王子の部屋にノックもなしに入ってくるとはそれこそ何事だ!」

「いつもいるはずの衛兵がいませんでしたので、何かあったのではと心配になってノックを忘れてしまいました。申し訳ありません」

 心の中で何度も練習した嘘を、私は淡々と述べた。


「え、衛兵だっていつもいるんじゃないんだぞ!?」

 王子があたふたしていると、下着をつけたアドリーヌが王子へコソッと耳打ちする。

「そんな事より、このままではわたくしたちの関係が暴露されてしまいます」

「なに、あんな貴族の底辺の娘の言う事など誰も信じないだろう」

「ですが、万が一と言う事もありますので、この際本当に婚約破棄して追放でもしてしまっては?」


 なるほど、アドリーヌはむしろこの状況を利用しようとしているようだ。なんと抜け目ない。っていうか、コソコソしているつもりかもしれないけど聞こえちゃってますよ。


「それは、僕の権限では出来ない……。あ、そうだ。ならいつものように冗談で婚約破棄するぞって脅してしまえばいいのだ」

 王子はコソコソとそこまで言うと、堂々と私の方へと向き直り、ドヤ顔で口を開いた。

「エレノア、今のこの事を少しでも口外してみろ。即刻お前とは婚約破棄するぞ?」

「……追放もしますか?」

 私が怯えたフリをしてそう尋ねると、王子は満足気に「そうだ、この国から追放もするぞ!」と言い放った。


「分かりました。少しでも口外すれば良いのですね」

「そうだ、少しでも口外すれば……って、おい待てエレノアどこへ行く!?」

 私がケロッとして王子の部屋から出て行くと、彼は上着を羽織って慌てて廊下へと飛び出してきた。


「おい、エレノア!」

「何でしょうか、王子」

 呼び止められて、しょうがなく足を止める。

「一体どこへ行こうというのだ」

「どこって、婚約破棄からの追放処分となりましたので、この国を出ていこうと思います」

「何っ!? 待て待て、今日の事を口外しなければ追放もなしで婚約は継続なんだぞ?」

「では……」


 私は大きく息を吸い込んで、この20年間で一番大きな声でこう叫んだ。

「誰か! 王子がブルドン卿のご令嬢と逢瀬をしています!」

「はっ……!?」

 王子は目を真ん丸にしてその場で固まった。廊下の向こうがざわついてくる。

「口外をしてしまいました。では、お世話になりました」

 ポカンとしている王子へ一礼すると、私は目の前の階段を駆け下りた。

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