東の魔女と赤いきつね
浅野エミイ
東の魔女と赤いきつね
「うん、今日の調薬終わりっ!」
私はうーんと背伸びをする。
人里離れた深い森にある一軒の小屋。ここが私の仕事場兼家。森と言っても、小屋が建っている場所は木を伐採してあるから、日差しが入ってきて気持ちいい。
人はほとんど誰も来ないけれど、私はここでの生活が気に入っていた。
私は『東の魔女』と呼ばれる名もなき女。小さい頃、魔力だけは異常にあったせいで親に捨てられた。捨てられたあと、街で盗みなどを繰り返していてお縄になったけど、魔力の高さ故この地へ連れてこられた。
この深い森にはゲートがあり、たまに異世界から記憶を失った人間が飛ばされてくる。その人たちを元の世界へ静かに戻すのが私の仕事だ。つまり、その『ゲートの監視者』と言ったところだろう。
――ガタン、と大きな音がして、壁の鳩時計がいつもと違う鳴き声を上げた。これは、警報だ。また異世界から何か飛ばされてきた。私はマントを羽織ると、急いで現場へ直行する。
ゲートにいたのは……ん? 人でも動物でもない。ゲートには小さな半円球のものがふよふよと浮いている。なんだろう? 近寄ってみるが、生命反応はなさそうだ。なんだ、ただの『物体』か。でも、放置するわけにはいかないわよね。私はその半円球の物体を回収すると、小屋に戻った。
「さて、どうしよう?」
本当は元の世界へ戻さないといけないんだけど、この物体は初めて見た。これは研究して一応報告しないといけないよね。
「これは、異世界の文字?」
ツルツルな表面に、何か文字と絵が描いてある。絵にしては、やけにリアルだけど。黄土色の四角いものと、白い線状のもの……。文字は読めるかな。ここは翻訳魔法を使って!
「『赤いきつね?』どこが赤くてどこがきつねなの?」
半円球のものには『赤いきつね』と書かれていた。『うどん』ともある。『うどん』ってなんだ? 『熱湯5分』? それと、白い半円球のところには小さい文字がたくさん。全部翻訳して読んでみる。『調理方法』……。
あっ、もしかしてこれって、料理? ……にしては食べ物って感じがしないけど。ともかく調査しないといけないから、この調理方法に従ってみよう。まず中身を取り出す。フタを開ける。透明な薄い何かを取ると、紙のような『フタ』を開ける。中には小さな袋が入っていた。
「これは粉? ともかく入れるのね。中に入っている四角い黄土色のもの……これ、本当に食べられるのかしら」
調理方法通りに中身を入れて、魔法で沸かしたお湯を入れて砂時計を逆さにする。この半円球の入れ物はすごいな。薄くて軽いのに、お湯が漏れない。紙のフタも、湯気が出ているだろうに、全然ふにゃふにゃにならない。不思議だ。異世界の文明って、結構進んでいるのかも。
今までの調理方法などを細かにメモしていたら、あっという間に砂時計は空になっていた。5分ちょっと経ったかしら。フタを開けると――
「うわぁ、いい香り!」
何の香りだろう? すごく甘くていいにおいがする。そのとき、お腹がきゅるきゅるとなった。そういえば、調薬の夢中になっていてご飯食べてなかったな。
「これは研究調査だから!」
私は自分に言い訳しながらフォークを持ってくると、まずは黄土色の四角いやつを刺してみる。お湯を吸い込んで、ふにゃふにゃしているけど、これも食べ物なのよね?
勇気を出して、一口食べてみると……。
「え? おいしい。じゅわっとスープが出てくる! すごい!」
おっと、びっくりしている場合じゃない。次は白くて縮れているやつだ。フォークですくってみると湯気が立つ。そっと口に運んでみると、歯ごたえがあり、スープとも絡んでいてとてもおいしい。何これ! 食べたことない! 中に浮いている半円で少し赤色が付いているものも新食感だ。
そして、最後にスープ。これは……魚介系の味? この辺ではあまり魚介は食べられないからよくわからないけど。いけない、一度食べ始めたら止まらない。でも、ちゃんと食べないと、調査研究だから!
「……ふう」
気が付いたときには全部食べてしまっていた。スープも全部飲み干して。どうしよう、報告書は残ったけど、現物は空っぽだ。
これが異世界の食べ物……とてもおいしかったけど、現物がないと報告できないなぁ。
でも、また同じものがゲートから届かないかしら? 私はとてもおいしかった『赤いきつね』の空になった容器を見る。
ふわぁ……。食べて、体が温かくなったら眠くなってきちゃった。異世界のものを食べちゃったことは始末書かもしれないけれど、起きたら考えよう。私はテーブルに突っ伏す。
赤いきつねのスープのように暖かな日差しが窓から優しく包む中、私は眠りについた。
東の魔女と赤いきつね 浅野エミイ @e31_asano
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