試験会場は何もない
浅野エミイ
試験会場は何もない
寒い。寒すぎて、合格しているかどうかなんて、正直どうでもよくなっている――。
今日は英語の資格試験の日。僕は、駅からバスで20分の、私立中学校に来ていた。
なんでこんな何もない場所が試験会場に選ばれたんだ。試験前、最後の確認をカフェかどこかでしたいなと思っていたが、そんな場所はなかった。あったのはコンビニだけ。結局最後の確認は、早く来た受検者のために開放された中学校の食堂でした。
筆記試験はまずまずの出来……だと思う。だけどそのあとの口頭試験がひどかった。試験の出来が、ではなくて、環境が。口頭試験を受けるとき、僕たち受検者は寒い中、暖房なんて全然ない上に窓が開けられた廊下で待たされた。コートを着てきたとはいえ、この中で集中なんてできるか! と声を大にして言いたかった。
しかも試験で尋ねられたのは、「今日の天気はなんですか?」。寒さで頭の回らなかった僕は、「晴れです」と答えればいいだけの単純な問題を「今日は風が強くとても寒いです」と難しい英語で答えてしまった。だから、合格したかもわからない。
試験が終わったあとも、災難は続いた。バスがすぐに来ないのである。しかも、試験が終わってすぐは、受検者がずらりと並んでバスに乗れるかどうかすら怪しい。まったく、こんな辺鄙な場所を試験会場に選ばないでほしい。多分、人が多く集まれる場所が、ここしかなかったんだろうけども。
バスにすぐ乗れるかわからない。かといって、試験が終わって、会場からは追い出されてしまった。どこかで時間を潰すことはできないだろうか。
――あそこのコンビニ。入ってみるか。
雑誌は立ち読みできなくなってしまったけど、少しは暖が取れるだろう。行ってみると、運良くイートインスペースがあった。ナイスだ。
イートインスペースがあるなら、何か食べたいな。時刻はお昼になる少し前。朝からの試験だったから、お腹がへった。ちょっと早いが昼食にしてもいい。さて、何を買おう。
お弁当のコーナーを見てみるが、冷蔵庫の前ということで体が冷えてしまう。温かい物が食べたい。そういうときは――僕はカップ麺コーナーへ行くと、何気なく目に付いた赤いきつねを手にした。
さっそく買って、その場でフィルムを剥がし、調理する。粉末スープをカップの端っこから入れて、お湯を注ぐ。フタの上に重石代わりの割り箸を置いて5分。フタを開けると、蒸気が顔に当たる。あったかい……。はぁ、これだけでも生き返った気分。そして箸でお揚げをおつゆに浸し、先ほど粉末スープを入れたところを少しかき混ぜてから七味を入れる。
いただきます。
手を合わせると僕は、湯気の立つお揚げにパクついた。じゅわっとつゆが口の中にあふれ、甘みが広がる。この独特な赤いきつねのお揚げの甘さは一体何なんだろうな? お揚げを半分堪能すると、こっそり入っている引き立て役の卵とかまぼこを食べてからうどんへ。この歯ごたえが何とも言えない。香川県では「うどんは飲み物」なんて言うらしいけど、赤いきつねのうどんはすすってもいいけどよくつゆと絡ませて味わうのが好きだ。
お揚げとうどんがなくなると、ゆっくりおつゆを飲む。あぁ、うまかった。
時計を見ると、そろそろバスが来る時間。僕はカップと箸を捨てると、バス停へ向かった。
あれから数日後。
試験はなんとか合格していた。しかし、もうあんな極寒の中口頭試験を受けるのはまっぴらごめんだ。あの寒い中、集中なんてできやしない。まだ暑いほうがマシだ。
――でも、あのあと食べた赤いきつねのぬくもり。僕が勉強中、たまに赤いきつねを食べたくなるのは、あの日の寒さがあったからかもしれない。
試験会場は何もない 浅野エミイ @e31_asano
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