刀持物語
きーち
第一章 健、彼女と出会う
第1話 健、彼女と出会う①
荒々しい海を越え、その集団は漸く辿り着いた。
濃い緑……むしろ濁った沼を思わせる肌と、額から瘤の様な角を生やす小男の集団。遠目に見れば、そんな風に見えた事だろう。
近づいて見るのであれば、それは小男というよりは、人外の魔性である。
腰蓑……いや、獣の毛皮を碌になめさず、纏っているだけのそれと、それで海を渡ってきたというのが信じられないくらいにボロボロの船(木の板を無理やり、それっぽい形に固めたものを、そう呼べるのであれば)が、その集団の知性の程度を知らせてくれる。
その魔性は、西の大陸ではゴブリンと呼ばれている。
人間の近縁種……という風に表現すると、多くの人間が否定し、もっと悪し様な表現を使うものの、それは厄介な事に、道具を使い、巣を作り、増え、人間相手にも徒党を組み、襲い掛かる知能を持っていた。
そんなゴブリンの集団が、その土地へと姿を現した。
ゴブリンが到達した土地は、大陸と比較すれば島と表現出来るかもしれないが、その島はやはり広く、複数の国々が存在するに十分な程の規模と、土地の豊かさを持つ。
ゴブリンの集団は、その島の存在を知っていたわけでは無い。大陸で増えた同種からの圧に寄り、新たな住処を海の向こうに求めていた。それだけだ。
海の旅の中で、集団のうち半数は失われていたが、彼らの知性はそれを悲しむよりも、新たな大地に歓喜の声を上げさせた。
集団の数は十を下らない。この数がいれば、確かな巣を作り出し、さらに数を増やせる。それは知性では無く、生物としての本能が教えてくれた。
過酷な世界で生きるには、その手の本能こそが、自分たちを繁栄させる。それをゴブリンの集団は知っているのである。
だが、悲しい事に、本能が教えてくれないものもある。
端的に言えば、ゴブリンがやってきた島が、相応に広く豊かだというのなら、彼らよりも強壮で狂暴な存在が居てもおかしくは無いという警戒心。
残念ながら、数を物とする彼らに、本能はその手の警戒心を与えてくれなかったのだ。
「………!」
故に、その声を聴いた時の彼らの反応は、獲物が姿を現したというもの。
それは自分たちと似た輪郭をしていたが、背丈は自分たちより大きかった。
一方、数は一つ。背丈が大きいと言っても、自分たちの何倍もというわけでも無いから、数で襲い掛かれば自分たちが優位だ。
そういえば、海の旅で腹が空いていた。共に船に乗っていた同族の味にも飽きていたところだ。
この島に来て最初の獲物。ゴブリン達は互いにそう判断し、すぐさまに手に石を、船の切れ端の木の棒を持ち、声を発して来たその獲物へと襲い掛かる。
やはり彼らの本能は教えてくれない。
その獲物の動きが、彼らが想像する以上に俊敏である事を。
その獲物が襲い掛かるゴブリン達の動きに反応して、こちらが一打を食らわせるより先に、その手が動く事を。
獲物の手が煌めいた。
ゴブリン達はその光景をその様に受け止めたが、うち一体はそうでも無かった。
その一体は、胴体から首が断たれたため、もはや思考する能力を失っていたからだ。
仲間の命が、ただの一瞬で無くなった。
彼らの悲しい本能は、その様な状況で、狂乱し、ただ感情の任せるままに、敵に襲い掛かる事を選択する。
複雑な事を考えるより前に、ただ外敵を排除する。それが出来る者が生き残る世界に、このゴブリンという種は生きていた。
単純である。
その単純さの中で培われた本能は、残念ながら多くを教えてくれなかった。
例え一体であっても、複数を相手取る事に、後れを取らぬ獲物が居る事を。
例え目の前に居る魔性が良く分からぬ相手であったとしても、襲い来るなら躊躇無く切って捨てる獲物が居る事を。
その獲物の武器……その名を
その大刀はこの場にいるゴブリン達すべてを切り捨てて、まだその切れ味を発揮する類のものである事を、本能は教えてくれなかった。
一方、大刀を振るう一人の男の方もまた、自分が切って捨てていくゴブリンの事を、その名では知らない。自分が獲物と思われている事さえ知る事は無い。
何も知らぬその男は、ゴブリン達を切って捨てつつ、言葉を発する。
「驚いたな。小鬼ってのは、海の向こうから船に乗ってやってくるものなのか?」
その男が呟き終わる頃には、その小鬼達はすべて地面に倒れ伏している。
息をする小鬼はもう、その浜辺には存在していなかった。
東方の島国……多くの国がただそう一纏めにしている国の一つに、
島の西端。そのやや北方に位置するその国は、近隣の国よりも小さく、国力も相応のものであった。
青く荒々しい海とその波が打ち寄せる浜辺。また浜からの風を受け止めるべく植えられた松林が、景色の美しさとなる、そんな国でもある。
その様な国の中央。木造の骨格と壁に、瓦屋根と言った風貌の屋敷において、複数名の男達が顔を並べていた。
円陣に近い形であるが、それよりやや形を崩しながら、一段高い壇上に座る男が、円の頂点になる様な配置であった。
さらにその円の中心には一人の男。見ればまだ二十にも届かないであろう年齢の若者が一人、座って、壇上の男に話をしていた。
「なので、浜辺の小鬼達には一応、どうかしたのかと話し掛ける事から始めはしました。見るからに魔性ではありましたが、俺とて話から始めるという分別はあります」
「すべて切り捨ててから分別があるという話も無いと思うが……そうだな。一匹くらいは捕らえて連れる機微を見せてくれれば、良くやったと素直に褒める事も出来ただろうな」
壇上の男は、青年よりも年が上。というより、既に老境に差し掛かろうという年齢に見えるが、その見た目に反して、はっきりとした声を発する。
そのはっきりした声には、青年に対する呆れが半分入っていた。
「連れて来たところで話せやしませんよあれは。小男みたいな見た目でしたが、質としては野犬に劣るものです」
「そこを自分の目で見れば、こうやって面倒な聞き取りだってしなくて済んだと言うとるんだよ、儂は」
説明を続ける青年であるが、どうした事か、この壇上のお方は納得してくれない様子だ。
実のところ、お叱りの内容をいまいち理解出来ない我が身なのだが、そこも呆れられている点というのは、青年も自覚している。
「しかしですね、お館様。こう、大刀を一度抜いた上で、あの小鬼を生かす様に戦えというのもなかなか難儀な話でして」
「それを出来るのが、一人前の
目上の人間にそう言われたら、返す言葉も無いと青年、
それが深くでは無かったのは、謝罪の意味では無く、単純に申し訳なさから来るものだったからだ。
「お館様の言わんとしているところは分かりますが……どうにも俺は……」
「分かっているのならそれで構わん。そうして常々意識する事だ。刀持ちとは、単に腕が立つだけの者の指す言葉ではない……と、各々も今回はそれで良いな」
そう言って青年の前の壇上に座る男、健にとっては親代わりであり、それ以上に上役でもある男、
勿論、安威国の主と言える男の言葉に、異を唱えるものは居ない。話の内容はもっともだったし、何より、ここに居る全員が彼の臣下であったのだから。
刀持物語 きーち @higashinoki-chi
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