第3話 ライオンの秘密

亮介は、あの夜の出来事をどうしても忘れることができなかった。動物と話すなんて夢の中の話だと自分に言い聞かせても、それが現実であった感覚は消えない。あの夜、レオと交わした会話、そして彼の悲しげな眼差し――それらが脳裏に焼き付いていた。


学校帰り、公園を何度も通るたびに、レオの姿を探してしまう自分に気づく。会話が本当に自分の中の妄想だったのか、それとも現実だったのか。その答えを確かめるために、亮介はある夜、再び公園へ向かった。


公園に着いた頃にはすっかり暗くなり、薄い霧が漂い始めていた。亮介は静かに足を進め、あの草むらの方を見やった。


「……また来てくれたんだな。」


低い声が響いた。草むらの向こうから金色の毛並みが見えた瞬間、亮介の胸は強く高鳴った。そこにいたのは、間違いなくあの夜に出会ったライオンの子ども――レオだった。


「お前……やっぱり、本当に話せるんだな。」亮介は驚きと喜びが入り混じった声で言った。


レオは草むらからゆっくりと顔を出し、亮介をじっと見つめた。その瞳はどこか寂しげで、それでも深い決意が宿っているように感じられた。


「亮介、来てくれてありがとう。君ともう一度話す機会を待っていた。」レオの声はいつになく重みを帯びていた。


亮介は息を飲みながら、レオの次の言葉を待った。


「僕には、君に伝えなければならないことがある。」レオは少しの間を置いて話し始めた。「僕たち、動物園の動物は、毎日ひどい扱いを受けているんだ。」


その言葉を聞いた瞬間、亮介は驚きで言葉を失った。動物園といえば、動物が安全で幸福に暮らしている場所だと思っていた。しかし、レオの目は真剣そのもので、冗談で言っているわけではないことは明らかだった。


「……何が起こってるんだ?」亮介は恐る恐る尋ねた。


「僕たちは、檻の中で自由を奪われている。餌も十分じゃないし、何より……」レオは一瞬目を伏せてから続けた。「飼育員たちが僕たちに暴力を振るうんだ。」


亮介はその言葉に耳を疑った。暴力?動物園の飼育員が?信じがたい話だった。しかし、レオの声は震えていて、その悲しみは嘘ではないと感じられた。


「どうしてそんなことが?」亮介は声を荒げて問い詰めた。


「僕たちに無理やり芸を覚えさせるためだよ。客を喜ばせるための道具としてしか見られていないんだ。失敗すれば、すぐに殴られる。」レオは低くつぶやいた。


亮介は自分の胸が強く締め付けられるような思いに駆られた。動物園の裏側でそんなことが起きているとは思いもよらなかった。


「亮介、君は人間だ。でも、君が僕たちと心を通わせられるのなら、きっと何かできるはずだ。」レオは亮介を真っ直ぐに見つめた。


亮介は言葉に詰まった。自分が何をできるのかなんて考えたこともなかった。だが、レオの目に宿る期待と信頼が、彼の心に深く刺さった。


「僕が……君たちを助ける?」亮介は自分に言い聞かせるように口にした。


「そうだ。君ならできる。君が動物たちの声を伝える存在になれる。」レオは力強く頷いた。「僕たちだけでは、どうすることもできない。でも、君がいるなら――」


亮介の中で何かが変わった気がした。自分に特別な力があるのなら、それは無意味なものではない。今、目の前にいるレオのために、その力を使うべきではないのか。


「分かったよ、レオ。俺が君たちを助ける。」亮介は拳を握りしめて言った。


レオの表情に少しだけ安堵の色が浮かんだ。「ありがとう、亮介。君がそう言ってくれると、僕たちも希望を持てる。」


二人は静かに夜の公園に立ち尽くしていた。亮介は、これから自分がすべきことの大きさを感じながらも、それ以上に強い使命感を胸に抱いていた。


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ライオンのささやき ふみひろひろ @fumihiro7326

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