第2話 檻を越えて
その夜、亮介は動物園での出来事を何度も思い出していた。動物たちの声が聞こえるという現象が、ただの幻聴だったのか、それとも自分にだけ何か特別な能力が芽生えたのか、判断がつかなかった。だが、動物たちの目に宿る切実な光、そしてあの「助けて」という言葉は、どうしても心から離れない。
「本当におれ……おかしくなったんじゃないか?」
枕元でつぶやいた言葉は、誰にも届かない。家の中は静かで、唯一、テレビが低い音を立てているだけだった。亮介は布団の中で身を縮めながら、天井を見上げてぼんやりとしていた。
その時、不意にテレビの音量が大きくなった。
「速報です。本日夕方、○○市動物園でライオンの赤ちゃんが檻から脱走しました。現在、付近の住民には十分な警戒を呼びかけています――」
亮介は飛び起きた。
「ライオンが、脱走……?」
画面に映るのは動物園のエリアと、慌てふためく職員たちの映像だった。脱走したライオンはまだ発見されておらず、捜索が続いているという。亮介はそのニュースを見つめながら、胸の奥にざわめきのようなものを感じた。
「まさか……いや、そんなはずないよな。」
そう言いながらも、亮介の足は自然と動き出していた。上着を羽織り、靴を履くと、夜の街へと飛び出した。
外に出ると、冷たい夜風が肌を刺した。街は静かで、人影もほとんどない。亮介は自分の家の近くにある公園へと向かった。理由は分からない。ただ、心の中で「ここにいる」という確信のようなものがあった。
公園にたどり着くと、薄暗い街灯の下、草むらが微かに揺れているのが目に入った。亮介は恐る恐る足を進め、その場所へ近づいた。
「亮介……?」
突然、頭の中に声が響いた。その瞬間、彼の背筋が凍る思いがした。
「誰だ……?」
草むらがざわめき、そこから金色の毛並みを持つ小さなライオンが姿を現した。亮介は思わず後ずさりしたが、同時にそれが動物園で見たライオンの子どもだと気づいた。
「お前、あの時の……」
亮介のつぶやきに、ライオンが応じた。
「そうだよ、亮介。やっぱり君だと思った。」
「えっ、本当に話してる……のか?」
亮介は目を疑った。頭の中に直接響くその声は、動物園で聞いたものと同じだった。
「助けに来てくれると信じてたんだ。」
ライオンの子ども――レオが近づいてきた。亮介はその目をじっと見つめると、胸の中にわき上がる何かを感じた。それは恐怖ではなく、むしろ懐かしさや温かさに近い感情だった。
「どうして檻から出たんだ?」
亮介が尋ねると、レオは静かに語り始めた。
「檻の中はもう無理だったんだ。毎日、あそこで生きてるのがつらくて……誰も僕たちのことなんて考えてくれない。」
その言葉に亮介は思わず息をのんだ。動物園の檻の中がどれほど過酷な環境なのか、彼には想像もつかなかった。
「でも、外に出たらどうなるか分かるだろ?人間に見つかったら――」
「分かってる。けど、あそこにいるよりマシなんだ。檻の中じゃ心が壊れてしまう。」
レオの目は真剣だった。亮介はその言葉に何も返せなかった。
その時、公園の入り口に懐中電灯の光が差し込んだ。
「ライオンだ!見つけたぞ!」
動物園の職員たちが、公園を捜索していたのだ。亮介はとっさにレオを背中に隠し、冷静を装って声をかけた。
「ここには誰もいませんよ。ただの犬が走り回っていただけです。」
職員たちは不審そうに周囲を見回したが、その場を立ち去った。レオは安心したように亮介を見上げ、小さな声で言った。
「ありがとう、亮介。」
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