ライオンのささやき
ふみひろひろ
第1話 言葉の目覚め
新学期が始まり、春の風が吹き抜ける4月。高校1年生になったばかりの亮介は、どこか気持ちが落ち着かないまま、初めての週末を迎えていた。新しいクラスメートとの距離感、慣れない制服、そして少しだけ背筋が伸びる通学路――すべてが新鮮でありながら、どこか自分に馴染まない。
「亮介、今日さ、放課後に動物園行かないか?」
昼休み、クラスのリーダー格である拓海が声をかけてきた。
「え、動物園?」
「そうだよ。久しぶりにあの場所行きたいんだ。ほら、新しいライオンの赤ちゃんが生まれたらしいぞ。」
クラスで中心的存在の拓海から誘われるなんて珍しいことだった。亮介はあまり目立つタイプではない。何となく目を合わせて話すのが苦手で、いつも周囲の空気に合わせることに精一杯だ。それでも、せっかく誘われたのだからと断る理由も見つからず、亮介はその誘いに応じた。
放課後、5人の仲間たちと共に、近所の動物園へと向かうことになった。
午後3時を過ぎ、動物園の門をくぐると、子どもたちの笑い声と檻の中から響く動物たちの鳴き声が混ざり合い、何とも言えない賑やかさが漂っていた。友人たちは次々にエリアを回り、賑やかに笑い合う。その中で、亮介は一人ふと立ち止まった。
ライオンエリアの前だった。金網の向こうに、小さなライオンの子どもが座っている。体の毛はふわふわと柔らかそうで、ガラス越しにこちらをじっと見つめていた。その目には不思議な力が宿っているようだった。
「かわいいな。」亮介はそうつぶやいた。
その瞬間、頭の中に声が響いた。
「助けて……」
亮介は驚いて周囲を見回した。しかし、友人たちはまだ遠くにいて、誰も近くにはいない。再びガラス越しのライオンの子どもに目を向けると、またその声が聞こえた。
「助けて、お願い。」
亮介は思わず後ずさりした。「今のは、ライオンが喋ったのか?」
だが、そんなはずはない。動物が人間に話しかけるなんて、ありえないことだ。幻聴かもしれないと思い、亮介はその場を離れようとしたが、どうしてもその場を立ち去ることができなかった。
その後、他のエリアを回る中で、彼はさらに驚く体験をする。小さなサルのエリアに行った時、また頭の中に言葉が響いた。「食べ物が足りないよ……」
再び周囲を見渡したが、やはり誰も話していない。亮介はそこで確信した。「これは動物たちが俺に話しかけているんだ。」
その後もキリンやゾウのエリアを回るたびに、同じように動物たちの声が聞こえた。亮介はその度に不安と混乱に襲われた。
「俺、どうしちゃったんだ……?」
家に帰る道すがら、亮介はその日見たライオンの子どもの目と、聞こえた声を思い出していた。その言葉は、ただの声ではなく、悲しみと切実な訴えが込められているようだった。
「助けて」――その言葉が、亮介の心に深く刻まれる。
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