ズレヤンテツを観察する僕の日常
浅野エミイ
ズレヤンテツを観察する僕の日常
僕の通っている高校には、ヤンキーがいます。
と言っても、うちの高校はいわゆる進学校。しかも自分で言うのも何だが、並みの偏差値じゃ入れない県内一の男子校だ。
そんな場所にヤンキーなんているわけがないと思うだろう。だけどいるんだな、これが。僕の隣の廊下に一番近い、教卓から一番遠い席が、そのヤンキーの席だ。
今日も遅刻か……。だけど先生は気にしない。うちの学校名物、『ズレヤンのテツ』は始業時間10分遅れで教室に入って来た。
「遅刻だぞ、神明」
「さーせん」
「今度遅れたら、単位落とすぞ」
先生はお決まりの台詞を言うが、単位は絶対に落ちない。テツの家はこの学校に多額の寄付をしているし、成績は授業を受けていなくとも学年トップ。さらに言うなら県内一。全国レベルだからだ。
優秀なテツだが、今日もボンタンに短ラン、リーゼントという、古風なヤンキーのいでたち。多分、遅刻をしたのはリーゼントに髪をセットしていたからじゃないだろうか。テツはケンカも強い。頭もいい。顔は……まぁそこそこかもしれないけど、家は金持ち。パーフェクトが故に、ズレてしまったのかな? たまに僕はそう思う。
なぜ『ヤンキー』じゃなくて『ズレヤン』……つまり、ズレたヤンキーなんて言われているのか。
それは、『ただヤンキーの格好をしているだけで、別に不良じゃない』からだ。いじめはしない。腕っぷしも強いけど、他校の生徒に絡まれたときにしぶしぶケンカをするくらいだし、そもそも家がでかいから、ケンカを売ってくる身の程知らずなやつなんてほとんどいない。
なんでヤンキーの格好をしているのだろう。頭がとびぬけていいやつの考えることは理解不能だ。
何となくテツを見ていると、ごそごそと何か取り出そうとしている。なんだ? 授業中に。チラチラ見ていると、カバンの中から取り出したのは、赤いきつねと水筒。えっ、まさか。そのまさかだった。
授業中だというのに、テツは大胆にも机の上で堂々と赤いきつねを調理しだしたのだ。先生も気づいている。が、気づいていても文句は怖くて言えない。まだ今の教科の担任は新任だ。ヤンキーの格好をしているテツが怖いんじゃない。テツの家柄が怖いんだ。
粉末スープを入れて、5分間。テツはノートすら取らないが、一応先生の話は聞いている。静かなので担任も文句はやっぱり言えない。いじわるな先生が話の内容から質問をすることも当初はあったが、難なく回答してしまうんだ、テツは。
それよりも、なんで赤いきつねを今食べようとしてるんだ。朝ごはんか? 朝食を食べ損ねたから、今食べるのか? これはいわゆる早弁? いや、早弁にしては目立ちすぎだろ。……いつものことだけど。
テツがこういう突飛な行動をとるが故、僕は毎回授業に集中できない。でも、今日はマシなほうだ。前はたこ焼き機とタッパーの中にタネを持ってきて、たこ焼きを作っていた。夏はひとり流しそうめん。焼き肉をしていたこともある。うまそうな香りが教室中に広まり、大惨事だった。頼むからどれも授業中にはしないでくれ。
そうこうしているうちに5分経ったのか、七味を入れると赤いきつねを食べ始めた。だしのいい香りがすごくする。毎回毎回朝ごはんを食べたあとなのに、こっちまでお腹が空いてきちゃうよ。
こういったテツの奇行は毎朝連続。僕は今日も一時間目の授業の中身が全然頭に入らなかった。ぜんぶ、テツのせいだ。
「……はぁ」
小テストの結果のことを考えながら下校する。テツに気を取られている授業の成績が芳しくない。どうすればテツを気にしないで済むんだろう……。いやでも目に入るんだよな。リーゼントだから。
「おー、よしよし。こっち来い。いい子だから」
そうそう、あそこにしゃがんでいるヤツみたいな……って、テツだ。何をしているんだろう。離れたところから見ていると、珍しく声をかけられた。
「おい、塚田。お前、何か食い物持ってねぇか? この犬を捕まえたい」
「犬?」
「捨て犬か迷い犬かわからねぇけど、とりあえず保護しねぇと」
お決まりのやつである。不良が犬を拾うシーン。これが古代の少女漫画で、僕がヒロインだったら、もしかしたら恋に落ちていたかもしれない。だけどこれは現実で、僕はヒロインでもないし、なんならテツのただのコスプレ野郎だから何も起きない。
「そいつ、逃げなさそうだからがしっと捕まえてみたら?」
「がしっと?」
「そう、がしっと」
僕のアドバイス通り、テツは目の前の動物を静かに捕まえると、大事に抱っこする。
「お前、おとなしいな? なぁ、塚田。この犬、かわいくね? もし飼い主がいなかったら俺のうちに連れて帰ろうかな。番犬欲しかったし」
「……うん、それがいいよ」
テツは気づいているのだろうか。それとも天然なのだろうか。目玉がタピオカなのだろうか。
……それ、犬じゃない。きつねじゃん。
僕はそう言いたいのを必死に堪えた。なぜならテツは、家柄も頭もいいからだ。決してヤンキーだからではない。
こうして僕は毎日ズレたヤンキーを観察している。そのせいで、成績も悪くなっている。
ズレヤンテツを観察する僕の日常 浅野エミイ @e31_asano
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます