オブシディアンの指環 故郷への旅路
蘇芳 夏生
序章 1
それは二年前の事だった。
夢の中で、土井穂明里(どいほたる)は自分を呼ぶ声を聞いた。
「だれ? どこ?」
穂明里は声の在処(ありか)を探して、辺りを見渡す。
辺りは一面、柔らかい乳白色の光に包まれた真っ白な世界で、よく見ると、赤や黄色、青、白など様々な色のとても小さい光りの粒が無数に、螺旋を描いて飛び交っていた。その光景は、いつかどこかで見たことがあるような氣がして、しかも、妙に懐かしい。
「ほたる……」
また自分の名前を呼ぶ声が聞こえて、穂明里は、さっきよりもより素早く辺りを見渡すが、そこには誰もいない。
「もし、もーーし」
電話の向こうの声が聞こえないときのように、穂明里は声を上げた。
「誰かいますかあーーー」
穂明里の声が、すっかり空間の裏側に吸い込まれ消えていった頃、声が届いた。
「あたしは、ゆめ。藤井夢心(ふじいゆめ)」
「ゆめ……さん? ゆめさんは、どこですかあ?」
ゆめと名乗る声の主を探して、穂明里は再び周りを見渡す。
「ごめんなさい。いくら探しても、あなたにあたしは見えないの」
申し訳なさそうに夢心は言った。
「えっ? なんで? 声は聞こえるのに?」
素朴な疑問だった。
「あたしは、あなたとは別の世界にいるの」
「別の世界? もしかして、それって平行世界(パラレルワールド)ってことですか?」
「そうね。それが一番近いかも知れないわ」
――平行世界。ほんとにあるんだ。
いつか穂明里はこんな夢を見た。
雨がしとしと降る真夜中の中世のヨーロッパの町の中、それは子どもにも大人にも人氣の魔法使いの映画に出てくるような町並みで、黄色いガス灯の明かりが雨に濡れた石畳を照らし出していた。その中を傘も差さずに歩いている自分がいて、その自分をもう一人の自分が建物の陰から見ているのだ。もちろん、穂明里は中世のヨーロッパにも、魔法使いのテーマパークにも行ったことはない。
夢から覚めたとき、穂明里は思った。
なんで、あんなにリアルに言ったことも見たこともない町が頭の中で再現できるんだろうと。
もしかしたら、自分は夢を見ているときに、自分の世界と隣り合わせの平行世界に行って、別の体験をしているのかもしれない。あるいは、前世の記憶の中に潜り込んでいるのかも、とも考えた。けど、どうやって別の世界に行ったり、時を遡ったり出来るのかが、さっぱり分からなかった。
でも、いま、ゆめという人は、平行世界があるという。
そこへはどうやったら行けるのだろう?
訊いてみようと穂明里が口を開こうとしたそのとき、
「あなたにお願いがあるの」という夢心の声に「お願い?」と、訊き返してしまったことで、穂明里の思考はかき消されてしまった。
「あなたに会って欲しい人がいるの」
オブシディアンの指環 故郷への旅路 序章 2へ続く
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オブシディアンの指環 故郷への旅路 蘇芳 夏生 @Natski_Suoh
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