第11怪 ごとん

 多彩な小人の家屋は、外観からは想像が出来ないほどに広かった。


 その広さは大凡五0畳ほどだ。


 内装は落莫としていて、生活感を感じられる物は何一つとしてない。


 その中で椅子があった。


 椅子の上にはよく知る顔があった。



 ――笑花だ!


 笑花はやっぱり生きていた!



 そうだよ!


 あの小生意気な笑花が死ぬ訳ない!



 早く笑花の笑顔が見たい!


 話がしたい!



 年真先輩にシスコンと思われたって構わないぞ!


 ぼくは笑花が大好きなんだから――!



「笑花!」


 笑花に駆け寄り、肩に触れる。




 ――ごとん。




「――え」


 理解出来ないことが起きた。


 笑花は椅子に座っているのに、下からぼくを見上げている。



「は――」


 下からぼくを見上げている笑花の目には、およそ生気というものが感じられない。


 濁りに濁って腐っている。



「――な」


 笑花は?


 笑花はどこなんだ?



「大名!」

「年真先輩……、おかしいんですよ……。笑花は確かにここにいるのに、確かにここにいない……。いったいどうなってるんですか……?」

「お前の妹はもう……!」


 悔しそうに下唇を噛む年真先輩。



 笑花はもう?


 もうって何だ?


 その先は?



「……間に合わなかったんだ!」

「間に……合わなか……った……?」


 頭の回転が鈍い。まるで大事な何かが壊れてしまったかのようだ。


「ハーハッハッハッ! ソノ女ハオレ様ガ首ヲブッタ切ッテヤッタンダ! イイ声デ泣キヤガッタゼェ。オニィ助ケテオニィ助ケテッテ泣キ喚イテヨォ。聞イテイテ心地ガ好カッタゼ」

「……黙れ」

「オ前、ソノ女ノ兄貴ダッタノカ。クックック……」


 多彩な小人が下卑た笑い声を発する。


「ソノ女はオレ様の縄張りヲ侵シタンダ。殺サレテモ当然ダロ? ダカラ殺シテヤッタ。苦シンデ苦シンデ苦シミ抜クヨウニナ」

「黙れって言ってんだよッ!!、このゴミ虫がッ!!」


 年真先輩が鬼の形相で、多彩な小人と再び対峙している。


「お前はコレクションに加える価値はない! ただのゴミ虫だ。お前に相応しい地獄を味合わせてやるッ!!」


 年真先輩が駆ける。一瞬にして縮まった多彩な小人との間合い。


 逃走を図ろうとした多彩な小人の上に、年真先輩が伸し掛かる。


 そして多彩な小人の頭を素早く引っ掴むと、捩じり出した。


「ギギギギギギギギギギギギギ!!」

「このまま生きたまま頭を捩じ切ってやる」


 軋む骨。


 悲鳴を上げる骨。


 多彩な小人の頭があらぬ方向へと向いていく。




「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」




 雄叫びが上がる――。


 そこに勇ましさはないように思えた。


 ――これは絶叫だ。




 ぶぎん。




 鈍く低い音を立て、多彩な小人の頭は捩じ切れた。


「ハアハアハアハアハア!」


 多彩な小人が絶命すると、家屋が崩落を始めた。


 年真先輩に腕を引かれる。


「……笑花と離れたくないです」



 ごつんっ。



「痛い!」


 塞ぎ込むぼくの頭にゲンコツが叩き込まれる。


「しっかりしろ! お前まで死んでどうする!? お前は生きるんだ!」

「そんなこと言ったって……。ううっ……!」

「ああ、もういい! わたしがお前を担いで行く!」


 恥を考えようともせず、年真先輩に担がれる。そうして多彩な小人の家屋から脱出し。異次元世界からも脱出した。


 異次元世界から出ると、校舎は既に真っ暗だった。


「……もういいぞ。泣くならここで泣け」

「うわあああああああああああああああああああああああ!!」

 

 堰を切ったように涙が溢れ出る。頭の中は後悔の念でぐちゃぐちゃだ。


 笑花とはもう二度と会えない。


 ――会えないんだ!


 下校時間はとうに過ぎていた。


 月明かりが冷淡にぼくらを照らす。


 泣き止まないぼくを、年真先輩がいつまでも、温かく抱き締めてくれた。

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