第10怪 それは、「 」
「「――――――!!」」
年真先輩とぼくは声にならない声を上げた。
「……年真先輩、屋上への扉は、鍵が掛かってたはずなのに、簡単に開いちゃいましたね」
ぼくは扉を潜りながら、ぽかんとした表情で、それを口にする。
そして、扉を潜ってすぐ、ぼくは、足に何かが当たって、勢いよく躓いた。
「いたたッ!」
足元を見てみると、そこにはおもちゃのような小さな家があった。
家は一〇センチほどの大きさだ。これはもしかして――!
「どうやらわたしの賭けが当たったようだな」
どういうことかさっぱり分からない。頭に疑問符を浮かべるぼくをよそに、年真先輩は自慢げに笑っている。
「賭けって何ですか? 多彩な小人を見付ける方法って、いったい何だったんですか?」
「そう捲くし立てるなよ。これから話すよ」
年真先輩は笑い終えると、多彩な小人について話し出した。
「いいか? 多彩な小人は、『異次元世界』という名の『幻世界』に行かなくちゃ、出会えない妖怪だったんだよ」
「はえ? どういう意味ですか?」
「多彩な小人と出会う条件はな、『一階の昇降口から、最上階の屋上の入り口まで行く』事により、初めてその第一条件に触れる事が出来るんだ。第二条件は、第一条件をクリアした者にだけ、その機会を与えられる。つまりは異次元世界の扉を潜る事が出来るようになるんだ。多彩な小人は、七面倒臭い条件をクリアして、ようやく出会う事が出来る厄介でふざけた妖怪なんだよ。心杜の奴め! それならそうと言ってくれりゃいいのに! 小難しいヒントなんか出しやがって! わたしじゃなければ、きっと解けないヒントだったぞ!」
年真先輩は腕を組みながら、不機嫌そうに頬を膨らませている。
その姿は小動物のようで、微笑ましい可愛さがあった。そして――、
「さて、大名。わたしたちは多彩な小人の
「意味?」
ぽかんと口を開けて呆ける。その後すぐにはっとした。
「……命を奪われる!」
「そうだ。だが、安心しろ。お前はわたしが守る」
年真先輩がぼくの肩を叩いて前に出る。
異次元世界は、宇宙のような神秘的な輝きが醸し出されており、そこには多種多様な無数の家々が上下左右に無作為に建ち並んでいた。
無数の家々はカラフルで、様々な色彩で溢れている。その色美しさときたら、まるで可憐な花畑のようであった。
「この世界の重力はどうなっているんだ……」
ぼくが頭に疑問符を浮かべていると、奥まった所にある緑色の家屋の扉が、不愉快な音を立てて、ゆっくりと開き出す。
家屋の中からは多彩な小人が姿を現した。
多彩な小人は家屋のサイズと身体のサイズが合っていなかった。
家屋の大きさは二〇センチほどなのに、多彩な小人の大きさは何故だか五〇センチ以上はある。
多彩な小人は、鋭く尖った耳を持ち、赤黒い身体は筋肉隆々で、頭に白い帽子を被り、自分の身体より遥かに大きなアサリなしノコギリを持っている。
「何ダ、オ前ラハ!? 此処ハオレ様の縄張リダゾ!!」
「すまんすまん! 悪気はないんだ。此処に返して欲しい奴がいてな。そいつを返して貰ったら、大人しく此処を出るから、どうか見逃してやっては貰えないか?」
「……駄目ダ! オレ様ノ縄張リヲ侵シタ奴ハ、ミンナ家ヲ造ラセテ、死ヌマデタクサンイタブッテヤル!」
「やっぱり駄目、か……。それじゃ、しょうがない」
「観念シタカ? ダッタラ、サッサト家ヲ造レ! 殺スノハソノ後ダ」
それを聞き、年真先輩は、鬼の形相になる。
「――家は造らない。代わりにお前の人形を作ってやるよ! いひひひっ!」
年真先輩は不気味に口角を上げると、近くにあった多彩な小人の家を力いっぱい蹴り壊した。
それにより、多彩な小人の白い瞳が鈍い光を帯びる。
「――オ前ッ! オレ様ノ家を壊ストハ許セネェッ! オ前ハ家ナンカ造ラナクテイイ! 今スグオレ様ガ叩キ殺シテヤル!!」
「へぇ、わたしを殺すとは大きく出たな。出来るもんならやってみろよ」
不敵に笑う年真先輩が多彩な小人を手招きする。かかってこいとの合図だろう。その態度を見た多彩な小人は、憤怒の表情でノコギリを構える。怒りの為か、多彩な小人の体がさらに赤黒く見えた。
「……楽しいバトルの始まりだな!」
にやにや顔の年真先輩は、両手を前に構え、攻撃の態勢を取る。先に動いたのは抑えが利かなくなった多彩な小人の方だった。
雷のような突進力から、驚くほどの跳躍力を見せると多彩な小人。その跳躍力はまるで、力強い昆虫のようだった。
多彩な小人は、年真先輩の頸動脈に、ノコギリの刃を立てようとする。凶刃は華麗な動きで、ひらりと躱された。
続いての攻撃は四肢に向けての流れるような攻撃だった。
年真先輩は余裕綽々で、難なく躱し続け、多彩な小人を逆撫でするような安っぽい挑発を続ける。
彼女には多彩な小人の素早い攻撃が全て見えているらしい。
年真先輩の動体視力はどうなってるんだ!
多彩な小人が年真先輩の頭上から真一文字にノコギリを振り下ろした。
その攻撃の鋭さはぼくに瞬きすら許さなかった。
しかしその攻撃すらも、彼女には何でもないことのようだった。
多彩な小人の息が乱れ始める。顔には焦りが浮かんでいた。
「わたしに肉弾戦を仕掛けたのがお前の間違いだ」
涼しげな笑顔を見せると、年真先輩は右手の人差し指を立てた。
「……これの意味が分かるか? お前に拳をぶち込むって意味だ。いひひっ! 一発だ。一発でお前を戦闘不能にしてやるよ」
「キィイイィイィイイイイィィ!」
多彩な小人が不愉快な奇声を上げる。
「お前とのバトルはもう飽きた。こんなつまらないバトルを長々と続けてられるか。そろそろ決着を付けるぞ。全力でかかってこい。わたしはそれを軽くあしらってやるよ」
「殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス――!!」
「わたしに対する殺意は十分のようだな。お前のその殺意を圧倒的恐怖で上塗りしてやるよ! いひひひっ!」
目にも留まらぬ速さで、四方八方の地面を勢いよく蹴り、凄まじい跳躍を見せる多彩な小人。
そのあまりの速さに、ぼくは吃驚する。
多彩な小人の無数の家々からは、本物と見分けが付かない、質量を持った特殊な残像がいくつも生まれ出した。
多彩な小人の狙いは、年真先輩の撹乱だ。
心配になって年真先輩を見ると、眠たそうにあくびをしていた。
その一瞬の隙をついて、多彩な小人が年真先輩に攻撃を仕掛ける。
攻撃先は再び頸動脈だ。
放たれる一閃――。
しかし、その一閃は意味をなさなかった。
「また頸動脈を狙うとか懲りない奴だな」
年真先輩は信じられないことに、ノコギリの刃を片手で押さえ込んでしまった。
「ソ、ソンナ……馬鹿ナ……!」
「馬鹿も何もこれが現実だ。さあ、わたしが言ったことは覚えてるな?」
「…………?」
多彩な小人は恐怖に震えていて、声にならないらしい。
「お前を一発で戦闘不能にするってことだよ。いひっ!」
いつもの間の抜けた笑い声。それを聞いたぼくは、心休まる安心感を得た。
年真先輩の笑顔は、笑い声は、ぼくを幸せな気持ちにしてくれる。
あなたが手招く不気味な世界に、ぼくは心の底から惹かれ始めている――。
拳を力一杯握り締めた年真先輩は、多彩な小人に向けて、強烈な一撃をぶち込んだ。
多彩な小人は、宙に浮く地面に叩き付けられ、ゆっくりと前のめりになる。
「この世でもっとも怖いものを知ってるか?」
年真先輩は多彩な小人を見下ろし、その質問を再び問い掛ける。
答えが知りたくて、意識を集中させた。今度こそは聞き逃さない。
「――それは人間だ」
年真先輩は答える。
か細く小さな声は前と同じで、ぼくの胸は奇妙な痛みを覚えた。
「おい、伸びてないで大名の妹の居場所を言え」
「そ、そうだ! 笑花はどこだ!?」
多彩な小人は完全に伸びていて、ぼくと年真先輩の質問に答えない。
すると、年真先輩の平手打ちが、多彩な小人の頬に炸裂した。
「ウ、ウ~ン……」
目を覚ました多彩な小人に詰め寄る。
「笑花の居場所を教えろ!」
「笑花……? 肉付キノイイ女ノコトカ……?」
「笑花はどこにいる!?」
「ソレナラオレ様ノ家ダ」
「お前の家!? 笑花はお前の家のどこにいるんだ!? 入り方も教えろ!」
「肉付キノイイ女は赤色の家ニイル。家ニ入リタケレバ、玄関ヲ探セ。玄関ヲ見付ケレバ、ソレニ沿ッテ小サクナル」
ぼくと年真先輩は赤色の家屋を探す。
赤色の家屋は、少し奥まった所にあった。
赤色の家屋に辿り着くと、ぼくと年真先輩は玄関を探す。
玄関はすぐに見付かった。
「玄関に沿って歩けば小さくなるんだな」
ぼくはゆっくりと歩を進める。そうすると本当に小さくなって行った。
玄関のドアノブに手を掛ける。そして、勢いよく中へと入って行った。
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