多彩な家屋に住む小人

第8怪 妖怪

 ぼくと年真先輩は心杜が与えてくれたヒントを頼りに、ひたすら第一校舎内を捜索していた。


 しかし、多彩な小人は見付かる気配がない。


 たかが第一校舎内の捜索なので、簡単に思えるかもしれないけど、実際は困難を極める。


 八雲学園はとにかく広いのだ。第一校舎の建築面積だけで、四九〇五平方メートルもある。


 闇雲に捜索していても、あっという間に日が暮れて下校時間になってしまう。

かと言って、多彩な小人を見付けるには、ただただ捜索するしかない。


 ぼくは溜め息を付きながら捜索を続ける。


「年真先輩」


 ただ捜索しているのもつまらないので、彼女に話を振ることにした。


「いきなりですけど、妖怪っていったい何なんでしょうね」

「……本当にいきなりだな。まぁわたしなりの解釈を話すと、妖怪は害悪にすぎない。漫画なんかだと人間の友人にもなれる存在だが、あんなのは幻想だ。八雲学園の妖怪は人間を貶めることしか考えてない。あいつら妖怪に取り入られたら一巻の終わりだ」


 淡々と語る年真先輩の口調は冷ややかだ。


「それ故に妖怪を表す総称が恐話なんですね……」


 納得し、首肯した。


「妖怪は人間を幻世界に招くか、自分が現世界に顕れるかで、常に頭がいっぱいだ。とにかく人間をおもちゃにしたくてしょうがないんだよ。大名もナニカと接して、よく分かっただろ? あいつら妖怪の根源を」


 年真先輩がぼくの瞳を覗き込む。相変わらず彼女の行動は奇異で、意味はまったく分からない。


 もしかしたら意味なんてないのかもしれないけど、その仕草にぼくの胸は高鳴りを上げる。


「た、確かに、数多くの恐話を思い出してみても、妖怪が人間を弄んでるのが分かりますっ!」


 胸の高鳴りのせいで、少し声が上擦ってしまった。


「けどな、妖怪というのは、結局のところ人間が生み出してるらしいんだ」

「へっ? それはどういうことですか!?」


 年真先輩の発言に驚愕し、胸の高鳴りが止まる。


「心杜の話だと妖怪というのは、人間の人間に対する負の願望から生まれるんだとさ。あいつらが人間をおもちゃにして好む理由はそれだ」


 妖怪そのものの正体を知り、体に言い様のない疲労感が現れた。


「……結局、悪いのは人間ってことなんですね」

「極論を言っちまえばそうだな。だから――いや、何でもない」


 年真先輩は何かを言いそうになって、口ごもってしまった。


「まーその何だ、気にするな」


 ばつが悪そうに笑う年真先輩を見て、不思議な不安感がぼくを襲った。


 彼女は何を言い掛けたのだろう……。


 気になりはすれど、訊くことは出来なかった。


「妖怪についての最後の補足だ。恐話は妖怪そのものであって、妖怪は恐話に沿った能力ちからを持ってる。それを覚えておけよ」


 ぼくはこくんと頷く。


「そう言えば、まだ訊きたいことがあります。年真先輩のことです」

「わたしの何を訊きたいって言うんだ? スリーサイズなら教えないぞ。わたしは胸にコンプレックスを持ってるんだ」


 ……胸にコンプレックスって、自分でも気にしてたのか。ぼくから見ても、見事な真っ平らだもんなあ……。


「スリーサイズなんて訊きませんよ! 年真先輩の能力ちからが気になるんです!」


 年頃の男の子としてはスリーサイズも気になるけど、敢えて興味のないフリをする。恐らくぼくは、むっつりスケベという奴だろう。


「……詳しく教えてください」


 ぼくの心の内を知らず、年真先輩は唸りを上げて考え出した。


「う~ん、一応前に詳しく話したと思うんだがなぁ……」


 面倒臭そうな素振りを見せる年真先輩。しかし、その後すぐに答えを出してくれた。


「まぁ興味があるならしょうがない。さらに詳しく話すか」


 一呼吸した年真先輩が頬を掻きながら先を紡ぐ。


「わたしの能力ちからに関する大凡のことは前に言ったな? そこから先は、一つしか話せることはない。能力ちからの本質についてだ。わたしの能力ちからの本質は声にあるんだ。恐怖心を抱いた状態で、わたしの声を聞くと、妖怪は人形となる。ナニカを見て分かったかもしれないが、そこに実体がなくても関係ない。その上、実体を顕すことも出来る」

「改めて聞いても凄い能力ちからですね……」


 思わず呆気に取られる。


「ちなみに能力持ちは妖怪よりで妖怪を引き付けやすい。子供の頃はそれで苦労をしたもんさ。最も今は、わたしの方で妖怪を手招いてるがな。いひひひっ! 妖怪に恐怖心を抱かせて、人形にするのがたまらなく楽しいんだ!」


 小さな子供のように、目を爛々と輝かせながら、年真先輩は笑った。傍から見ると不気味に思えるその笑顔も、ぼくにとっては可愛らしい以外の何ものでもなかった。


 ぼくが胸に抱いていた想いは、いよいよ以って末期になったのだろう。


「……わたしはこの世でもっとも怖い存在ものになりたいんだ」


 苦笑いを浮かべながら年真先輩が呟く。


 それはうっかりすると聞き逃してもおかしくない呟きだった。今にも消え入りそうな弱々しい声は、年真先輩が発したものとは思えなかった。


「年真先輩は、今でも、十分に怖いですよ」


 らしくない彼女が嫌で、つい茶化してしまう。


「何だとこらっ! お前にはわたしがどう映ってるんだ!」


 愉楽に綻んだ年真先輩に腹を小突かれる。


「向日葵の女の子です」



 ――ぱんっ!



「痛い!」

「茶化して、さらに茶化すな!」

「別に茶化したつもりはないですよ……」


 誤解の旨を伝える。頬は腫れているようで触ると痛い。


 まったく年真先輩は馬鹿力なんだから……。


「うるさいっ! お前はいつもわたしを茶化すが、馬鹿にしてるのか!?」


 年真先輩が烈火の如く怒り出す。顔は耳の先まで真っ赤だ。


「……ぼくは思ったことを言ってるだけです」


 怒る年真先輩に相対してツレない態度を取る。腹を立てている理由がよく分からないからだ。


「それならもっと違う例えがあるだろ! わたしは向日葵なんて花には似ても似つかない! わたし自身がそれを一番よく知ってる!」

「だって、ぼくにはそう思えるんだから、しょうがないでしょ……」


 ぼくがしょげると、彼女は怒るのを止めた。そして何故か両手で顔を隠し、しばらく身震いした。何が何だかさっぱり分からない。


「今度変な事を言ったら往復ビンタだからなっ!」


 平手打ちの素振りを見せると、年真先輩はぼくの腕を引く。引いた腕はどういう訳か、突然組まれてしまった。頭の中は年真先輩でいっぱいになる。


 多彩な小人はまだ見付からない――。

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