第6話 図書室の主

 翌日の放課後。


 ぼくは年真先輩に腕を引かれ、どこかに連れられていた。


「いったいどこに向かってるんですか?」


「お前の妹の手掛かりが掴める場所だ」


 学園のどこに向かっているかは分からないけど、そんな場所があるとは驚きだ。


「……ようやく笑花の消息が分かるのか」


 笑花の無事を疑わないけど、書き残したものがあれだ。ちゃんと無事を確認したい。


 そわそわしていると、やがて六階に着いた。ちなみに八雲学園にはエレベーターが設置してあるので、ここまではエレベーターで来た。


「この階に何があるんです?」

「図書室だよ」


 ――図書室!?


 図書室の本を読んで、笑花の消息が分かるんだろうか……。


 些か不安な気持ちになる。


「着いたぞ。ほら、入れ」


 年真先輩が引き戸を開け、ぼくを先に入れる。


 図書室には一人も生徒がいなかった。貸し切り状態である。


 大きく息を吸うと、古紙の臭いが鼻に付く。


 八雲学園の図書室は本が充実していて、蔵書数は一〇〇〇〇〇冊を超える。設備も充実しているので居心地も良さそうだ。


 気を抜けばいつまでもいれるだろう。


 それなのに――それなのにだ――。


 図書室は、異常な寂れようが見て取れて、嫌な薄ら寒さを感じた。


「妖怪でも住み付いてるのか此処は……」

「勘がいいな」


 いつのまにやら横にいた年真先輩が意味深なことを言う。


「勘がいいって、もしかして……」

「そうだ、意識を集中してみろ」


 集中して図書室内を見回す。すると奥の方で人の気配を感じた。


 最初は人の気配なんて感じなかったのに。


「おーい、心杜! 訊きたいことがあるんだ。こっちに来てくれ!」


 年真先輩が呼び掛けると、奥から一人の少年が姿を現した。


 少年はぼくと年真先輩を見据える。黒縁眼鏡がキラリと光った。


 少年の顔は何を考えているかまったく分からなかった。


 これでもかって言うほど無表情だ。


 不思議な佇まいからして、もしかしたら、実際何も考えていないのかもしれない。


 仄かに白い髪は、前髪が特徴的で、左右の長さが異なる。瞳を晒し、瞳を隠すというアンバランスな形だ。


 猫のような金色の瞳が不気味に光っている。ちなみに足は、何故か裸足だ。


「……またキミか、歌音。昨日もオレと話したのにまだ話したいことがあるのか?」

「おうよ!」


 元気よく胸を張って返答する年真先輩。主張する部分がないのが若干残念に思える。


 それよりも目の前の少年が年真先輩の名前を呼び捨てにしていることが気になる。


「あの、年真先輩……。この人は……?」

「こいつは千久間心杜ちくまことだ! わたしの親友だよ!」


 いきなりの親友発言に吃驚する。


 そして親友という間柄に、少年が羨ましいと思ってしまった。


「そう思ってるのはキミだけだ」


 少年は冷たく返答する。


 ……思っていたより冷めた関係のようだ。


 それを知って安堵する中、同時に苛立ちも感じた。年真先輩を邪険にするとは生意気な奴だ。


「いひひっ! そう言うなよ。お前とは長い付き合いじゃないか!」


 どや顔の年真先輩が自分の腹を力強くバンバンと叩く。


「……オレはキミのそういうところが嫌なんだ。少しは女性らしくしたらどうだ?」


 少年が年真先輩に冷ややかな視線を送る。


「だよなー! お前はやっぱりそう思うよな。わたしだって、そう思うし」


 年真先輩がゲラゲラと豪快に笑う。


「何の話だ? とにかくキミは可愛くない。可愛くない女とは話したくない」

「――ブサイクがよく言うよ!」


 少年のあまりの発言に、怒り心頭に発する。少年に対し、悪態を吐く。


「なにっ……?」


 ぼくの一言に少年は腹を立てたようだ。怒りの表情でぼくを睨め付ける。


 ――ちゃんと良い顔も出来るじゃないか。 


「だからさ、キミがブサイクだって言ったんだよ。理解出来ないほど、頭が沸いちゃってるのかな?」

「お、おい……!」


 年真先輩がぼくの肩を掴む。それ以上言うなとの警告だろう。


「千久間くんって言ったね? ぼくは大名浅斗。キミの横っ面を叩いてもいいかい?」


 不敵な微笑を浮かべて、右手を差し出す。


「大名……?」


 ぼくが名前を名乗ると、少年は小首を傾げた。


「どうしたんだい?」

「いや……、何でもない。それにしても面白い奴だね。失礼なキミの横っ面も叩いていいかい?」


 少年のこめかみには血管が浮かび上がっている。差し出した右手を一瞥すると、ふんっと鼻息を鳴らした。気持ちのいい無視だ。


「……よろしく!」


 差し出した右手を握り締め、引っ込める。


「ははははっ! 済まないね! こちらこそよろしく……! オレのことは心杜と呼んでくれ!」

「……あっそ」 

「よく分からんが、上手くまとまったところで本題を話すぞ」


 呆れた顔付きで年真先輩が場を仕切る。


「それで、オレに訊きたい事って何だ?」

「多彩な小人について訊きたい」

「……キミに目を付けられるとは災難な妖怪だな。いいだろう、教えてやるよ」


 彼の偉そうな態度に再び腹が立ったけど、とりあえず黙っておく。


「キミが目を付けた妖怪は、恐話『多彩な家屋に住む小人』だ」


 心杜が笑花の手掛かりを淡々と告げる。


「その恐話は何なんだ?」


 年真先輩が先を促す。


「通称通りの妖怪さ。とてつもなく多彩な家屋を持つ、どうしようもないキチガイ野郎だよ」

「それだけか?」

「恐話なんだ、それだけのはずがないだろ。多彩な小人は、縄張り《テリトリー》を侵さなければ、人間に危害を加える事はないが、縄張り《テリトリー》を侵した者は、その命を奪われる。ここで肝なのは、縄張り《テリトリー》を侵した者は、たとえその場を逃れても絶対に捕らえられるって事だ。奴の家の扉は、この世のあらゆる扉と繋がっているからな」

「それって必ず命を奪われるって事か!?」


 ぼくは愕然とし、つい大声を上げてしまう。


「……うるさいな。いったい何だって言うんだ?」

「大名の妹が多彩な小人に目を付けられたようなんだ。行方が分からなくなって、今日で四日目になる」

「それはご愁傷様」


 心杜が両手を上げて、首を横に振った。


「この野郎!」


 その仕種が癪に障り、心杜に殴り掛かる。しかし、それを年真先輩に止められた。


「落ち着け、気に障ったのなら謝る。オレの話の続きを聞け。多彩な小人ならまだキミの妹を救えるかもしれないんだ」

「……どういうことだよ?」


 ぼくが落ち着きを取り戻したことが分かると、年真先輩は安心したかのように一息吐いた。


「多彩な小人は命を奪う前に、新しく家を造らせるんだ。だから不器用だと、少しばかり命を長らえることが出来る」


 そう言うと、心杜は仏頂面になった。殴り掛かられたのが気に食わなかったらしい。当たり前だけど。


 心杜は、埃を払うかのように制服を叩いて、襟を正した。


「それじゃ――!」

「キミの妹は生きてるかもしれないってことだ。行方が分からなくなって、四日目なら可能性は高い。多彩な小人の家を造るのは時間が掛かるからな」


 それを聞いて一先ずほっとする。笑花は何をするのも不器用な奴だった。多彩な小人の家を造るなんて難しいことを、簡単にやってのける訳がない。


「年真先輩! 早く多彩な小人を見付けましょう!」


 図書室を早急に出ようと急き立てる。そんな中、年真先輩がぼくを制止した。


「その前にお前は心杜に礼を言え。多彩な小人のこともあるが、ナニカのこともある」

「ナニカのことって……?」


 ナニカ様から助けてくれたのは年真先輩じゃないか。心杜が何を救ってくれたって言うんだ。


「昨日、お前とナニカが接触したのを教えてくれたのはこいつだ。お前を救うことが出来たのは心杜のおかげでもある」

「えっ!? 心杜……そうなのか……?」


 心杜はやれやれと言った姿勢を表す。


「……別にキミを救いたかった訳じゃない。オレは歌音と妖怪が起こすいざこざが好きなんだ。もっと言うと、人間と妖怪が起こすいざこざが大好きなんだよ」


 気色の悪い笑みを浮かべて、心杜がくつくつと笑う。それは年真先輩に通じる、得体の知れない異様な不気味さだった。


「……ありがとう」


 しかし、そんなことはお構いなしに、心杜に礼を言う。


「どういたしまして……」


 心杜もぼくに釣られて返答する。それを見た年真先輩はクスリと笑った。


「よし! 多彩な小人を見付けに行くぞ!」


 年真先輩がぼくの腕を引き、図書室から出ようとする。


「歌音、浅斗!」


 引き戸に手を掛けようとした時、心杜に名前を呼ばれる。


「……真実は目に映らない。多彩な小人に会いたければ、その先を突き進め。果てから果てが彼の世界の入り口だ。それをよく覚えておけ」

「分かった」


 年真先輩は首肯すると、再びぼくの腕を引く。ぼくたちは図書室から退室した。

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