間世界の少年

第5怪 うぶ

「ちょ、ちょっと待ってください!」


 勇み立つ年真先輩を制止する。


「どうした?」

「さっき年真先輩はこれから依頼を果たすと言いましたけど、妹の手掛かりは掴めてるんですか!?」

「まだ掴めてないが、これから掴むんだ。わたしに心当たりがある」


 不敵な笑みを浮かべる年真先輩。


 ……別にナニカ様に尋ねなくても良かったのか。


 彼女の方で手掛かりを掴めるとは知らなかった。


 命を危険に晒しただけ馬鹿だったな……。


「……まぁでも、今日は帰っておくか」

「ど、どうしてですか!?」


 笑花の手掛かりが掴めるのに、いきなりの帰宅宣言に納得が行かず、つい息巻いてしまう。



 ――ぱんっ!



「痛い!」


 年真先輩の平手打ちが再び頬にヒットする。


「暴れすぎたからだよ、アホ! 騒がしくなってきた事に気付いてないのか!?」

「ふぇ……?」


 二度も頬を叩かれたので痛くて喋りにくい。言われて気付くと、確かにすぐ近くがガヤガヤしてきている。教職員が破砕音を聞き付けて、様子を伺いに来たようだ。


「そういう訳だ。いつまでもここにいたら厄介なことになる」


 あたふたするぼくの腕を年真先輩がグイッと掴む。心臓がどきりと跳ね上がった。それをお構い無しに、腕を引き、ぼくを先導する。


「学園から出るぞ。急げ、大名!」


 ぼくたちは大慌てで学園から逃走した。



 八雲学園から逃走してしばらく経った頃、引かれていた腕が突然離される。それにぼくは、少々の寂寥感を感じた。


「ハァハァ……! わ、脇腹が痛い! 年真先輩……走るのが速すぎですよ……!」


 ぼくが肩で息をしている中、年真先輩はまったく息切れをしていなかった。至って普通の状態だ。


「日頃から鍛えてるからな。このぐらい何ともない」

「き、鍛えてるって……」


 よく考えてみれば、鉄傘なんて振り回せる時点で年真先輩の体力は尋常じゃない。鍛えてて当然だ。女の子ということで、どこかか弱いイメージを抱いていた。どうやらそれは間違いだったらしい。


「ふんっ! 可愛くなくて悪かったな。どうせわたしはつるぺた筋肉おばけだよ!」

「急にどうしたんですか!? ぼく、何も言ってないですよ!」

「言わなくても、お前の顔に全て書いてある!」


 腹を立てた年真先輩が口を尖らせ、そっぽを向く。しかしよく見ると、ちろっと舌を出している。その様子からはぼくをからかっているようにしか見えない。


 それなら――


「年真先輩は可愛いですよ」


 彼女がぼくをからかっているのなら、ぼくも年真先輩をからかってやる。


「な、何を言ってるんだ、お前は……!」


 ぼくの突然の可愛い発言に慌てふためく年真先輩。その姿がちょっぴりおかしくて、ぼくは笑ってしまう。


 そして、さっきの発言にこう付け足す。


「ぼくの憧れの人です」


 微笑みながらそう伝えると、年真先輩が俯いた。俯いていても顔が赤くなっているのが分かる。


「年真先輩?」


 俯いたまま固まってしまった年真先輩を呼び掛ける。


「……そんなことを言われたのは初めてだ」


 耳の先まで真っ赤になった年真先輩は、よほど恥ずかしいのか、両手で顔を押さえた。見られるのが相当嫌らしい。


「顔を上げてくださいよ」


 その言葉にハッとしたのか、俯いていた年真先輩が顔を上げる。赤みは既に取れていた。


 しかし――


 そこには可愛らしい満面の笑みがあった。



「――やっぱり年真先輩は可愛らしい女の子ですよ」


「あ、あほあほあほっ!」



 照れ隠しなのか、年真先輩は、何度も悪態を吐く。


「……も、もう帰るぞ」


 連れない態度を取る年真先輩。ツンと仰向き、ぼくの方を見ようとしない。それに思わず吹き出してしまった。


「年真先輩って隠し事が苦手じゃありません?」

「う、うるさい!」


 わざとらしい怒りっ面を見せて、年真先輩はスタスタと先を急ぐ。そうして、ぼくたち二人は帰路に就いた。

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