第4怪 コレクション

「…………!」


 ――同時に雷鳴が落ちたかのような破砕音がした。


 吃驚したぼくは、閉じていた瞼を開ける――。


 すると目の前には年真先輩がいた。


「ねん……ま……せんぱい……?」


 言葉絶え絶えに彼女の名前を呼ぶ。


 顔は恐怖の涙でぐしゃぐしゃだ。


 そんなぼくを見て、年真先輩は優しく笑った。


「いひっ! もう大丈夫だぞ、大名。わたしが来たからな」


 先ほどの破砕音は、年真先輩が鉄傘で、窓ガラスをぶち割った音だった。天井を仰いだ年真先輩は声高々に告げる。


「お前のことは知ってるぞ。向こう側のナニカだぁ? ふざけるんじゃねぇぞ! わたしの可愛い後輩をこんなに傷付けやがって! 覚悟は出来てるんだろうな!?」


 年真先輩の怒号が廊下に響き渡る。その怒号は恐ろしさと頼もしさの両方を感じさせた。


「お前もわたしのコレクションに加えてやる……。死ぬよりも辛い地獄を味合わせてやるよ! いひひひっ!」


 そう言うと年真先輩は、鉄傘を両手で構えた。


「この糞ったれスライムは反射物の中にしか存在出来ない。だから反射物は全て叩き壊す!」


 年真先輩が鉄傘をブンブンと振り回し大暴れしだした。それにより周囲にあった窓ガラスが全てぶち割られた。窓ガラスは粉々になり、地面へと落下する。


 それにしても実体がない妖怪をこれでどう倒すって言うんだ。反射物を叩き壊しても、ナニカ様には傷一つ付けられず、意味を成さないはずだ。


「いひっ! これでお前は『そこ』に逃げるしかなくなった訳だ」


 よく分からないけど、ナニカ様を追い詰めたらしい。


「大名、目を瞑れ……」

「――へっ?」

「いいから早く瞑るんだ……」


 年真先輩はぼくの顎を掴み、耳元で甘く艶っぽく囁いた。


 それにどきりとしながら、彼女の言うことに従う。


 しばらくして、年真先輩が大きく笑い出した。その笑いはとても乾いていて、不気味としか言いようがなかった。



 静かに瞼を開ける――。



 ――そこには、まるでこの世の者とは思えない、年真先輩がいた。



 目は真っ赤に血走り、口角は限界まで上げられ、仕草は奇怪で異常の一言だった。年真先輩の一挙手一投足が吐き気を催される。


「ね、年真先輩……?」


 恐る恐る話し掛ける。


 ぼくのその姿は彼女と初めて会った時と何ら変わらなかった。



「この世でもっとも怖いものを知ってるか?」



 それを聞き、背筋に虫が這うような気色悪さを感じた。答えは分からないけど、彼女の問い掛けが何故か異様に気持ち悪い。


「……知りません」


 それ以上考えたくなくて、限りなく即答に近い返答をした。


「………………だ」


 年真先輩はか細い声で小さく答えた。


「あ、あの……、ナニカ様はどうなったんですか……?」


 答えが聞きたくなくて、わざとらしく話を逸らす。


「……どうなったと思うよ?」


 くすくす笑いながら、年真先輩が尋ね返してくる。


「死んだ……?」

「どうしてそう思う?」

「……年真先輩の顔を見れば分かります」

「いひっ! そんなに顔に出てるか? いひひひっ!」


 年真先輩が心底愉快そうに、狂ったように笑う。


「あの妖怪をどうやって殺したんですか?」


 疑問中の疑問をぶつける。


「全ての窓ガラスをぶち割って、移動に制限が掛かったあいつを、大名とわたしの瞳の中に誘い込んだのさ。人間の瞳は反射物だからな、あいつはすんなり入ってくれたぜ。ちなみにわたしはあいつを別に殺しちゃいないよ。ただわたしのコレクションに加わってもらっただけだ。いひひっ! いひひひっ!」


 年真先輩は笑いが止まらないらしい。


「コレクション……?」


 そう言われて年真先輩の手を見ると、水筒型の魔法瓶が握られていた。


「それは?」

「これはこういうことさ」


 年真先輩が魔法瓶の蓋を開ける。


「――あっ!?」


 魔法瓶の中からはナニカ様そっくりの小さな人形が出てきた。人形は精巧に出来ていて、今にも動き出しそうな雰囲気がある。


「わたしたちの瞳の中に移動したナニカは、目を瞑られたことにより、魔法瓶の中に移動するしかなかった。ナニカって奴はアホなんだなぁ、魔法瓶がどういう物か分からなかったらしい。魔法瓶の中は、四方八方ステンレスで、逃げ場なんてないのによ。いひひっ!」


 得意げな表情でぼくにウインクをする年真先輩。その仕草はとてもチャーミングだ。


「わたしは恐怖心を抱かせた妖怪を人形にすることが出来るんだ」


 突然の告白に、驚愕し、目を見開く。


「妖怪を人形にするって……?」


 あまりの突然の告白に頭が付いて行かず、素直な質問をぶつける。 


「詳しく言うと、恐怖心を抱かせることにより、体を固まらせることが出来るんだ。人形にする際、小さくなるのは、恐怖の為、萎縮するからさ。いひひっ!」


 何だその漫画みたいな能力ちからは!


 それでこの人は……。


 腹を抱えて笑う年真先輩に良い気持ちはしなかった。嫌いになったとかそういうのではない。ただ思ったのは、危ういということ。どうしてか、この人の存在するところが、崖っ縁に感じた。


「年真先輩!」



 ――ぱんっ!



「痛い!」


 呼び掛けたと同時に、年真先輩の平手打ちが頬にヒットした。


「……大名、お前もう少しで死ぬところだったんだぞ。わたしと会う約束をしておいて、死にそうだったとは何事だ!」

「ご、ごめんなさい……」


 痛む頬を押さえながら陳謝する。


「まったく、助ける方の身にもなれ! 面倒臭くて仕方なかったぞ!」

「けど助けてくれたじゃないですか」

「当たり前だ! 依頼料のうまん棒はもらってるからな」


 年真先輩が怒りを露にしてか鼻で息をしている。


 そろそろ話すことにしよう。ネンマウタネとは、恐話から命を守ってくれる恐話なのだ。それのどこが恐話なのかと言うと、ぼくにもまったく分からない。でも確かなことが一つある。ネンマウタネは、恐話通り、ぼくの命を救ってくれたということだ。


 昼休みにあげたうまん棒は依頼料である。


 ネンマウタネ、いや、年真先輩がどうやって妖怪から守ってくれるのか想像が付かなかったけど、まさかこんなオチだとは……。


 妖怪に恐怖心を抱かせるって、どっちが妖怪だよ。


「――んん? 大名、今失礼なことを思わなかったか?」

「思ってません思ってません!」

「それならいいんだが。まあ何はともあれ無事で良かった! すりゃっ!」

「ええっ!?」


 年真先輩がいきなりぼくに抱き付いてきた。顔と顔がすぐ近くで、何かの拍子でくっ付きそうだ。


「これから、お前の依頼を果たすぞ! いひっ!」


 にこりと笑う年真先輩は、とどめと言わんばかりに、ぼくの耳たぶを甘噛みした。何がしたいのかさっぱり分からない。


「でもぼくは……」


 そんな年真先輩を好きになりかけている――。

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