向こう側のナニカ

第2怪 怖い、殺される

「……学園で噂されてた、恐話のネンマウタネって、人間だったんですね。しかも女子で先輩だったとは」


 驚きを隠せず、呟くように言った。若干呆然としている。


「お前はわたしを何だと思ってたんだ?」

「その……、てっきり妖怪かと……」

「………………」


 年真先輩は怒ってしまったのか、ぷくりと頬を膨らませた。その仕草にどきりとする。


 何だろう。彼女を見てると胸がドキドキする。


「まあいいさ。お前の思っていたわたしと、実際のわたしに、そう違いはないだろうからな。いひっ!」

「えっ!?」


 年真先輩の口角がいやらしく上がる。彼女は、それ以上は答えなかった。


「それより、わたしの恐話を聞いて、うまん棒をくれたってことは、あれか?」

「そうです!」


 頬をぽりぽりと掻き始めた年真先輩は視線がぼくの右手にいった。


「……うまん棒をもっとくれるか? わたしの大好物なんだ」

「あっ! は、はいっ!」


 うまん棒がたくさん入ったビニール袋を手渡す。


「それでお前は何の恐話に憑かれてるんだ?」


 うまん棒のビニール袋を破きながら年真先輩が尋ねてくる。


「……憑かれてるのはぼくじゃありません。妹です。これを見てください」


 ズボンのポケットに手を入れ、小さく折り畳まれた紙を取り出す。


「これは?」

「妹が隠してたノートの切れ端です。中を見てください」


 年真先輩が神妙な面持ちで切れ端を広げる。


「……ふむ。今、お前の妹は?」

「三日前から行方不明になってます……」


 両拳をグッと握り、力なく返答した。



「怖い。多彩な小人に殺される、か」



 年真先輩が切れ端に書かれていた事を口にする。


「……これが嘘か本当かは分かりません。でも……、何度も何度も書き殴られた『怖い』という文字からは、恐怖に怯える妹の姿が読み取れました!」

「……お前はわたしにどうして欲しいんだ?」

「年真先輩の力をお借りしたいんです! 恐話通りなら、年真先輩は――!」


 年真先輩の人差し指がぼくの口元に触れる。それにより、高鳴り出す心臓の鼓動。


「分かった。うまん棒をもらったことだし、お前の力になるよ。特に納豆餃子味はわたしの大好物だったしな」


 ビニール袋からうまん棒を取り出すと、年真先輩は再び食べ始めた。食べているうまん棒は、先ほど口にした納豆餃子味だ。


「ほ、本当ですか!?」

「ああ」


 年真先輩に頭を下げて、丁重に礼を言う。その後に昼休みの終了を告げるチャイムが鳴った。


「それじゃ、また放課後に会いましょう!」


 年真先輩に手を振ると、背を向けて走り去った。ちなみに走り去ったのには理由がある。彼女と一緒にいると、心臓の鼓動がばくばくと止まらないからだ。


「いったいどうしたって言うんだろ、ぼくは……」


 頬が紅潮したのを感じながら、頭に疑問符を浮かべた。



 午後の授業が始まっても、胸のドキドキは止まらなかった。年真先輩の顔を思い浮かべると、どうしても頬が紅潮するのを感じる。


 年真先輩はてっきり醜い妖怪だと思っていた。それがまさか、あんなにも綺麗な人だったなんて。恐話という名はどこに行ったんだ。ちょっと不気味ではあったけど、優しい良い人じゃないか。



「……可愛かったな」



 うまん棒を頬張り幸せそうに笑顔を浮かべる年真先輩は天使のようだった。


 もしかしたらぼくは恋をしたのかもしれない。けれどぼくは、生まれてこの方恋をしたことがない。だから自分に芽生えたこの気持ちがよく分からなかった。


 ただ一つ言えることは、年真先輩のことを思い浮かべると、胸の真ん中辺りがポ~ッと温かくなるということだ。これが恋というものなのだろうか。だとしたらぼくの遅すぎる初恋だ。


「早く放課後にならないかな。年真先輩と会いたい。その前にやることがあるけど」


 時の流れが遅く感じて、小さなあくびをした。右手は暇を持て余し、シャープペンシルをくるくる回していた。



 一日の授業が終わった。


 ぼくは笑花の手掛かりを掴む為、あることを実行しようとしていた。


「きっとこれが、手っ取り早い笑花の手掛かりを掴む方法に違いないんだけど、肝心なことを忘れてた」


 気付けば、年真先輩とどこで会うか、待ち合わせ場所を決めていなかった。


「弱ったな。年真先輩と会えないぞ……」


 手掛かりを掴めても彼女がいなくてはどうしようもない。


「う~ん……」


 この広い学園で年真先輩を捜すのは困難以外の何ものでもない。うまん棒はもうないし、どうしたものか……。


「――そうだ」


 頭に一つの考えが思い付く。年真先輩のことも『訊けば』いいんだ。ぼくは人通りが少ない男子トイレに向かった。ここ最近よく噂されている恐話の『ナニカ様』と会う為に――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る