続カッパッパー

yaasan

第1話 続カッパッパー

 「お前、ふざけてんのか?」


 五年ぶりに会った大学時代の友人に向けて、放った俺の第一声がそれだった。


 でも、五年ぶりに会う友人がカッパの姿をしていたら、誰だってそんな言葉を投げつけてしまうのではないだろうか? 


 友人は怒りがこもったような俺の言葉に、少しだけ困った表情をしている。当然、その顔はカッパだ。

 

 思い返せば友人は電話でカッパになってしまったと、確かに言っていた。だから俺には会えないのだと。


 それに対して、半ば強引に俺が会う約束を取りつけたのは間違いない。言ってみれば、少々強引すぎるぐらいだったかもしれない。


 だけれども、友人が本当にカッパになっているなんて、そんな言葉を信じられるはずがないだろう。断るのなら、もっと上手な嘘をつけと思っていたぐらいなのだから。


 緑色の肌で、指の間には水かき。黄色の嘴に、頭の上には皿のようなものまで載っている。皿の上に水滴がわずかに残っていて、緑色の肌も少し湿っているようだ。


 言っては悪いのだが、その肌の感じに少しだけ生理的な不快感を覚えてしまう。


「電話でも言ったじゃないか。カッパになったって……」


 文句を言う俺を前にして、友人はカッパの顔でさらに困惑したような表情を浮かべる。


「いや、カッパになったって言われて、はいそうですかって信じる奴がいると思うか?」


「いや、どうだろう?」


「訊き返すな。そうに決まっているだろう!」


 友人はカッパの姿で小首を傾げている。何だか馬鹿にされているような気がして、無性に腹が立ってくるのを俺は感じる。それに喋る度、小刻みに動く黄色の嘴が何だかとても気になる。


 俺はそれらの気持ちを飲み込んで口を開いた。


「で、どうしてカッパになったんだ?」


 訊きたいことは山ほどあったのだが、まずはそう訊いてみた。そもそもそこが問題だ。


「いや、分からない。半年ぐらい前かな。朝、起きたらカッパになっていたんだ」


「半年?」


 随分と前の話のようだった。思わず俺の声が跳ね上がるように高くなる。


「お前、そんな姿で仕事はどうしてるんだ?」


「丁度、失業中だったんだ。それに仕事をしていたとしても、この姿じゃ働けないよね。外に出られないから」


 カッパに真正面から正論を言われてしまったようだ。何だか腹立たしさを感じる。


「買い物とかはどうしているんだ? 大体、そんな嘴で普通に食べられるのか?」


 俺は続けざまに質問をする。やっぱりきゅうりが好きなのかとも訊いてみたかった。だけれども、俺はその興味本位な質問を辛うじて飲み込んだ。


「こんな嘴だけど、食べ物は普通に食べられるんだ。こうして普通に話せるしね。食べるものも人間だった時と何も変わらないよ」


 友人はどこか誇らしげだ。そしてさらに言葉を続けた。


「買い物は全部がネットだね。便利な世の中になったものさ。こうしてカッパになっても、生きていけるわけだからか」


 カッパなのに今のところは不都合がないと、友人は胸を張るように言っている。そう言われると、それはそれでまたしても腹が立ってくる。こうして心配している自分が馬鹿らしくなるというものだ。


 それに例えカッパでもネットがあれば生きていけるって、現実はどんな世界になったんだ? 別の方向に文句を言いたくなってきた。


「そうは言っても、金が続かないだろう?」


 俺がそう言うと、友人は少しだけ表情を曇らせたようだった。もっとも顔はカッパなのだ。だから、何となく俺がそう感じているということになるのだが。


「まあ、慎ましく暮らせば二、三年は何とかなるさ。でも、それ以上は流石に辛いかな」


 その答えに俺は呆れたような表情で、盛大に鼻から息を吐き出してやった。ほら、それ見ろと言わんばかりに。


 あれ?

 俺は、何でこんなにも躍起になって、カッパになった友人を論破しようとしているんだろう?


 そんな疑問がふと脳裏をよぎる。カッパになったという非現実的な状況。その上で困ることもなくそれを受け入れて、妙に落ち着いている友人。それがどうしても気に入らないのかもしれない。


「だけどある朝、突然カッパになったんだ。なら突然、人間に戻っても不思議じゃない」


 友人はそう言って、少しだけ考える素振りを見せた。そして再び口を開く。


「いや、違うのかな。もしかしてぼくは元々がカッパで、たまたま人間になっていただけなのかもしれない。どちらが本当の自分なのか。そう考えると、何だかわくわくしてこないかい?」


 友人が思案顔で語るのを聞き、俺は呆れるしかなかった。

 残念ながらわくわくなどしてこない。


「そもそも人間だったのか、カッパだったのか。そんなことはどっちだっていいさ。二、三年もすれば金がなくなるんだろう? それが問題だ」


「いや、だから明日にでも急に人間になっているかもしれない」


「何でそんな風に軽く前向きに考えられるんだ? お前、そんな風に楽観的な奴じゃなかったよな?」


 俺は大学時代の友人の姿を思い出しながら言う。彼はどちらかと言えば、同年代の中では若いくせに思慮深い男だった印象がある。


「楽観的ではないさ。そんなつもりもない」


 心外だったのだろうか。皿の上の水滴がきらりと光ったような気がした。友人は少しだけ怒ったような口調で言葉を続けた。


「ぼくが言いたいのは、カッパとして生きることが心地いいってことだよ。だから、ぼくはカッパを否定するつもりなんてないのさ」


 こいつは何を言っているんだ? 

 カッパとして生きることが心地いい?

 否定するつもりなんてない?


 外見だけではなく、頭の中身もカッパになってしまったのだろうか? 

 頭の中が水でちゃぷちゃぷになってしまったのだろうか? 

 早く人間になりたい的なことを思わないのだろうか? 


 そんなことを考えていると、自分がどんどんとシュールな世界に引きずりこまれていく気がしてくる。


「仕事もできなくて、外にも出られなくてもか?」


「仕事なんて、好きでやっていたわけじゃないからね。生きていくお金さえあれば、働かないに越したことはないよ」


 開き直っているわけではないのだろうが、友人はそう言い放った。そしてさらに言葉を続ける。


「お金に関しては働けない以上、どうしようもないよね。蓄えが尽きる時に考えるよ。まあ、その時もまだカッパの姿だったら、近くの川で頭のお皿を磨きながらスローライフでも始めるさ」


 何だよ、それは? 

 近くの川ってどこだよ?

 お皿を磨きながらって、カッパジョークなのかよ?

 シュールすぎて全く笑えないよ。

 俺は心の中で呟く。


「何かお前、本当に変わったな。そんな変なことを言う奴じゃなかっただろう?」


「変なことを言っているつもりなんてないんだけどね。それに変わったつもりもないよ。変わったのは外見だけだからね」


 友人は考える素振りを見せた後、気がついたように再び口を開いた。


「でも外見がカッパになって、それがぼくの考え方に少なからず影響しているのかもしれないね」


「影響? そんなわけがあるはずないだろう」


 俺は友人の言葉を否定すると同時に、さっき心の中で思ったことも全面的に否定する。さっきは、頭の中が水でちゃぷちゃぷなどと失礼なことを考えていたのだったが。


「そうでもないよ。カッパになって色々なことが分かったし、思い出したこともあったのさ」


「分かったこと?」


 懐疑的に俺が言うと、友人は少しだけ考える素振りを見せた後で口を開く。


「そうだね。例えば雨の音かな。ぼくは子供の頃から、雨の降る音を聞くのが好きだったんだ。いつの間にかに忘れていたことなんだけどね」


 雨の音? 

 何だよ、そのカッパみたいな呑気な話は。


 いや、カッパなのか。

 でもそんなことを思い出したからって、何なんだよ?

 

 俺の反応が気に入らなかったのだろうか。友人は続けて言葉を重ねる。


「それにこの姿になると、必然的に社会から距離を置くことになるからね。そしてそれは、日常の煩わしさから解放されることと同義語なのさ」


 ……社会から距離を置く。

 ……同義語。

 俺は心の中で友人の言葉を繰り返した。


「それはそうと急に連絡をくれて、一体どうしたんだ? 仕事のことで相談があるって言っていたけど」


 カッパを前にした俺の複雑な心境も知らないで、俺はこの訪問の真意をカッパに促される。

 そう。カッパなのだ。カッパになってしまった話は置いておくにしても、訪問の真意を俺に促してくるのはやっぱりカッパなのだ。


 何を言われても突っ込みどころが満載で疲れてくる。


「いや、今のお前に言ってもな」


 俺は言い淀みながら、友人の頭上にある皿にちらりと視線を送った。何だか水滴が禍々しいものに見えてきた。


「今のお前って、何だか失礼な言い方だな。見た目はカッパなだけで、ぼくはぼくだぞ」


「いや、そうなんだけど」


 そんなことは言われなくても分かっている。さっきは思ってしまったが、頭の中が水でちゃぷちゃぷだなんて言うつもりもない。だけれどもカッパなんだよなと、どうしても言いたくなってくる。


「まあ、この通りのカッパだからね。力になれることは少ないかもしれないけど、話ぐらいなら聞けるさ」


 カッパだからといって、自虐するような感じではなかった。友人の言葉には真剣味がある。そうなってくると、こちらとしても言わざるを得なくなってくる。


 そもそも別に大した話ではないのだ。大した話ということ言えば、友人がカッパになったことの方がきっと大した話なのだから。


「いや、じつは転職を考えていてな……」


 俺はカッパに何を言い始めているのだろうか。

 非現実的な存在に現実的な話をする俺……。

 何だかシュールすぎて、さらに笑えてくるのだった。





 ……転職の相談。

 琴線に触れてしまったのか。何だか話している友人の熱量が上がってきた気がする。その熱量を少しだけ持て余しながら、俺はテーブルに出されていたお茶を一口だけ啜った。


 社会と距離を置いているカッパだからこそ、社会に関わってくる話になると熱くなってしまうのだろうか。


 中堅家電メーカーの宣伝部で働いている俺は最近、広告全般に興味を持ち始めていた。だから転職も含めて、広告代理店に勤めていたこの友人の意見を聞きたかっただけなのだったが。


「……じゃあ、話をまとめると会社にもよるけど、仕事的には厳しいものがあるかもしれないと。中堅どころの広告代理店業は業界的にも先行きには不安がある。ただ物を作る作業だから、そう言う意味では営業として関わるだけでも楽しいし、やり甲斐もあるってところかな?」

 

「そうだね。短く綺麗にまとまっている」


 俺の言葉に友人は満足げに頷いた。黄色の嘴が上下に少しだけ開いたのは、笑ったということなのだろうか。気になるところであったが、傷つけてしまうような気もして俺はその質問はしなかった。


 ただ結局のところは、転職してみなければ分からないということなのだ。転職先がものすごく厳しい会社だったらどうしよう。そう考えると、やっぱり不安も出てくる。

 

 意気消沈してしまったのが、そのまま顔に出てしまったのだろう。友人が申し訳なさそうな声を出した。


「別に転職を頭から否定するつもりで、厳しいことを言ったわけじゃないんだよ。ただ知っている業界だけに、ありのままを伝えたかっただけなんだ」


 俺は少しだけ苦笑した。そんな俺に友人は少しだけ不思議そうな顔をしたようだった。カッパに慰められているシュールな状況に、俺は少しだけおかしくなってきたのだ。


「分かってるさ。お前に悪気がなかったことぐらいは」


 俺の言葉に友人は少しだけ安堵の表情を浮かべたようだ。

 

「大変な時に急に押しかけて悪かったな。さっきも言ったけど、本当にカッパになっているなんて思わなかったから」


 友人は首を左右に振って口を開く。


「カッパになったことは、ぼくにとって大した問題じゃないんだ。ぼくにとって余計だったもの。それに対して距離を置くことができるようになったんだからね」


 そう語る友人は何だか感慨深そうだった。そして更に言葉を続けた。


「そしてそのお陰で、雨の音みたいに大切だったものを思い出すこともできた。後々、お金の問題は出てくるのだろうけど、ぼくはこの状況に今は満足しているんだよ」


 強がっているようには聞こえなかった。そして友人はさらに言葉を続けた。


「君だってそうさ。きっと日々の生活で、埋没してしまった大切なことが必ずあると思うんだよね。大切なのだけれど、日々の生活では不要なもの。でも忘れてはいけない大切なこと。それをカッパになれば、君も思い出せるのかもしれないね」


 その大切なことの一つが友人にとっては雨の音なのだ。

 

 雨の音。

 でも、それを思い出したぐらいで、カッパになってしまった現実を好意的に受け入れられるものなのだろうか。 


 その深掘りに興味はあったが、俺はそれを尋ねなかった。異なる業種への転職を頭から否定されなかったように、本人がそうしたいと思っているのなら、俺はそれでよい気がしたのだ。


 本人がカッパであることを肯定しているのであれば、それでいいのかもしれない。どれだけシュールな状況だったとしても、それを他人が簡単に否定してはいけないように俺は感じたのだった。





 友人宅を出た時にはすっかりと日が暮れていた。思っていた以上に、友人と話し込んでしまったようだった。


 結局、相談をしたかった転職の悩みなんて、カッパになった事実と比べると実に小さな問題なようだった。カッパになった友人を見ていると、そんなことは悩むようなことではないと思えてくる。


 やりたいようにやればいい。もし失敗したら後戻りをすればいい。そんな風に思えてきていた。


 学生時代にはあまり感じなかったが、友人とは何気に気が合うのかもしれない。社交辞令的にまた今度と互いに言い合って別れてきたのだが、定期的に連絡を取ろうかなと俺は考え始めていた。


 ……まあ、相手はカッパなんだけど。


 駅に向かって歩き出すと、小雨がぽつりぽつりと降り始めた。俺は折り畳み傘を鞄から取り出して広げた。天気予報を信じて傘を持ってきたのは正解だったようだ。


 広げた折り畳み傘の上で雨粒が跳ねる音がする。濡れた土の匂いが俺の鼻腔をくすぐる。俺は友人が語っていた雨音へ抱く心情を思い出した。


 土の匂いもそうだが、雨が降っている事実を認知する時を除けば、その音に心を向けたことなんてあっただろうか。そう思ってしまうこと自体が俺には意外なことだった。


 カッパなどという非現実的なものを見せられたから、単に感情が高ぶって感傷的になっているだけなのか。


 ……雨音とカッパか。


 俺は心の中で呟く。カッパなだけに雨が降ると嬉しいのだろうか。それゆえの雨音ということなのか。


 ……いや、雨が好きなのはカエルだったか? カタツムリだったか?

 まあ、何でもいいのだけれど。

 

 そもそもカッパになった気分とは、どういうものなのだろうか。


 生活していくためのお金の話を除けば、友人は生活する上で何も変わらないと言っていた。実際、こうして会っていた時も不便な様子はなかった。一つだけそれがあったとすれば、カッパの顔だから表情がよく分からないということだけだ。


 蓄えが尽きたら友人はどうするのか。やはり人が来ないような山奥で自給自足をするしか生きていく術がない気がする。


 それでは何だかカッパそのものじゃないかと俺は思う。


 蓄えがなくなったら川に帰ると冗談を言っていた友人の言葉に、現実味が出てくるというものだ。


 友人はこの先のことが不安ではないのだろうか?


 そこまで考えて、俺は一人で肩を竦めた。友人のあの顔を見ている限りでは、言動も含めて不安を覚えているような感じはどこにもなかった。どちらかと言えば、晴々としていたぐらいなのだ。


 ま、顔はカッパだから、実際のところはよく分からないのだけれど……。


 ただ友人が言っていたように、カッパになれば現実で俺自身を絡めとっている様々なことから、逃れられるのも本当のことなのだろう。


 今回の友人に相談をした転職の悩みだってそうだ。カッパだったらそんなことに悩む必要なんてないのだから。


 恋人との今後のこと。年老いてきた両親のこと。会社のこと。明日のゴミ出しのこと。

日々の生活で生まれる様々な事柄。生きていく上で逃れることができない事柄。


 日々の生活に大きな不満があるわけではない。だが見方を変えると、日々の生活で生まれる様々なことに、ある一定の煩わしさを感じているのも否定はできなかった。


 カッパという非現実的なものを見せられて、心の奥底にあって普段は目を背けている色々な物事が炙り出されて表面化してまったようだ。


 カッパになってしまえば友人のように社会から距離が置けて、日々の生活で起こる煩わしい事柄から逃れることがきっとできるのだろう。それは今の俺にとっては、少しだけ甘美な世界であるように感じられた。


 そうして考えていると、自分が少しだけカッパに憧れ始めていることに俺は気がついた。極端に言えば、カッパになった友人が少しだけ羨ましい。そう思い始めているようだった。


 降り出した小雨が生み出す雨音が俺を包んでいる。この雨音のように俺はカッパというものに包み込まれたいのだろうか? そんな疑問が俺の中で渦巻いている。


 ぽつりぽつりと続く雨音が、カッパになるための呪文であるような気がしてくる。俺はそんな非現実的なことに捉われつつあるようだった。


 カッパになれば忘れてしまった大切なものを、俺は思い出すことができるのだろうか? 


 人通りは他になくて、時おり車道を車が通り過ぎて行くだけだった。俺は小さな雨音を立てる傘の下で、少しだけ顔を持ち上げた。少しだけ羨ましく思い始めている友人の顔が脳裏に浮かぶ。


 少しだけ羨ましくて憧れる気持ちが確かにあった。でも友人のように、自分がカッパになりたいわけではない気がした。


 だが自分が忘れてしまった大切なものとは何なのだろうかと、一方では執拗に考えてしまう自分がいる。


 日々の生活で埋没してしまっている俺の大切なもの。そんな大切なものを俺は単純に思い出したいだけなのだろうか。それともそれを手に入れて、何かを悟ったような様子の友人が羨ましいだけなのだろうか。


 あるいは自分が日々の生活から逃げ出したくて、それらから距離を置けている友人を単純に羨ましく思っているだけなのか。


 そのどれもが正解で、どれもが正解ではないような気がした。

 そう考えていると、俺は友人のようにカッパになりたいのか。なりたくないのか。それすらも曖昧になってくる気がした。


 人間としての不自由。

 そして、カッパとしての自由。

 きっとその逆も然りなのだろう。


 俺はふと気がついてスマホを取り出した。心臓が少しだけ高鳴っている。その高鳴りを自覚しながら、俺はスマホの暗い画面に自分の顔を映してみた。


 俺は少しだけ溜息をついた。これは何の溜息だったのだろうか。自分でもよく分からない。


 街頭に照らされた俺の顔は人間のものだった。俺はそれに安堵しながらも、心の片隅には残念な気持ちがあるのを確かに感じていた。


 俺は再び小さな雨音を立てている傘の下で、少しだけ顔を持ち上げた。夜空は鈍い色の雲に覆われていて、街灯の光が雨粒に反射して柔らかい輝きを放っている。


 その光景は幻想的で、カッパと同じくどこまでも非現実的なものに感じられた。


 カッパになれば分かるかもしれない俺にとって大切なもの。

 俺は解消しきれない様々な気持ちを抱えたままで口を開く。


「……カッパッパー」


 行き場のない俺の思いがどこにも届かないのと同じで、小声で呟いた俺の言葉はどこにも届くことがなかった。


 俺が発した言葉は小雨が降る空間に溶けて、ただそこで消えていっただけだった。


 言葉が溶けこんでしまった空間に、俺は傘を持っていない方の手を伸ばした。その指の間に水掻きのようなものがあったのは、俺の見間違いだったのかもしれない。

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