第4話 お前は幸福だっただろうか

「此方での転職は残念ながら不可能です」

「……やはり、そうですか」


 父に連れられ、私は教会にやってきた。一部の才能ある冒険者しか使わないような宝玉の前に訳も分からず立たされ、意味の分からない会話を聞かされる。正直に言って、暇だ。帰りたい。そんな私の態度は分かりやすく表に出ていて、尼僧は困った顔ではぐらかすよう微笑んでいた。


「此方を」

「いえ、転職費の請求は……」

「では、一時で構いませんので背を向けてください。娘はまだ、自分のしてしまったことの重さを理解していないのです」


 狼狽えながらも、僧侶は父からお金を受け取った。父に腕を捕まれ、引きずられるように歩く。妙な父の姿が怖くなって、私も軽口を叩けなくなった。

 家に帰ると母が「どうだった?」と、父に問いかける。父は「ダメだ」と、きっぱりと言うと母はその場で崩れ落ち「どうして」と、また泣き出した。


「カンフェル、カンソアは?」

「ふくを見てるよ。触れない癖に、気になるんだと」

「そうか……。カンシア、そこに座りなさい」


 空いている椅子を指される。「なんで」と、口を尖らせて反発すると「いいから」と、強い声が飛んできた。父が怒るぞと分かりやすく示してくれる。カンフェルが父の後ろで「はよ座れよ、バカ」みたいな顔で椅子を見下ろす。

 腹いせに音を立てて座った。痛い。


「カンソア、お前は何をしているのか分かっているか」

「……全く」


 どうして父が怒っているのか、全く分からない。そう伝えれば父は深い溜息をついた。そして、「単刀直入に言おう」と、指を立てた。


「お前には2つの選択肢がある。1つ、このまま実家で暮らすこと」


 今と何も変わらないじゃんと、思いながら聞いた。


「2つ、村を出て冒険者として日銭を稼いで暮らすこと」

「なんで?」


 突飛な提案に疑問が止まらない。

 父は「ふくと一緒に居たいのなら、お前は村には置いておけない」と言った。


「い……一緒に居るに決まってんじゃん! 何言ってんの」


 私の言葉を聞いた母が声をあげて泣き出して、抱きしめる。何を言っているのか泣き声で単語として聞き取れなかったけれど、私の選択を悲しんでいることだけは分かった。


「……そうか。なら、すぐに発つぞ。カンフェル、手伝ってあげなさい」

「は? なんでオレが」

「勉強した成果を見せる時だ。やりなさい」


 カンフェルは不服そうに「ハーイ」と、言って「行くぞカンシア」と、私を呼ぶ。ぐっちゃぐちゃの自室を開けられ「きったねー」と、いう感想を貰う。「誰も部屋に入れる予定がないんだからいいじゃない」と、愚痴るとカンフェルは「ハイハイ」と適当に相槌を打って、私に適当な鞄を用意するよう言った。


「鞄? なんで……?」

「なんでって……お前、父さんの話聞いてなかったの? 町に行くんだろ、町に! 荷造りだよ!」


 夜逃げをするかのように急かされる。

 カンフェルの指示で必要なものを詰め込んで、詰め込めないものは現地調達しろと言われた。大きな鞄なんて無いから、1番大きそうなリュックサックに全部詰め込む。重たくて、自分で担ぐには大変そうな重量のリュックサックに私が愚痴ると、カンフェルは「我慢しろ貧弱」と、手を貸してくれない。

 くそ、無駄に高く伸びやがってと。私はカンフェルの背を腹いせに叩いた。効果はないようだ。

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