第10話 選択

あのあとも「花火大会の日、あれどうやったの?」と聞いたが、やはり教えてくれなかった。


大ちゃんの体調は順調に回復し、花火大会のあった週の土曜日には退院できた。大ちゃんには

「絶対、エアコンの清掃業者を入れてからエアコン使って」と釘を刺しておいた。


週が明けた。樹は放課後、生徒指導室に立ち寄ることが日課になっていた。普通、中学生にとって生徒指導室とは近づきたくないものだが、樹の目的は違った。三年前の西中は、佐々木瑚虎を中心に荒れており、この生徒指導室も繁盛していたらしいが、彼らが卒業したあとは落ち着いたもので、この生徒指導室は閑古鳥が鳴いていた。

「今日も来たか。」

「まあね、なんでいつも山下先生はこの部屋にいるの?」

「いつもじゃないさ、他の先生と一緒で基本は職員室にいる。でもな、たまに考え事したりするとき、ここに来るのさ。あとは、お前が来るからな。」


山下先生には先週の花火大会の話もしてあり、一緒にどうやったかも考えてもらっていた。


「あのな、先生、実は花火大会の前に、お前に〝どうやったら大樹に花火を見せられるか〟相談されたことがあっただろ?あのあと大樹にそのこと話してな。」

「大樹には口止めされてたんだが、実は、も聞いたんだ。」


予想外の展開に「えっ?」としか言えなかった。


「実は、お前が大樹に花火見せたがってるって伝えたら、大樹のやつ突然号泣しだしてよ。俺も電話口でつられかけたよ。」

「なんでもそのあと、病院の医者や看護師、院長にまでしたらしくてよ。どうにかして息子に花火を見る自分を見せたいって。」

「日本語としておかしいよな。病院側も「無理です。規則です。困ります。」って断ったらしいんだけど、あまりにしつこくて、「本当に特別ですよ。消灯の二十一時には病室に戻ってください」って折れたんだとさ。」

「なんか言ってたな。でかっこ悪いから、樹には言うなって。はぁ?意味わからんって言ったわ。」


涙が溢れてきた。仮説を立て、失敗を恐れず、無謀な挑戦をしてきた大ちゃんが。面白さを求めてきた大ちゃんが。なんて直接的で泥臭い方法なんだ。山下先生が「大丈夫か?」と言ってくれたが、顔を隠すようにして、走って帰った。涙が止まらなかった。





次の日曜日、僕と大ちゃんは並んで正座をしていた。奇しくも、あの花火大会のときと同じ。右に大ちゃん。左に僕。ただ違う点は、、目の前にはお母さん。

大ちゃんはうちに呼び出されていた。

全てバレたのだ。山下先生がチクったわけではない。誰が悪いとか、そういうことではない、と思う。まあ、思い返せば、色々な証拠を残していたのだろう。完全犯罪とは、なんとも難しいものか。


「これ、三年前にも言いました。なんで私に黙ってコソコソと。もう嫌。樹も、、誰も信じられない。」


「お母さん、ごめん。」


「前も言ってた。そうやって、また暫くしたらコソコソとやるんでしょ。」


大ちゃんは黙って下を向いていた。そして、「樹は悪くない。悪いのは俺。」と下を向いたまま繰り返した。


険悪なムードを打破する方法は、、皆無だった。

少しの間の沈黙。

そして、恵は言ってはいけない言葉を。決して子どもに対して口にしてはいけないを発してしまった。



「樹は、大樹が、、お父さんがいいんでしょ。はっきり言って。お母さんとお父さん、どっちと暮らしていきたいの?」


また、暫くの沈黙。

気付いたときには、樹は父と母に向かってをしていた。


「僕は、お父さんお母さんと一緒に暮らしたい。」

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