第8話 障壁

樹は、また一人悩んでいた。大ちゃんとLINEで繋がることができた喜びの一方で、母に対しての罪悪感にさいなまれていた。素直に事情を話して大ちゃんとのことを認めてもらうか。それでは三年前の悪夢再び、再放送をお届けすることになるだろう。

ここはこのまま秘密にして進めるか。もし怪しまれることがあれば、思春期の特権を行使し、全て反抗期ということでだんまりを決め込むか。

子どもというのは時に残酷だ。集めてきた蝉の抜け殻を笑いながらポテトチップスのように踏み潰す。僕は不良になってしまった、と樹は思った。


大ちゃんからも「俺とLINEしてて大丈夫?」と返信があったが「大丈夫、大丈夫」と誤魔化した。そして三年前、突然連絡を絶ったことを謝罪した。すると、「あのあと実は」に続いて長文の返信があった。

「恵から電話があった。完全に怒った感じで「あなたはどうして私から大切なものを奪おうとするの」って。もちろん、そんなつもりは無かった。」

「最初、コンビニ前で会った時。あれは本当に偶然だった。恵から事務的にではあるが、毎年一度だけ、樹の誕生日に樹の写真を送ってもらっていたんだ。別れた時、それだけはお願いしたから。」

「だから、ひと目見て樹だと分かった。樹は困っているようだったから、駄目だと思いながらも声をかけてしまった。」

「二回だけ。二回だけでやめるって、思ってたんだけど。俺が弱くて馬鹿な親父だから。樹に、結果的につらい思いをさせてしまった。本当にごめん。」


そうか、あのときの


「ごめん、これが最後。ほんとにごめん。」


とは樹に言った言葉ではなかった。母に、恵に言っていたのだ。



なにはともあれ、大ちゃんの体調は快方に向かっているとのことだった。ちなみに、病室内であれば周りに迷惑をかけない範囲での携帯電話の使用は許可されているみたいで安心した。

しかし、一つ問題が提起された。それは来週に迫ったこの地域で毎年恒例、いや正しくは恒例だった、花火大会だ。ここ二年は開催中止だったが、今年、三年ぶりに開催されるとのことで、大ちゃんも楽しみにしていた。なるべく見物客の密集を回避するため、平日水曜日の開催予定となった。今日が日曜日。大ちゃんの退院予定日が再来週の火曜日。花火大会は入院中なのだ。しかも、大ちゃんの病室からでは木が邪魔で見ることができない。他の病室に移って見ることは、ご時世的にも、病院の規定からも禁止されているらしい。三密を回避できる屋上があるが、屋上の開放時間は十九時まで。花火大会は十九時半〜二十時半まで。同様に十九時以降の入院患者の外出は禁止。物理的に花火を見ることが不可能なのだ。


「しょうがないよ。今年は諦める。」


大ちゃんは涙の絵文字をつけて送ってきた。

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