第6話 月と太陽
「あなたには、きちんと話しておかなければいけなかった。でも、その話は私にとって楽しい話ではない。つらい記憶。だから逃げてた。」
そこに、いつもの明るい母はいなかった。やはり、母も二面性のある大人だったのだ。
母は、そのつらい記憶の鍵を開け、話し始めた。
大樹もバイトをしてどうにかして養おうとした。大学卒業後は、就職して一家の大黒柱としての責務を果たそうとした。だが、大樹も若かった。社会人一年目のプレッシャーと大黒柱としての重圧は、現実逃避したくなるほど耐え難かった。それに大樹は天性の「誰からも愛されるキャラ」。自分でもそれを長所であり正義だと信じて生きてきた。会社の先輩や取引先から飲みに誘われれば必ず参加した。
恵に至っては、もっと深刻であった。
恵の両親は既に他界しており、大樹の親には結婚自体を猛反対されていたので、周りに助けてもらえる人がいなかった。若さゆえなのか、冷静に周りも見えず、行政の助けなど考えも及ばなかった。そんな結婚生活が長く続くはずはなかった。
恵は育児鬱になっていた。
「私のママは
「恵、あなたは、あなただけを見てくれる、愛してくれる人を見つけなさい」
と言っていた。大樹は誰からも愛される、私もそんな大樹を好きになった。愛した。
だからこの子にも、あなたのような、誰からも愛される人に大きく育ってほしいと願ってあなたの名前から樹と名付けた。あなたのことが本当に大好きだった。
でも、今私に必要なのは、私と樹だけを見てくれる人なの。 だから 別れてください。」
父は釈明も弁明も、何も言わなかったらしい。
そして、母もその後、他の男性とお付き合いすることはなかった。
「恵、あなたは、あなただけを見てくれる、愛してくれる人を見つけなさい」
母にとっては祖母の言葉こそが、自分の信じるべき道、正義であった。
どちらも信じるべき正義に囚われ、若さゆえに、相手を理解することを
今になれば、冷静に、お互いに相手を思いやることができたのかもしれない。しかし、当時は無理だった。親は子どもが生まれたから親に進化するわけではない。親も子どもであり、子どもと共に成長するのだ。
父は太陽のような人だった。
母は月のような人だった。
太陽は誰からも注目され、崇められ、他を輝かせる力を持っている。しかし、人には光だけではなく、影が必要な時がある。太陽から離れたくなるときがある。
月は太陽に照らされ輝く。しかし、それは半面でしかない。裏側は漆黒の闇だ。
そして、僕は地球だったのだ。月の半面しか見ていなかった。全く知らない裏側があることすらわかっていなかった。
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