第4話 廻り道

樹はまだスマホを持たせてもらっていない。持っているのはキッズ用携帯という特定の機能しかないものだ。通話はもちろん、電話帳、メッセージの送受信、親子見守り機能というものに、ピンを抜けば防犯ブザーにもなる。が、主な機能はそれだけ。その電話帳に今朝、名推理で特定した大ちゃんの電話番号を登録した。

今日も大ちゃんの家まで出かけようと考えていたが、昨日の快晴が嘘のような土砂降り。資金力無し、移動手段=自転車or徒歩の樹社長には目的地の隣町まで行くのは困難であった。

今日は母親も休みで一日家にいる。狭い家の中での通話は必ず母親の目に止まり「誰と電話してるの?」と詰問される。子供部屋もまた然り。いくら小声で話しても気づかれるリスクはかなり高い。

しかし、樹は一つだけ確かめなくてはいけないことがあった。それは本当にという推理の検証。そこで樹はメッセージ送信で「こちらいっちゃん、そちらは大ちゃんですか?」とだけ送った。


5分後、返信があった。

「こちら大ちゃん、いっちゃんの番号登録しました」



六月二週目からはシトシトと長雨が続き、ニュースでは「◯◯地方の梅雨入りが発表されました」、「梅雨の時期の部屋干しのポイント」「カビ対策で気をつけるべきはカーテンの裏と窓のサッシ」「危険!あなたの家のエアコンのカビは大丈夫?」といった定番日替わりメニューが連日放送されていた。


特に週末はドンピシャで雨が続き、大半が小雨とはいえ、小学生が雨の中、自転車で隣町まで行くのは不自然極まりなく、諦めざるを得なかった。その間も、狭い家の中でコソコソと大ちゃんとのメッセージのやり取りは続いた。その殆どは新しく大ちゃんが考えた「人間ルーブ・ゴールドバーグ・マシン」のアイデアについてだった。「日曜日の九時にたばこ屋の前の自販機の釣り銭出口に十円玉を入れておくと、最終的に三十円になって返ってくる」とか「小学校の音楽室のヴェートーベンとモーツァルトの肖像画を入れ替えると、最終的に校長先生のカツラの七三がセンター分けになる」とか、意味のわからないものばかりだった。でも、楽しかった。



雨が続いたり、週末に母との予定が入ったりと、あっという間に、あの七月の日曜日を迎えた。この日は今までの長雨の鬱憤うっぷんを晴らすような快晴だった。ただ、蒸し暑さが凄まじく「わしゃ肉まんか!」と言ったとか、言わなかったとか。

例の「アリバイ工作WITH清水くん」も日曜日の天気予報が高確率で晴れると確信した金曜日には学校で、清水くんを買収しておいた。給食当番だった樹は人気おかずのチキンカレーを清水くんのだけチキン多めでよそった。食器を手渡すときに目配せし、清水くんもウィンクで返してきた。

出かける前に持ち物確認も抜かりなくおこなった。財布には六月のお小遣いの五百円玉を含めた小銭が少々。忘れてはいけない替えのシャツ。あと、キッズ用携帯、水筒、ハンカチ、ティッシュをリュックに詰め込んだ。

完璧だ。全てが計画通り。大ちゃんとは十一時に隣町のショッピングモールのフードコートで待ち合わせしていた。

十一時前には余裕をもってフードコートに着いた。水筒もあったが、無料の頼りない紙コップの水を汲み、四人掛けテーブルの一席に腰を掛けた。大ちゃんが来たらちゃんと購入して食べますからね、タダ水飲みじゃないですからね、と心の中で言い訳を言いながら、うどん屋店員の女性の視線から目を逸らした。

うどん屋店員との視線の攻防を繰り広げていると、「よっ」と言って、ファーストフード店の子供用セットをトレーに乗せた大ちゃんが現れた。

「いや、早くない?こういうのって一緒に、何にしようかなぁ?とか、何にするぅ?とか、何ターンかやってから買うでしょ。」

「いや、この子供用セットのおもちゃ、今日からの新作なんだけど、人気すぎてすぐ無くなっちゃうの。これ、第二弾。第一弾は先週の金曜日からで日曜日には無くなったんだって。」

やっぱり、この人は変わってる。十一時を過ぎ、少しずつフードコートが賑やかになってきた。

「うどん、買ってくる。」

ちょっと、ムスッとして樹は立ち上がった。


樹は、かけうどんと揚げ物二つを購入し席に戻った。大ちゃんはチーズバーガーとポテトを食べ終え、ドリンクのストローを勢いよく吸っていたが「ズッ、ズズ」と明らかにもう無い音がしていた。

「だから、早いって!」

「大丈夫、ちゃんといっちゃんが食べ終えるまで待ってるから。」

「いや、当たり前でしょ。」

樹はわざとらしく、うどんを時間をかけて食べてやった。


食後は「外は暑すぎるから」ということでショッピングモール内で過ごした。しかし、雑貨屋で商品を見て回ったり、本屋で立ち読みしたり、ガチャガチャを回したりするわけではなかった。

大ちゃんの考えた人間ルーブ・ゴールドバーグ・マシンの仮説の立証実験を只管ひたすら行った。トイレで手を乾かすブォーンってなるアレをちょっと長めにやってみたり、スーパーの試食コーナーで担当のおばちゃんと話し込んでみたり。これが結局どうなるんだ?全く想像がつかないが、指示通りやった。

かなりやったが、全て仮説通りいかなかったようだ。「おっかしいなぁ」を何回も聞いた。いや、あんたの頭がおかしいよ。

なんだかんだで夕方になった。もう帰らなければアリバイ工作に間に合わない。外に出て駐輪場に二人で向かった。


馬鹿なことばかりやったが、まぁ楽しかった。

途中まで一緒に帰るということで、樹は自転車を押しながら、二人で並んで歩いた。


「あのテレビでやってるピタゴラスイッチって知ってる?」

大ちゃんが聞いてきた。

「うん、日本で一番有名なルーブ・ゴールドバーグ・マシンだよね。」

いっちゃんは答えた。

「あれ、すごいね。ゴールしたら♪ピタゴラスイッチ♪って旗が立ってさ。」

でもね、と大ちゃんは続けた。

「あの成功って、その前に何十回、何百回って失敗してるんだって。」


「今日の失敗がそれってこと?でもさ、あんなに失敗するなら、もっと直接的で確実な方法の方がよくない?すぐ成功するよ。」


「ピタゴラスイッチのボタンを指で押して、旗立てて、♪ピタゴラスイッチ♪って流れて、それ、おもしろい?」


「あれはあれ。人生はピタゴラスイッチじゃないよ。。」


「そっか、そうだよね。昔、ある人にも同じこと言われたよ。」


分かれ道が来たので、樹は右へ、大ちゃんは左へ、その日はそれで別れた。

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