第2話 そして別れ
あの不思議な体験をした日は「どうやったの?」と何度聞いても教えてくれなかった。
「それよりコンビニ入れるようになったよ。くじ、早くしないと売り切れちゃうよ。」
と言うだけだった。「じゃあ、来週の土曜日、同じ時間、このコンビニ前で」という約束をして、その日は別れた。
大ちゃんとのことはお母さんには言わないようにしよう、第六感的にそう感じていた。
結局、コンビニくじではE賞のコースターしか当たらなかった。週明けの月曜日の休み時間に主役になったのはB賞を当てた北島くんだった。それよりも樹の頭の中は次の土曜日のことでいっぱいだった。
約束の土曜日の夕方、コンビニ前。今日は不良の方々を一人も見かけていない。
大ちゃんはまだ来ていないようだ。気持ちが昂り、夕方の約束なのに朝には出かける準備が完了していた。今日は曇ってはいるが、予報では雨は降らないらしい。
樹がコンビニ前の通りの行き交う車をぼうっと眺めていると、コンビニの自動扉が開いた。予想外にコンビニから大ちゃんが出てきた。
「いっちゃん、来てくれたんだね。」
「だって、答え教えてもらってないもん。」
「答え?あぁ、先週の?あれはね、」
そう言うと、コンビニで買ったばかりの冷えた炭酸飲料を一つ、樹に手渡し、神社に行こうと言って、例の神社の手水舎横の大きな石を置いただけの椅子に二人は腰掛けた。
プシュと軽い炭酸の抜ける音をさせ、大ちゃんは自分の分の炭酸飲料のキャップを開けた。樹もそれに倣った。
「あの猫ね、この辺の野良猫なんだけど、この辺りのおばちゃんたちが自分ちの庭に来る度、餌あげててね。猫もそれ分かってて、同じルートで回るのが日課みたい。家によって名前も違うんだ。あの家ではシロ、そっちの家ではミー、二丁目の磯野さんの家ではタマ。」
「最後のは嘘でしょ。」
「ツッコミ早いね。ボケたかったの、そういう年頃じゃん。」
どういう年頃だよ、とは言わなかった。
「でね、猫が入り込んだ家あったでしょ。あの家まだ洗濯物を外に干したままだったんだよね。ちょっといつもの猫のルートとは違ったみたいだから猫を誘導した。」
そうか、あの催眠術みたいなのがそれだったんだ。樹はひっかかった部分を質問した。
「洗濯物?」
「そう、あのとき雨降りそうだったでしょ。スマホで雨雲レーダー見たらもう降るってなってたし。猫が入ってきて餌欲しさに鳴いたら、あの家のおばちゃんが庭に出てくると予想したわけ。」
「でも、それが不良たちとどう関係してるの?」
「あの家のおばちゃんは道路の向かいのアパートの二階の奥さんと知り合いなわけ、その家も布団をベランダに干したままだった。猫のおばちゃん家からアパートは目視できるから、猫のおばちゃんはアパートの奥さんに、「雨降るよ、布団しまって」って連絡する、あのアパートの奥さんの旦那さんは西中の生活指導の鬼の山下っていう怖い先生。アパートの奥さんは布団をしまうときに、」
「コンビニで屯してる西中の不良たちを見る。」
最後は樹が代弁した。
「そう、そしたらアパートの奥さんは、休みで家にいる鬼の山下に伝えて、鬼の山下があのコンビニの不良たちを怒鳴りに来るだろうと。」
「だろう?」
「まあ、本当にその筋道通りだったかは神のみぞ知るってやつ。」
「なんだよ、自信ないのかよ。」
「でも結果、不良たちはいなくなったわけだし。」
一部拍子抜けするところはあったが、樹はこの謎の大ちゃんに惹かれ始めていた。
だけど、大ちゃんと次会う約束をすることはできなかった。連絡先も教えてくれなかった。
樹は大ちゃんが次また不思議な体験をさせてくれるのではと、大ちゃんという人間に興味が湧いていた。親友になれるのではと。
大ちゃんも同じ気持ちだと思っていた。しかし、次会う約束を切り出した時の答えは意外なものだった。
「ごめん、これが最後。ほんとにごめん。」
樹にはそれが本音とは違う言葉なのではないか、そう思えた。この人も自分と同じ、二面性を持つ人間なのだと直感的に感じた。
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