人魚村

春藤あずさ

第1話

 真里波が人魚になった。

 海に近いこの村では、思春期の女の子が唐突に人魚になってしまうことがある。遠い昔のこの村の人が、人魚と交わり子を成した、という伝説が残っている。


 名前の読みが同じである私たちは、お互い村の端と端に住んでいて、小学校に上がるまでは面識がなかった。先生やみんなは、私は茉莉奈なので花のマリナ、真里波は海のマリナと呼び分けられていた。


 真里波は足がくっついていて、緑色の鱗が浮き出てきていた。小学校で教えてもらった話だと、まず両足が張り付き、鱗のようなものが浮き出してくることで気付く。次に喉にエラができ、手の指もヒレとなる。って感じだったはず。

 両足がくっついた女の子は、それ以降他の村人とは関わることなく、人魚修行用の建屋に籠り、半年間人魚としての心得をしっかり学び、その後の満潮の日に、村を上げて盛大に祭りをして海へと還る。


 祭りの日には、人魚となった女の子に、村中の人から、餞別やお祝いとして奉納品が集まる。

 私は、一緒に絵を描いたり勉強した日々のことを忘れて欲しくないと、色鉛筆セットと水中でもかけるペンと紙を奉納した。

 私がそれを見つめていることに気付いた父が、小さく囁いた。

「それもらった真里波の気持ち、ちゃぁんと考えたか?」


 真里波の気持ち……?ハッとした。

 人魚となったあの子の手は、指もヒレと化しているのだ。親指のヒレと他の指ヒレは分かれているので、頑張ればペンを握れなくはないかもしれないが、どう考えても使うのは難しいだろう。それに、色鉛筆だって水中では使えない。

 私は自己嫌悪に陥った。あの子の気持ちも考えず、ただ私たちの思い出を忘れて欲しくないという自分の気持ちしかなかった。

 涙が溢れる。

「真里波……私たちのことは忘れて欲しくないけど……海での生活も楽しいって信じてるから、元気でね……」


 祭りの行進は進み、半分水槽に入った真里波が、奉納品の前で恭しくお辞儀をする。緑色の鱗は、光の加減でピンク色にも見えて、とても美しい。ヒレは緑がかったピンク色だ。真里波の髪が、以前よりボサボサで艶がないように見えた。手入れできてないのかな……?確かにあの手じゃ無理か……

 これは変態終盤に起こるため、人魚のお付きになる人達しか知らないことだが、髪は海中で邪魔にならないよう、どんどん抜けてゆき、頭も首も分厚い鱗で覆われるのだ。髪がボサボサなのは、抜けた髪で作ったカツラのため。真里波はもうまるっきり、人とは異なる存在となっているのだ。

 私たちは行進から3列ほど外側で、同じくお辞儀をした。顔を上げた時、真里波の眉が顰められているのに気付いた。私のものか、他の人のものかはわからないが、同じように海では使えないものが多かったのかもしれない。

 一般の村人と、人魚と化した女の子は言葉を交わすことができない。そういうしきたりだからだ。それが今どれほど憎らしいか、こんなに近くにいるのに、慰めたり弁明したりもすることができないなんて。

 しかし、真里波がしかめ面をしていたのは一瞬だった。すぐに微笑みを浮かべると、両側に立っている儀式関係者の後列の村人達にそれぞれお辞儀をした。

 奉納品は人魚の民の特製である、大きなリュックのようなものに詰められ、海岸に向かって隊列は進む。大きなリュックは、海の中でも奉納品が劣化しない、不思議なものらしい。



 祭りの日から半年後。真里波から私宛に手紙が届いた。人魚の民との小規模貿易の品の中に紛れていたそうだ。封筒はなかったらしく、小さい頃にちょっとした手紙をやり取りした時の折り方の手紙だった。私は懐かしく思いながら、手紙を開くと、コロンと美しい真珠と貝殻が出てきた。大切に握り、読み進める。


『茉莉奈ちゃん

 お元気ですか。私は元気です。

 紙とペン、ありがとう。この手でペンを持って書くのは大変だったけれど、お陰で字を書くことを忘れずにいられています。

 お姉さん達と岩場に集まって、たまに色鉛筆で絵を描いたりしています。子供の頃2人で絵を描いたことを思い出して、嬉しいような、寂しいような気持ちになりました。

 最初もらった時は、なんでこうなってしまった私にこんなものを、と思ってしまった自分が恥ずかしいです。工夫次第でなんとでもなるものですね。これからも大切に使わさせていただきます。

 こっちに来てからは、色々な職業の体験をさせていただいています。漁は私には体力不足で、できませんでした。アクセサリー作りは、筋がいいと褒められました。チェーンは売り物になるものにしか使ってはいけないので、使わせて頂けないのですが、チェーンに通せばネックレスになるように加工した、真珠と綺麗な貝殻を同封しておきます。喜んでいただけると、とっても嬉しいです!

 まだ海岸に行く許可は頂けていないのですが、紙とペンがなくなる頃までには、許可をいただけるように頑張りますので、茉莉奈も落ち込まずに元気で暮らしていてね。私が海岸に行くまでに、補充の紙とペンのご用意、よろしくお願いします。

 水中でもかけるという、あの紙とペンが全然足りません。他の人魚達や、お役人の方からも人気で、一枚でいいからと何度もねだられて、もう半分以下になってしまいました。次は3倍……いや5倍は頂きたいです。ペンは11本お願いします。お役人の方や皆様から、もちろん私からもお礼をお持ちしますので、どうかよろしくお願いします。

真里波より』


 私はボロボロと涙をこぼした。この真珠のようだ、いや、この真珠の方が比べ物にならないぐらい美しい。

 言葉なんてなくっても、気持ちは通じていた。

 真里波の可愛いというには大胆すぎるおねだりも、愛しく感じられる。

 あぁ、私はこの村で生きていこう。こんな閉塞的な村、嫌だとばかり思ってた。でも、あの美しい人魚が会いにきてくれるなら。しかも友達として。

 生きててよかった。自然とそう思えた。

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人魚村 春藤あずさ @Syundou-Azusa

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