インベイド

左右に赤と青で着色された錠剤を渡されたルーカスとノアはそれを口に含んだ。それぞれの担当の職員から少量の水が渡され、それを使い上手く飲み込む。

「ビールじゃダメなのか?」

ノアお得意の冗談だった。誰も反応はしなかった。ノアは「そうか」と小声で言い冗談をなかった事にする。二人は頭にヘッドホンのような形状の装置を取り付けた。灰色の鉄板であろう壁でできた部屋は研究室という名にふさわしかった。

「記憶にインベイドをするのは好きだが、改竄するのはどうも気がのらねぇ」

ノアが言った。冗談ではなかった。ルーカスとノアは椅子に腰掛けた。それは座る者のことなど考えていないであろうパイプ椅子だった。インベイドをするときは意識だけを記憶の中に送り込む。薬があればどこでも記憶の改竄は可能であった。ルーカスとノアはお互い目を合わせ、同じタイミングで深呼吸をする。まるで双子のようだった。観測室では二人の心拍数などが測られていた。二人の心拍数の差が減っていく。観測室には様々なモニターやスイッチなどで溢れかえっている。アリスはリンダの代わりに指揮を取る。マイクのスイッチを押し二人に呼びかけた。

「侵入場所は目的地から数十メートル離れています。時間帯は午後十五時。気象は晴れ。十五時七分からスピーチが開始されます。それまでに停電させてください。電線などの破壊は望ましくありません。ブレーカーを切るなどの行為で目立つことのない行動をお願いします。なお十五時五分に対象人物が外に出る様子が確認されています。インベイドの最大耐久時間は十分以内です。それを超えるとインベイド後に記憶障害や脳に障害を負う可能性が高くなります。気をつけてください。それではインベイドを開始してください」

合図とともにルーカスとノアは意識を浮かぶ記憶に押し込もうとする。金槌で頭を叩かれるような感覚が何度も彼らに襲いかかる。スッと力が抜けた。金槌で叩かれる感覚はない。ルーカスが目を開けるとそこは歩道だった。周りには通りに沿って家が何軒も立ち並び、住宅街だった。横を見るとノアもいる。インベイドに成功したのだ。二人は何も言わず前に進んだ。ここから目的地は近かった。二軒ほど超えた先にそれはあった。歩行者を装い家に近づく、素早く庭へ入り、家の壁にへばりつき身を隠した。家は白の外壁に茶色の屋根だった。窓から家の中を覗くと男が一人、ソファに座りテレビを見ていた。内容は低予算で作られたであろうコメディ番組だ。ルーカスは男がデイヴィットだと確認する。窓は施錠されていない。事前に打ち合わせ通りなら数秒後ノアが玄関をノックするはずだ。ルーカスは息を潜め、その時を待った。玄関をノックする音が聞こえる。デイヴィットが立ち上がり玄関に向かった。ルーカスは見えなくなったのを確認し、窓を開け、中へ入った。キッチン近くの壁にあるブレーカーを見つけ、中を開いた。ブレーカーを落とした。家中の照明が落ちた。家中と言っても真昼間だったため気づかない程度だった。テレビに映し出されていた陳腐なコメディ番組は消えている。ルーカスは素早く入ってきた窓から外に出た。一分もかかっていない。腕時計は十五時七分だった。そっと庭から外に出る。それはまるでその家の住人のようだった。ノアは五メートルほど先を歩いている。お互い他人のように振る舞う。任務は完了だった。二人の呼吸が合わさっていく。それはまるで双子のようだ。ゆっくりと目を閉じた。耳に空気が入り込む感覚がする。目を開けるとそこは研究室だった。腰が痛いのを感じた。やはり座る者の事など考えていないのだとルーカスは思った。すぐに複数人の職員が近寄り、ルーカスとノアの血液を採取する。その痛みには慣れていたが、不快感は拭えなかった。

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