第2話 Sカップは聞いてないって


「聞いてよチェルシーちゃん! 俺、無職になっちゃったよー!」


 行きつけの高級娼館。

 かれこれ十年は指名し続けている、エルフのチェルシーちゃん。


 長く艶やかな緑がかった髪に深緑の瞳。

 森の賢者を思わす知的で美しいルックスと、それとは対照的に知性の欠片もないパツンパツンなおっぱい。


 そんな彼女は俺の嘆きに対し、一回戦目の疲労を感じさせない優しい笑みを浮かべる。


「そうかい。金のない奴はアタシの視界に入んじゃないよ、死にな」

「酷くない!? それが客に対する態度!?」


 ぷかー、と煙草をふかすチェルシーちゃん。

 このゴミを見るみたいな目……うんうん、これはこれで悪くないんだよなぁ!


「客にって……十年も飽きずに通い続けてるバカを、今更客扱いできるわけないだろ。常識的に考えなよ」

「客扱いできるわけがない……ってことはつまり、俺と結婚してもいいってこと……? 養ってくれるの!?」

「殺すぞクソガキ。4000歳越えのダンディーなオジ様になってから出直せ」


 さすがは超長寿なエルフ、言うことが違う。

 俺も来世はエルフになるかー。


「無職になったとか言うけど、アンタ、一応は世界に五人しかいないSランク冒険者の一人なんだろ? パーティーをクビになったくらいで何だい、一人で稼げばいいじゃないか」

「いやいや、一人じゃ色々と面倒なんだよ。依頼人との打ち合わせとか、報告書の提出とか、税金周りのこととか、そういうの俺やりたくないし。それに仲間に付与エンチャントして代わりに戦ってもらった方が、俺は死ぬリスク少なくて楽じゃーん」


 言うと、チェルシーちゃんは再びゴミを見るみたいな目を向けてきた。


「貯金なんかまったくしてないし、頼みの退職金はないし、なけなしのお金は今夜のチェルシーちゃん代でなくなっちゃったし……もう家賃も払えないけど、明日からどうやって生きてこうかな……」

「アンタ、計画性のなさまでSランクなんだね」

「俺を可哀想に思って、やっぱり養ってあげる、なんて展開はない?」

「くたばれ短小ポコチン野郎」

「短小はやめて!? 俺のことはどれだけ悪く言ってもいいけど、俺のポコチンの悪口はやめてよ!! てか、別に短小じゃないし!!」


 あーあ、ダメだったかぁ結婚。

 勝率七割は固いと思ってたんだけどな。


 俺は大きなため息を落として、ベッド下の鞄から紙の束を取り出す。


「そりゃなんだい?」

「俺が〈竜の宿り木〉を抜けたってニュースが出てから一日も経たずに集まった、パーティーへの勧誘書だよ。安心して、チェルシーちゃん。俺、いっぱい稼いでこれからも通うから!」


 「頑張りな」と気持ちのこもっていない声を漏らしつつ、ひょいっと俺から紙束を取り上げ軽く目を通す。


「へぇ、すごい。アタシでも知ってるような有名パーティーからの勧誘ばっかりじゃないか。……ちょ、えっ、契約金で30億ゴールド!? しかも月給1億ゴールド最低保証!? なんだい、このバカみたいに気前のいいパーティーは!?」

「〈黒金の牙〉とかいう、わりと新しいパーティーだよ。トップが金持ちの息子で、親の金にものを言わせてあちこちから優秀なのを集めまくってるらしい」


 モンスターの討伐や未開の地の開拓、貴族王族の警護や国の防衛――世の中の危険な仕事を一手に担う冒険者は、世界中の人間にとって憧れの職業の一つだ。


 当然、稼ぎだっていい。


 だから最初から金のあるやつは、バカみたいな額の初期投資をする。

 どのみち回収できるから。


「チェルシーちゃんが一晩200万ゴールドだから、契約金だけで1500チェルシー!! 俺、ここで働くよ!!」

「そりゃいいが、ひとを単位にみたいに使うのはやめとくれよ。アタシにしか金を落とさないならわからないでもないが、あちこちで女抱きまくってるんだろ?」

「えっ、嫉妬!? チェルシーちゃん、俺に嫉妬してる!?」


 言うが早いか、チェルシーちゃんに目潰しされた。痛い。

 でも、まさかこれ……脈あり、か?


「……ん?」


 ペラペラと紙束をめくっていたチェルシーちゃん。

 ある一枚が目にとまったようで、首を傾げてまじまじと見つめる。


「どうしたの? 〈黒金の牙〉より好条件なとこあった?」

「……いんや、そんなこたぁないが。ちょいと見ておくれよ」


 と、俺はチェルシーちゃんから勧誘書を受け取った。



 パーティー名:〈白雪花スノードロップ

 パーティーランク:F

 メンバー:3人

 契約金:応相談

 月給:応相談



 ……な、なめてんのか?


 最低のFランクじゃまともな仕事はないし、しかも契約金と月給をちゃんと書いてないってことは、俺を安く使おうって考えてるだろ。


「冒険者ギルドの受付やってるミンシャ、知ってるだろ? アタシ、あの子と友達なんだが、この〈白雪花〉ってパーティーをよく気にかけててね。飲みに行くたびに話を聞かされるんだよ」

「へえ、そっかー」

「だからさ……まあ入れとは言わないが、ちょっと顔合わせだけでもしておくれよ。〈白雪花〉の子たちにはいい刺激になるだろうし」

「はぁ? 何で俺がそんな面倒なこと――」

「おっぱいで挟むやつ、やってあげようかい?」

「わかった! 明日会って来る!」


 おっぱいには勝てないよな。

 男の子だもん。




 ◆




 一文無しで迎えた朝。


 金はないが、チェルシーちゃんに搾り取られて性欲もない。

 おかげで俺の頭は、これ以上ないってくらい冴え渡っていた。


「冷静に考えて、俺がFランクパーティーに会いに行くとかおかしいだろ……」


 冒険者ギルドへの道中。

 ぽつりと、口から文句が漏れた。


 チェルシーちゃんに頼まれた手前、〈白雪花〉の連中に会いはする。

 だが、会ったところで間違っても俺が入ることはないし、いい刺激になるようなことを言ってやれる性格でもない。


 はぁー、面倒だ。

 何であの時、おっぱいに負けちゃったんだよ。バカかよ俺は。


「お待ちしておりました、レイデン様。〈白雪花〉の皆さんは、応接室でお待ちです」

「んー。ありがと、ミンシャちゃん」


 受付のミンシャちゃんにひらひらと手を振り、応接室の扉の前に立った。

 変な期待を持たせても何だし、知り合いに頼まれたから来ただけって素直に話して、さっさと帰ろう。まったく、やってられるかってんだ。


「ぅーっす」


 言いながら扉を開き――俺は、固まった。


「あっ、わぁー! 本物だっ! 本物のレイデンさんだ!」

「これが……あの、レイデン・ローゼス……! おぉー……!」

「お前たち、少し落ち着けっ! ……申し訳ない、レイデン殿。まさか会っていただけると思っておらず、正直ワタシも緊張している……!」


 元気いっぱいな金髪の女の子と、どこか不思議な雰囲気を漂わす白髪の女の子、そんな二人を取りまとめる真面目そうな藍髪の女の子。


 付与魔術――【視力上昇】【分析力上昇】【処理能力上昇】が無意識のうちに発動。

 俺の瞳は、彼女たちの全てを、あらゆるステータスを見通す。



 ――Sカップ!!!!

 ――Sカップ!!!!

 ――Sカップ!!!!



 ……え? ちょ、待って。

 目をこすって、もう一回……。



 ――Sカップ!!!!

 ――Sカップ!!!!

 ――Sカップ!!!!



 こいつら、Fランクパーティーのくせに超絶爆乳Sカップしかいねえ!?


 やばい!! こんなの見たことない!!

 すっごーーーい!!


「ふぅー……」


 彼女たちの歓迎を無視し、俺はクールに席に着いた。


「――まずは話を聞かせてくれ。場合によっちゃ、このパーティーに入ってもいい」

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