第2話 職場の理解を得られないとこうなります。

 私が働いていた職場は、オフィスビルの一角で、産休に入る前まで働いていた部署ではあったものの、内部のチーム体制がずいぶんと変わっていた。


 二年も経てば、色々と変わる。長い付き合いの人たちもいたが、知らない顔も多かった。


 その中に、お局という言葉がぴったり合う年配の女性がいた。

 便宜上、ここでは〝春日局かすがのつぼね〟と呼ぶ。


 ちょっと特殊な契約だったが、一応は私と同じ会社の人間という立場の方だ。

 ただ違うのは、私が新入社員の時から十年近く会社に正社員として務めているのに対して、春日局は、私が産休に入った後で会社と契約を交わして入ってきた人だった。まぁ、フリーランスに近い立場といえばわかりやすいだろうか。


 そのため、業種歴は長いものの、社内で春日局の人と成りまでは、誰もわかっていなかった。


 ただ、大学生になる双子の息子がいる、五十代の女性で、周囲の人ともよくコミュニケーションがとれ、PMOを務めるだけあって仕事はできる人という印象だ。


 私も同じチームに所属していたため、最初はとても好意的に接してくれていた。


 だが付き合っていく中で、春日局には、人の悪い噂をさも真実であるかのように言いふらす悪い性癖があることが見てわかった。私は、人の悪い噂を簡単に口にする人をあまり信用していない。


 ある日のこと、退勤予定時刻30分前に上司(主任)からちょっと、とお呼び出しがあった。


 決して見た目が似ていると言うわけではないが、ここでは便宜上彼のことを〝ムーミン〟と呼ぼう。


※「ム」=ムーミン

※「風」=風雅(私)


ム「ちょっっとさすがに休みすぎっ。週に一回は休んでるよね。もうちょっとなんとかならないかな?」


 私だって、好きで休んでいるわけではない。

 全て子供の看護で年休を消化しているのだ。自分の体調不良にさえ使

 だが、ムーミンにそのことを訴えたところで仕方がないので、ここは大人しく下手に出ることにする。


風「はぁ……なんとか、というと?」

ム「予防するとか」


 予防できるものなら休んでいない。もう少し大きくなってからなら分かるが、幼児の発病はでもあるのだ。


 だが、とりあえずムーミンの言いたいことを聞こうという姿勢で私は答えた。


風「予防ですか……具体的には、どうすればいいんでしょうか?」

ム「例えば、土日は子供を全力で遊ばせない、夜遅くまで連れ回さないとか」


 子供のいないムーミンから、やけに具体的な案が出てきたことに、私は嫌な予感がした。もしかしたら、そんな風に思われているのかもしれない。


風「いえ、土日は大抵家にいます。私、出不精なので。家の掃除や片付けもしないといけませんし。出かけるとしても、近くの公園やスーパーに買い物へ行くくらいで。子供の体調が悪い時は、病院くらいは行きますが、買い物は夫にお願いして、私が家で子供を見ています。それに夜は、9時には寝かせるようにしていますし、昼寝をしなかった時なんて夕方6時くらいから寝ていますよ」


ム「うぅーん、じゃ、じゃあ、ベビーシッターを頼むとか」

風「そんなお金があれば、ここに働きに来ていません」


 給料安いし。そもそも働いて稼いだ微々たるお金をベビーシッターに使っていては本末転倒だ。私は、病気の我が子を他人に預けてまで働きたくなどない。働かずに家で子供の面倒を見ていられるなら、仕事なんてとうに辞めている。


 しかし、ムーミンは、眉を寄せて言葉を探していた。どうやらこれだけでは終わらないようだ。


ム「実際問題、周囲の人たちにも仕事で迷惑をかけているよね。本社ならまだ良いんだけど、俺たちここに派遣(※)されて来ているわけだしねぇ」


(※正確には派遣ではなく、準委任。私だけ時短のため契約が違う。)


風「確かにそのことについては私も心苦しく思ってはおりますが……何か言われているのでしょうか?」


 そもそも私は時短勤務としての契約で、向こうもそれを承諾の上で来て欲しいと言ってくれていた筈だ。


 ちなみに準委任とは、法律行為以外の業務を外部の法人や個人に依頼する契約形態で、業務の遂行自体が目的となり、結果や成果物の完成については責任を求められないのが特徴だ。


 その為、仕事内容も代行できる内容しか担当していないし、チームを組んで代行できる仕組みにしている。


ム「いや、今のところ上からは何も言われてない。言われてはいないけども……」


 どうにかできないかなぁ、と唸るムーミン。

 どうしようもねぇよ、と肩を落とす風雅。


 正直、この時の私は、ズガーンと頭上から雷に打たれたようなショックを受けた。


 ああ、ここまで理解されないものなのか、と。


 ムーミンは、結婚しているものの子供はなく。経験がないから理解されないのだろう、とはじめは思った。


 子育て歴3年弱の私にとって幼児は、予測不能の熱をよく出すものだとよくわかっている。何故ならそれは、生まれて初めて世界の多くの菌に触れて、抵抗力をつけるためになものなのだ。


 職場では、それらのことを納得頂いた上で契約を結んでいるのだと私は勝手に慢心していた。


 私は必死に、まだ保育園へ預けて1年も経っていないこと、女の子よりも男の子の方が病気をしやすいこと、決して私が子供の体調を気遣っていないわけではないということなどを説明した。


ム「そうかー……うん、わかった。とりあえず、まぁもあるからね。確認しておきたかっただけ」


 この〝体裁〟という言葉で、私はぴーんときた。


 あ、これは誰かに何か言われたな、と。


 誰のことかは、すぐに察しがついた。


 その日は、本社で個人面談があったため、そのまま早退して本社へ向かった。その電車の中で、私は、に向けてメッセージを送った。

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