組み代わる名と、消えた人


  *


 落ち着いて話してみると、加賀地和巳は思っていたよりも随分と人懐っこく、素直で良い青年であった。金髪にジャラジャラしたピアスなど見た目は今風の不良っぽくはあるものの、くりくりとした瞳は好奇心で輝いており、笑窪の出来る笑顔はとてもあどけない。


 加賀地の説明によると、河津の率いる社員は二つのグループに分かれており、主に悪質な行為ををして金を稼いでいたのが『役』と呼ばれる上のグループだったようだ。それ以外の者達は本来の会社の業務や経理などの雑用、使い走りや取り立てなどの仕事を任されていたらしい。


 聞けば加賀地は『下』に当たるグループに属していたという。


「どっちかって言うと俺らはパシリとか小間使いみたいなモンでさ、『役』の奴等が偉そうにしててあんま気分は良く無かったんだけど。でもまあ毎月の給料はちゃんと貰えるし、俺バカだから今から就職とか多分無理だし、だからって感じだったかな」


「その『役』のグループが上の奴らで、悪質なのはどうやらそっちの連中みたいね。役……、役員の役って事なのかしら」


「一応、どの人員がどちらに所属しているのか分かりますか? これ、社員の名簿なんですが」


 首を捻るムクロの横から、スガタが端末を加賀地に差し出した。その画面にはフロッグメイト社員のリストが表示されている。受け取った加賀地は名前の並びを目で追うと、へえ、と感嘆の声を上げた。


「うわあ、確かに干支だあ! これ並べたのってスガタさん? 面白いね、こんな事思い付くなんて頭いいね!」


「いえ、それ程でも……しかしその口振りでは、干支は関係が無かったようですね。もし宜しければ、どのような組分けだったのか教えて貰えませんか? 自由に名前を動かしてくれて構いませんので」


 わかった、と頷いて加賀地は指を画面に這わせ始めた。スイスイと指がせわしなく動いている。やがて加賀地はピタリと動きを止め、画面からすいと顔を上げた。


「実はさ、ここに載ってない仲間がいるんだけど、それも書き足した方がいい?」


「載っていない……? ええ、是非お願いします」


「りょーかい」


 言うなり加賀地は凄い速さで指を動かし始めた。幾らも掛からずに、はい、と笑顔で端末を掲げて見せる。


「早いわね、凄いわ」


「流石今時の若者は違いますねえ」


 二人は端末を受け取り、どれどれと画面を覗き込む。そこには二十名の名前が二つのグループに分けられて記されていた。


『 河津 純也

 鶴野 寅靖

 萩見や 竜我

 柳原 羊介

 犬飼 雁之進

 猪頭 孔明

 鹿西 蓮

 亀井 飛燕

 鶯谷 志狼

 酒月 蝶華


 根津 岬

●牛島 翔太

●兎部 当麻

 加賀地 和巳

●馬淵 琉聖

●猿田彦 颯太

 酉宮 海斗

 井森 一矢

◆八木 有里朱

◆蝮澤 美鈴』


 新たに加えられた名前は、酒月蝶華、八木有里朱、蝮澤美鈴の三名である。字面からしていずれも女性のようだ。酒月蝶華は上の『役』のグループに属しているが、八木有里朱と蝮澤美鈴は下のグループらしい。しかもこの二人には何故か『◆』のマークが付けられている。


 画面に眼を走らせ順に名前を追っていたムクロは、後半になるに従って表情を曇らせてゆく。


「これ……、蛇によって殺された四人は全員下のグループよね。次に狙われた加賀地君も下のグループ……上の『役』のメンバーは狙われていないわ」


「加賀地君。この、女性二人に付けられている印は、もしかして死亡している……という事でしょうか」


 一方、真顔で尋ねるスガタに、加賀地は真剣な表情で首を横に振る。


「死んだかどうかは分からない。でも、その二人は行方不明なんだ」


「行方不明、ですか。……この女性達は、一体」


「待って、最初から順番に話すから」


 加賀地は少し視線を彷徨わせると、ぽつぽつと言葉を零し始めた。


「一番最初に入ったのは蝮澤さん。確かネットの社員募集サイトから応募して来た人で、清楚っぽくて可愛い感じの人だった。でも変だったんだ、本人には社員採用って伝えてたのに実は書類には彼女の存在は無くって、給料も社長のポケットマネーから出してたんだ、わざわざ会社から支払われてるような振りしてさ」


「それは、……妖しいわよね。で、その蝮澤さんはどうなったのかしら?」


「最初の三ヶ月ぐらいかな、蝮澤さんも雑用とか買い出しとか頑張って働いてくれてたんだけど、そのうちふっといなくなっちゃって。突然嫌になってやめちゃったのかなと思ってちょいがっかりしてたら、……見ちゃったんだよね、俺」


「見たって、何を……?」


 そして加賀地の語ったところによると──。


 地下フロア、倉庫として使っている区画の更に奥の部屋に、蝮澤美鈴は監禁されていたのだと言う。そこは『役』のメンバーしか知らない秘密の場所で、加賀地がそれを知ったのは偶然扉が薄く開いていたからだった。


 蝮澤美鈴を採用したのは、最初からこうする為にだったようだ。ルックスが良く、しかも両親など家族が居ない彼女はうってつけだったのだ。


 加賀地が見た時、彼女はマットレスの上にぐったりと横たわっていた。両手には手錠を嵌められ、更に鎖によって壁へと繋がれていた。周囲には薄く糞尿と生臭い匂いが漂う。清楚で明るかった彼女の面影はすっかりなりを潜め、瞳は虚ろに濁り、髪は無残に乱れ、肌は痣と汚濁で醜く彩られていた。


 誰にも言わないなら一回使わせてやる、と言われたが加賀地は断った。そんな痛々しい姿の女性を見て興奮出来る程、加賀地は鬼畜でも加虐趣味でも無かった。結局加賀地はその部屋の存在を忘れ、そして二度と彼女の姿を見る事は無かった。


「二番目が、八木さん。蝮澤さんが行方不明になってから直ぐ、一ヶ月後ぐらいに来た人で」


 次の女性、八木有里朱に至っては、通常の業務を行わせる事すらしていなかった。彼女は最初から地下室へと連れ込まれ、飼われる事となったのだ。八木は少し蝮澤に顔立ちや雰囲気が似た女性だった。もしかしたら役メンバーの誰かの好みだったのかも知れない。


「八木さんの事は多分、下のグループだと俺しか知らないと思う。俺、蝮澤さんが監禁されてるの見ちゃったから、それでもう知られてるならって、八木さんの世話を何度かさせられたんだ」


 結局、八木が最終的にどうなったのかも加賀地は知らない。──そこまで聞いて、スガタとムクロの二人は大きく溜息をついた。想像していたよりも悪質だ。しかし、これで一つはっきりした事があった。


「恐らくだけど……その二人は死んでいる筈よ」


「だよね、俺もそう思う。証拠を消す為に殺したんだと思う。普段からギリギリの事やってる人らだから、それぐらいやってても別におかしくないし」


 少し肩を落とす加賀地に、同じように眼を伏せながらムクロは告げた。


「あの『蛇』、きっとそのどちらかの女性が核になってるわ。間違い無いわ」


  *

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