並ぶ名前と、巻くとぐろ
*
それから二人は引き続き情報収集に当たったが、目ぼしい成果は上げられなかった。今のところ情報部からも返答は来ないままで、顔を見合わせ溜息をつく。
「仕方無いですね。早めに仮眠を取って、空飛ぶ蛇の出現に備えましょう。今晩あたり出るかも知れませんし」
「そうね、私そろそろ進展の無さに苛々して来たわ。何ならもうさくっと蛇を倒して終わりにしたいところよ」
「それも一つの解決法と言えばそうなのですが……出来れば真相を解明したいので、少し落ち着いて頂けると幸いです、ムクロ嬢」
スガタの情け無げな表情にムクロは肩を竦めた。ムクロも本気で言っている訳では無いが、ここまで無駄足ばかりだと愚痴の一つも言いたくなるというものだ。
気を取り直し、二人は手近な中華料理店で早い夕食を済ませる。揃って頼んだおすすめ定食はラーメンに半チャーハンの付いたお得なセットだ。メインの麺はオーソドックスな醤油ラーメンだが、熱々の温度が冷えた身体に染み渡る。見事なパラパラ具合のチャーハンもごつごつとした唐揚げも、サービスの自家製半熟煮玉子も全てが満足のいく品ばかりだ。
西支局本部の食堂が美味しくない訳では決して無い。しかし毎日ずっと同じ所のものを食べ続けていれば、どんなにメニューが多かろうといずれは飽きが来るというものだ。それ故にムクロ達にとっては、こういった仕事の際に外で食べる食事というのが、最大の楽しみとなっているのである。
「主任、あの店も美味しかったわね。たまにはああいうガッツリ系もいいものね」
「しかしあの店には日替わり定食といった物が無いのが残念でした」
「主任は本当に日替わり定食ばかりよね……」
そしてビジネスホテルに戻った二人は早々に各々のベッドへと潜り込んだ。いつでも直ぐに寝られる、というのはこんな不規則な仕事をする上で必須とまではいかないが、持っているととても便利なスキルだ。
街は静かに更けて行く。満月に程近い月が照る。
ビルはより濃く、より昏い影を広げ、夜の中にただ佇むのだった。
*
スガタとムクロは零時を回った頃を見計らい、再び例のビルを訪れていた。相変わらず八階にのみ煌々と明かりが灯っている。
「さて主任、ここからどうするの? 取り敢えず待ってみて蛇が出れば戦って、出て来なければハイまた明日、って感じかしら?」
投げやりなムクロの言葉にスガタは苦笑を返した。確かに大筋は間違ってはいないものの、物には言い方というものがある。それに今のスガタは、ムクロに伝えたい情報も見せたい物も持っていた。
「まあそう言わずに。……どうやら『彼』の調整が無事終わり、こちらへと向かっているそうですよ」
「あら、じゃあもし今晩蛇が出ても間に合うのかしら」
「一時まで後一時間弱ですか──上手くいけば合流出来そうですね。期待しておきましょう」
懐中時計を確認したスガタが少し微笑んだ。次いで、あのですね、と呼び掛けながら端末を取り出し慣れた手付きで操作する。
「何かしら、主任?」
「ムクロ嬢にもこれを見て頂きたい。例の会社の社員名を列記したものですが、小生が並びに少し手を加えたものです」
端末を受け取ったムクロはその画面を覗き込んだ。記されている文字列に視線を走らせる。
『 河津 純也
根津 岬
●牛島 翔太
鶴野 寅靖
●兎部 当麻
萩見や 竜我
加賀地 和巳
●馬淵 琉聖
柳原 羊介
●猿田彦 颯太
酉宮 海斗
犬飼 雁之進
猪頭 孔明
鹿西 蓮
亀井 飛燕
井森 一矢
鶯谷 志狼』
「黒い丸が付いている者は死亡している人物です。どうです、ムクロ嬢」
名簿は河津から一行開けて十二名の名前が並び、更にその下には四名の氏名が書かれている。ムクロの視線は自然と十二名の文字列へと吸い寄せられる。
「ねずみ、うし、とら……ねえ、これ。もしかして、干支? 十二支になっているの?」
「その通りです。ついでに他の五人も動物が含まれていますよね。偶然にしては出来過ぎかと……何かを疑った方が良いのですかね」
「そんなの蛇に決まってるじゃないの。このカガチとかいうの、これが蛇の正体なんでしょ? 違うの?」
端末をスガタに返却しながら真顔で問うムクロに、スガタは半笑いで首を振った。
「そうすんなり事が運べば良いのですが……飽くまでこれは小生が勝手に思い付いてやった物でして、事件の真相とは何ら関わりの無い物です。ただのお遊び、ただの偶然です」
「とてもそうとは思えないわ。だってこんな偶然ってある?」
「落ち着いて下さい、ムクロ嬢。何でも良いから打開案が欲しい気持ちは痛い程によく分かりますが、根拠の無い勝手な思い込みは禁物です」
「でも──」
宥めるスガタに尚も言い募ろうとするムクロだったが、──突如、その動きをピタリと止めた。同時にスガタもビクリと身体を震わせて宙を振り仰ぐ。
空気が、一瞬で張り詰める。
「これ、もしかしてそうなのかしら。随分と歪んだ気配がするわ」
「恐らくそのようです。……酷い、濁っているにも程がある。こんなに澱んだ気配は久々ですね」
まだ蛇は姿を現してはいない。まだ瘴気すら漂っては来ない。だと言うのに、感じ取れるこの気配の歪つさは、この濁り具合はどうしたことだ。どうやったら、何をされたら、こんな風に魂が腐り果ててしまえるというのか。
二人はゆっくりとビルから離れる。目を離さぬよう視線は八階に固定したまま、何かあれば直ぐに動けるよう構えの姿勢を取る。スガタはポケットから何枚かの符を取り出しそっと放った。人払いの結界符だ。
「──来ます」
一気に、空気の圧が増した。黒い瘴気が何処からともなく溢れ出す。あらゆる汚物を煮詰めたが如き臭いが漂う。
靄が、とぐろを巻く。
どろりと膿と血が零れる。てらてらとぬめるシルエットが月光に浮かぶ。汚らわしさを具現化したかのようなその姿が、するりとうねり、長く伸びる。
「蛇──」
見上げたまま、ムクロは呆然と呟いた。
*
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